小さな一歩
……ウォードさんが可哀想なモノを見る目で俺を見ている……
稽古を始めたばかりの頃はその手にした模擬槍で何度もバシバシと叩いてきたのだが、それも気づけば全くなくなっていた。
叩き続ける内に恨みが晴れてきたのか、それともただ単純に叩き疲れたのか……
「……貴様、驚く程に槍の才がないのだな……」
「……不器用ですみません……」
俺に掛けられる師匠の声にも、もう怒気や迫力はなかった。
それが逆に、余計に心に刺さる……
俺と師匠が今いるのは、道場的建物の裏手だ。
神聖な道場の敷居を跨がせたくなかったのか、最初はここからなのか、訓練用の木人みたいな物が並ぶ場所で稽古は始まった。
左前半身で構える形がこの流派の基本らしいのだが、まずこの『正しい構え』に至るまでに数十発はブッ叩かれた。
いや、だって、『槍の正しい握り方、構え方』なんて、オッサンの人生には無縁だったんだもん……
それからどうにか師匠がギリギリ容認出来る構えを身につけ、基本中の基本である『ただの突き』に進んだのだが、これがまた難しい。
ここで俺はいきなり蹴躓き、師匠の手が止まるまで百はブッ叩かれた……
左手で柄を滑らせながら右手で槍を真っ直ぐ突き出し、真っ直ぐ戻す。
言葉にすればこれだけの事なのだが、これが存外に難しい。
注意したつもりでも、槍先がブレていると叩かれ、そちらに気を取られれば今度は引手がブレていると叩かれる。
言い訳を言わせてもらえば……人間、自身の思い描いた通りの動きを即座に実行出来る方が異常なのだ。どうしたってイメージと実際の動きは乖離する。
だから近代スポーツのジムなどは大きな鏡があって、自身の動きをチェック出来るようにしているそうなのだが……ここにはそんな物ない。
あるのは体罰を伴った師匠のスパルタ指導だけだ。
というわけで、数時間もの間この地味な動作を繰り返したのだが、目ぼしい成果は得られないまま、空は赤くなりはじめていた。
「……まぁ覚えの遅い者は稀にいるが……よもやこれ程とは……テレサなどは最初の一突きから、それは見事なものだったぞ」
「ぐぬぬ……」
諦めの気持ちが見え隠れするため息を漏らす師匠に、俺は行き場のない怒りでプルプルと震える。
誰かと比べるの、ホントやめてほしい……すっごい傷つくから……
ただ、師匠は今日の締めとばかりに、ほんの少しだけ優しい言葉もくれた。
「まぁ……真剣に取り組んでいたという事だけは認めてやろう。諦める気がないのであれば、また来るがいい」
とは言え、俺が差し出した模擬槍を受け取ると、師匠は最後にボソリと「来なくてもいいがな……」と呟いていたが……
……来ますけどっ!?
何度だって来てやんよ!コンチクショー!
◎
「しかし……どうしたもんかな……?」
賑わう夕方の街を歩きながら、俺は一人途方に暮れていた。
地道な修行は覚悟していたのだが、まさか最初も最初でここまでスッ転ぶとは思っていなかった。パウロの体なら大抵の事は何とかなるだろうと高を括っていたのだ。
少々考えが甘かったと認めざるを得ないだろう……
時間があるのならじっくりと修行を積んでいくのもいい。が、そんな悠長にやっている余裕はないのだ。
こうなれば、師匠の所に通いながら例の『実戦的な技術を教えてくれる施設』にも顔を出し、事情を説明してテレサにも稽古をつけてもらって……
いや、ジョウの周辺にも注意を払っておかねばならないし、リーダーとしての仕事を放り出しておくわけにもいかない……
……ダメだ……頭がこんがらがってきた……
仕事をする時のように、どう動けば効率良く回るのかを思索するが、いかんせん畑違いが過ぎる。
良い案が何も思いつかずため息をつくと、そこで俺は不意に周囲から人がいなくなっている事に気がついた。
いや、正確に言うと、皆が道の真ん中を避けて両端に寄っているのだ。
その原因は、人の波を割りながら俺の前を悠然と歩く、見慣れた黒鎧の剣士のせいだった。
人々が避けているのは本人の威圧感のせいもあるのだろう。
だが、一番の理由は恐らく、彼が荷物のように肩に担いだ少年剣士のせいじゃないかなー……
死んではいないと思うのだが、トッシュは完全に脱力した状態でダラリと担がれていた。
何が起きたのかを何となく察して、俺は小走りで彼等に近づく。
「ファイエル……お前な……」
「お?パウロか?ちょうど良かった」
「うん?……って!おいっ!?」
俺に声を掛けられ、振り返ったファイエルは、俺の姿を確認すると同時にトッシュの体をこちらに投げていた。
人々のざわめきが起こる中でトッシュの体を上手くキャッチすると、周囲から安堵のため息が漏れ聞こえてくる。
「巣に連れて帰るつもりだったんだがな、お前はソイツの家知ってんだろ?任せるわ」
「お、お前……無茶苦茶しやがるな……」
お姫様抱っこの形で抱き止めたトッシュは、外傷こそ大してないものの白目を剥いて気絶していた。一応生きてはいるようだ。
その体を抱え直して、俺は呆れ半分に苦言を提する。
「まだ子供なんだからさぁ……こんなになるまでシゴいてやるなよ……」
「は?舐めた事言ってんなよ?」
俺の言葉にファイエルは憮然とした表情になっていた。
まぁコイツは戦いに関する事には手を抜かない男だ。こうなるパターンも予測は出来ていたのだが……
しかし、ここで俺は自身の思い違いと自分の甘さをファイエルから、そして気絶したままのトッシュから教えられる事になった。
「ソイツは、黙ったままブッ倒れるまで泣き言一つ言わずに俺に食らいついてきたぞ?」
「え?」
予想外の言葉に驚くと、ファイエルは不機嫌な様子で俺を睨んでくる。
どうもその怒りは、自身のための怒りではないようだった。
「泣き言を言ったら放り出してやろうと思ってたが……ソイツは多分、自分の弱さが許せなかったんだろうな。そんなヤツ相手に手を抜く程、俺は無粋じゃねぇよ。子供だからとか、あんまソイツを……トッシュを舐めんじゃねぇ」
「……ははっ、そうか……」
気を失うまで必死になった弟子と、そんな彼を一人の男として扱った師匠の姿に、俺は敬意を覚えずにいられなかった。
と同時に、自身の甘さも痛感する。
頭を下げる動作は自然と出たものだった。
「知らずに侮辱しちゃってたな。トッシュの事も、お前の事も。悪かったよ。トッシュをお前に預けて正解だった」
「お、おう……分かればいいんだよ……」
急にバツが悪くなったか、ファイエルは口ごもるように言うと鼻を鳴らしてそっぽを向く。
そして、「起きたらとにかく肉食えって伝えとけ」とだけ言い残すと、照れているのを隠すようにズンズンと歩き去っていった。
その背中を見送り、俺は肩を揺らす。
思っていた以上に良い師弟になりそうだな、と。
「よく頑張ったな、トッシュ。お前にも教えられたよ。お前も俺の先生だ」
聞こえてはいないだろうが、未だ白目を剥いている少年にもそう伝える。
彼にもまた、本当に大事な事を教えてもらった。
歳を食うにつれて昔のように動けなくなってくると、どうしても効率の良さばかりを求めるようになってくる。
それは決して悪い事ではないのだが、今の俺は本物の冒険者達が積み重ねてきたものを一足飛びに超えるだけの成長を求めているのだ。それは、楽な道を探していたのでは到底辿り着けるものではない。
それなりに歳を取ってきた者なりの経験値と、この体を利用したガムシャラな努力。
人より歩みが遅いなら、その二つを合わせてようやく俺は人並みを超えられるのだろう。
それに気づけた時、悩みから見えなくなっていた周囲の風景がようやく見えるようになっていた。
「ん?」
通りの端に並ぶのは屋台の数々。
多くは野菜や果物、軽食やオヤツなどを売っている屋台だが、その中に一店だけ混ざる、装飾品を扱う屋台。
恐らくそれは、頑張れば子供でも買えるようなアクセサリーを扱う屋台なのだろう。
だが、そこに並ぶある商品を目にした時、俺の頭の中にはあるアイディアが浮かんでいた。
上手くいくかは分からない。けど、今は悩むより動く時だ。
即座にそう決めると、俺はトッシュを抱えたままでその屋台へと駆け出していた。
ちゃんと家に送り届けるから、もうちょっとだけ待っててくれよ、トッシュ。
肉も買ってあげるから。あと、野菜もね。
◎
「どうっすかっ!?」
「……」
明けて翌日。
朝一番から家に押し掛けてきた俺に驚いた後、昨日と同じ場所で槍を突く俺を見た師匠は、その大きな目をさらに大きく見開いていた。
その表情に確かな手応えを感じ、俺はグッと拳を握る。
「……貴様……一体何があった……?」
「ふふふ……よくぞ聞いてくださいました」
片手に持った槍を立て、思いっきりドヤって胸を張る。
そして、昨日ファイエルとトッシュに会った後の事を師匠に伝えた。
「昨日、装飾品を扱う屋台で腕輪を二つ買ったんですよ。子供サイズの、ちょっと小さめの腕輪を」
「……ぬ?」
「で、それをですね、屋敷の裏にある木に紐で吊るしたんです。うちの執事さんに確認してもらいながら、高さを合わせつつ」
そう言って俺は構えを取り、槍を突いて引く。その動きは、もうしっかりと俺の体に染み込んでいた。
「正確な動きが出来ていれば前後どちらの先端も腕輪の中を通る位置に高さを合わせたら、後はひたすら腕輪に当たらなくなるまで突きを繰り返したんです。最初はゆっくりと。慣れてきたら徐々に早く、って感じに」
「……」
「それで、目を開けてならほぼ完璧に腕輪の中を通せるようになったから、今度は目を閉じて同じ事を繰り返して……明け方になってようやく、目を閉じたまま百回連続で突きを通せるようになりましたよ」
「っ!?夜通しやっておったのかっ!?」
笑いながら言うと、師匠は目玉が飛び出すんじゃないかという程に仰天していた。
笑みを苦笑いに変え、頭を掻く。
「いやー、ついついムキになっちゃって。うちの皆もビックリしてましたねー」
本当はキリのいいところで止めるつもりだったのだが、中途半端な数で連続記録が途切れるとどうにもモヤモヤしてしまい、気づけば朝になっていたわけだ。
たっぷりと驚いてから、師匠は心底呆れたようなため息をついていた。
「……一体どれ程突きを繰り返したのだ?貴様は?」
「えー……すみません、数えてなかったですね……多分……一万まではやってないと思うんですが……」
「……途中で嫌にならなかったのか?」
「あ、それはなかったですね。こういう、地味にコツコツやるの嫌いじゃないので。出来るようになってくると楽しいですしね」
徹夜明けのテンションでカラカラ笑うと、師匠はもう一度深いため息をついた。
ただ、気のせいか少しだけ楽しそうな顔にも見えたが。
「……次に進むぞ。それだけ元気なら、今から始めても問題はないな?」
「んお?じゃあ、初歩の初歩は合格って事っすか?」
「やかましいっ!さっさと構えんかっ!」
一瞬にして不機嫌そうな顔に戻ると、師匠は元気良くがなり立ててくる。
「ぐぬぬ!」となりながらも指示に従い、俺はすっかり体に馴染んだ構えを取った。
「師匠?弟子のやる気を引き出すのも大事だと思いますよ?」
「やかましいわっ!調子に乗るなっ!」
「ぐぎぎ……!」
チクショーッ!いつか絶対この人に「しゅごいっ!」って言わせたるっ!
こうして俺にはまた一つ、ささやかな目標が生まれたのだった。
その目力と強者らしい迫力に『気押され』ながらも、俺はまず軽く会釈する。
……いやー、またやっちゃいましたわ……
これ、『気圧される』だけじゃなくて『気押される』でもオッケーなんですねー……
アッシのスマホでは『気圧される』としか変換されないんですが……
くるぐつさん、正解でーす。
今回は倍腹筋しましたので、ご勘弁を。
というわけで、今回もゲリラ投稿でやんす。
一応これで表立っての修行パートは一度キリです。
次はお姫様話やるか、パーティーに関する話するか、どっちにしようかな?っと。
今回も誤字っときましたよー。
ちゃんと調べて誤字ったので、多分間違えず誤字れてると思います(新しい日本語)




