貫くこと槍の如く
「ぬうぅぅぅぅぅっ!!!」
「ぬあぁぁぁぁぁっ!?」
槍の鋭い切っ先が俺の鼻の頭に軽くキスをしてくる。
触れるか触れないか、絶妙なタッチで。
何も好き好んでこんな状態になっているわけではない。
あと少し反応が遅れていれば、両手で握り押さえている穂の根元、口金部分が滑ったり握りにくい形だったりしたら、今頃俺はメザシのようになっていた事だろう……
こう……プラーン、と……
「ち、ちょおぉぉぉぉぉぉいっ!?お、落ち着きましょっ!?ねっ!?」
「死ぃねぇぇぇぇぇぇっ!!!」
「きぃやぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
必死の説得を試みるが、老人のものとは思えない強い力と溢れ出る殺意に、俺の口から悲鳴が漏れる。
もしかしたら……テレサは『これ』を狙って俺をここへ送り出したのだろうか……?
あわよくば、自分の師が俺を串刺しにしてくれるんじゃないかと考えて……
事の始まりは、今より数分前……
◎
「ここ、かな?」
テレサから聞いた通りに道を行き、ようやく見つけた聞いた通りの特徴の建物を前に、俺は一人呟いた。
街の南西、城壁に程近い郊外。
二階建ての小さな民家に平屋の大きな建物が隣接するここが、テレサの師匠『ウォード=ランスロット』の住居であり、そして槍術道場だろう。
「……よし!」
テレサに書いてもらった紹介状を今一度確認し、気合いを入れる。
「師は気難しい人物」とは聞いてきたが、昔から歳上との付き合い方は上手かった方だ。ポイントは、ちゃんと相手を立てる事です。
だからこの時の俺は、ガチガチになる程は緊張していなかった。
……結果として、この『程好い緊張』が自分の命を救う事に繋がったんだと思う……
「こんにちはー!ウォードさん!いらっしゃいますかー!?」
ノッカーがなかったので、扉自体をノックして大きな声で呼び掛ける。
「留守だった場合はどうしようか?」などと考えたところで、中からゴツゴツという固い靴音が聞こえ、扉が内から外へと開いた。
「……どちら様か……っ!?」
「あ、あの、はじめま……して……?」
『オッサン』としては間違いなく「はじめまして」なのだが、『パウロ=D=アレクサ』としてはどうなんだろう?
そんな考えから、つい口調が辿々しくなる。
扉を開けてくれた男性は、ギョロリとした目をさらに見開いてこちらを凝視していた。
『ウォード=ランスロット』
近々70歳になると聞いたがとてもそうは見えない、ガッシリとした体型の男性。
背はパウロよりやや低いが、その体型のゴツさから俺より大きく見える。
白髪の混じる灰色髪を無造作に撫でつけ、髪色と同じ顎髭は綺麗に整えられていた。
その目力と強者らしい迫力に気押されながらも、俺はまず軽く会釈する。
「えっと、ウォード=ランスロットさん、ですよね?突然お訪ねしてすみません。お……わ、私はパウロ=D=アレクサと申しまして……」
手っ取り早く警戒を解くにはテレサからの紹介状を提示するべきだろう。
そう考え、服の内ポケットに入れておいた紹介状を取り出そうとする。と……
その瞬間、扉はバダンッ!と壊れそうな音を立てて閉じられていた。
「……ふへっ?」
服の内側に手を入れる前の状態で動きを止め、思わず間抜けな声を漏らす。
わけが分からず硬直していると、すぐに建物の中からドカドカ!と靴底が木材の床を叩く音が聞こえてきた。
そして……
「パウロ=D=アレクサァァァァァァッ!!!」
「はぁいっ!?」
再びバダンッ!と豪快に扉が開け放たれ、と同時に中から飛び出してきたのは、ギラリと輝く槍の穂先だった……
◎
神鷹天槍流。
それが、テレサが修める槍の流派名だ。
……うん、この物語らしい名前ではないでしょうか……
この国に古くから伝わる由緒正しい流派で、王国騎士団長を何人も輩出した超名門流派でもあるそうだ。
だがそれも、『今は昔』の話。
現在も名門である事には変わりないそうだが、どこの道場も門弟はあまりいないらしい。
その理由は複数あるという。
一つは、格式が高いがために敷居が高い、というもの。
貴族や騎士の家系の者が門弟のメインらしく、一般の冒険者などには敬遠されるそうだ。
もう一つの理由は、そんな一般の冒険者達のため、実戦で使いやすい武技を中心に教えるシステマチックな、言ってしまえばチェーン店のような訓練施設が多く出来てしまった事。
武技の習得に多くの時間が必要な正統流派は、初期段階ではこういった実戦に強い技術に負ける事も多いらしい。
そして、最後にして最大の理由は……神鷹天槍流史上最高の天才とまで称賛されていた『テレサ=ディアーク』が、『パウロ=D=アレクサ』という『ただの暴力』に負けてしまった事だった……
さらにあのバカは、「本物の天才の前に武術など無価値」、「カビの生えた古い流派なんて格好だけ」、「実戦ではまるで通用しない」等々、言わなくていい事を喧伝しまくったそうだ……
これで神鷹天槍流だけではなく、多くの武術流派から門弟が離れ、ウォードさんは絶望して槍を置いたという……
……そりゃテレサも勘違いクソ野郎を死ぬ程嫌うわ……
……そりゃウォードさんも槍持って迷わず突いてくるわ……
◎
「その節は大変な御無礼を……平に……平に御容赦を……」
何とか取り上げた槍を後ろに隠し、俺は玄関先で地面に正座して、手と額を地に擦りつけるように謝罪していた。
「その節」が「どの節」なのか俺はよく分からないのだが……誰かの代わりに謝るのなんて慣れてますからね……嫌な「慣れ」だけど……
どうにか受け取ってもらったテレサの紹介状を読んだウォードさんは、苦虫を噛み潰したような表情を変えぬままにテレサの手紙を破り捨てていた。
「貴様のような男が本気で槍を学ぼうとしている、だと……?そのような事、信じられるものかっ……!」
大声ではないが怒気を孕むその声は、まるでビリビリと空気を震わせているようだ。
渇く喉を湿らせるために無理矢理唾を飲み、正面からウォードさんの目を見て口を開く。
「仰る通りだと思います。ですが、決して嘘ではありません。皆を守るためには、今のままではあまりにも足りないと思い知らされたんです。ですから……どうか御教授を!」
今さら『パウロ』がやってきた事が綺麗に消えるわけもない。だから、せめて『俺』は嘘をつかないようにしよう。
そう思い、真剣に言葉を紡ぐが、それでもウォードさんにパウロの言葉は届かないようだった。
「言え!一体何を企んでいる!貴様は「誰かのために」などという理由で槍を振るうような輩ではないだろう!?」
「ちっ……!……あ……?」
「違う」と言い放つ前に言葉が止まったのは、ウォードさんの言葉ではたと気がついたからだ。
ジョウを消そうとしている『何者か』と俺は、結局は同列の存在だという事に。
『ジョウを消すため』と『ジョウを守るため』
悪と正義の構図のように見えるがその実、本質はどちらもきっと『自分のため』にやっている事なのだろう。
突き詰めればそれはベクトルが真逆なだけであり、同じ線上の右端か左端かの違いでしかない。
だからこれはとどのつまり『己の我を通すための戦い』であり、俺はそのための力を求めているのだ。
それを「誰かのため」とばかり言ってしまうのは違うと、そう思えた。
軽く息を吐いて肩の力を抜き、手を膝の上に置いて俺は再びウォードさんと向き合う。
「……ウォードさんの言う通りかもしれません。きっと俺は、自分のために力を求めているんだと思います」
「……ぬぅ……?」
俺の言葉に、ウォードさんの表情がわずかに変化したように見えた。
それに気づきながらも構わず、話を続ける。
「俺が守りたいと思っている皆は、きっと俺に守られようなんて考えていないでしょう。むしろ俺の事を守って、支えようとしてくれている奴らばかりです。だから、これは俺のエゴ……利己的な考えなんでしょう」
「……」
「だけど、俺はやっぱり俺の大事な仲間を守りたいです。独りよがりだろうと、何だろうと。そのための力がない事が……ただ悔しいんです……大人として……男として……」
これで言いたい事は包み隠さず全て吐き出せた。
これでも駄目なら、仕方ないと開き直ってすぐ次に進めるだろう。
そうして俺は、最後にもう一度頭を下げた。
「だから、どうかお願いします。俺に槍を教えていただけないでしょうか?」
「……」
返事はすぐに返ってこなかった。
鳥の囀りや風が草木を揺らす音。
人に由来する音が消えた中、無限とも思える時間が流れる。
先に沈黙を破ったのはウォードさんの方だった。
「……儂の槍を持ってついて来い……」
「っ!?弟子入りを許してくれるんですかっ!?」
その言葉に、俺は引き起こされるように頭を上げる。が、そこにあったのはウォードさんの心底嫌そうに歪んだ顔だった。
「早合点するでないわっ!この大馬鹿者がっ!貴様の言葉などそうそう信じられるものではないっ!」
「ぬぐっ……」
……まぁ、ですよねー……
パウロは、それだけの事を散々やらかしてきているのだから……
だが、しょげる俺に、ウォードさんは拗ねた子供が舌打ちするように顔を逸らしていた。
「……だがな、槍は嘘をつかん。貴様の言葉が嘘か真実かなど、その槍と槍に向かう姿勢を見れば分かるのだ。自身の言った事を儂に信じさせたいのなら、己が槍で証明してみせよ」
「じ、じゃあっ!?」
「ええいっ!さっさとせんかっ!」
明確な答えを返してくれないまま、ウォードさんは隣の建物の方へと歩き出す。
慌てて彼から取り上げていた槍をひっ掴み、立ち上がると、俺は急いでその後を追った。
「よろしくお願いしますっ!師匠っ!」
「師匠などと呼ぶなっ!この馬鹿弟子がっ!」
「いやいや(笑) 師匠だって「弟子」って言ってるじゃないすか(笑)」
背負っていた荷が降りて、口もついつい軽くなる。
そのせいでもう一悶着起きたのだが、こうして俺の修行は何とか無事に始まる事となった。
さぁ!己が証を打ち立てようか!
ジョウ達のために、自分自身のために。
それが必要な事ならば、俺は『ざまぁ勇者』から本物の『勇者』にだってなってやろう!
前回は仕込み入れられませんでしたが、今回はちゃんと仕込んでますぜ。
( ´∀`)ノ
今回は誤字。すでに何度か使ってる言葉です。
さぁ、探してみやがれください。




