槍の聖女
『テレサ=ディアーク』は、原作『ボク耳』においてパウロの鏡写しとも言うべき存在である。
二つ名の《槍の聖女》に相応しい高潔な精神の持ち主で、人として対極に位置するパウロの事をとにかく嫌っていた。
そんな理由も手伝ってか、時々ハメ太郎達を助けたりもしていたものだ。
『ボク耳』としては珍しい事に、彼女はハメ太郎のハーレムには加わりませんでしたけどね。
読者の中に熱烈なテレサファンがいたようで、「テレサをビッチにしたら流石にクッソ叩かれると思ったんじゃね?」という考察が主流のようでした。
彼女は実力も確かな設定で、明確な戦闘描写はなかったが作中では「その力はパウロに肉薄するもので」という説明があった。
だが、それはつまり、「善戦はするがパウロには敵わない」という意味である。
槍を愛し、誰よりも槍に命を賭ける彼女が、パウロの大した積み重ねもない力任せの槍に勝てない。
しかも、人間性も真逆。
彼女がパウロを嫌う理由は、俺にも十分理解出来るものだった。
◎
逃げるタイミングを逃してしまった不幸なメンバー達が息を潜めるサロン内。
そんな重苦しい雰囲気の中、俺とラインズはテレサに同席の許可を頂き、テーブルについていた。
最初、この空気に耐えきれなかったかラインズは気を利かせるフリをして「お、お茶の用意を……」と立ち上がりかけたが、それは断固拒否させていただいた。
彼女と一対一にしないでもらいたいからねっ!
というわけで、喉の渇きを感じたまま、俺は今日この場に至った事情を二人に説明していた。
「黒い魔獣、ですか……あの日、そんな事が……」
あの戦いの後、ラインズとバレルには起きた出来事を簡単に話してはいたが、それは「ヤベー魔獣が出た」くらいのものだ。
どんな風に「ヤバかった」のかを語ると、ラインズは難しい顔になってテーブル上で手を組み合わせていた。
テレサの方は表情も変えていないが。
その他、俺が語ったのは……
黒化魔獣がうちの子を狙ってたという事。
その理由は、ジョウが持つ『精霊魔術師』の力のせいではないか、という推測。実際は推測ではないが……
そして、今のままの『パウロ』では再び同じ事態が起きた時に彼を守れないかもしれない、という事実。
現状では俺とシャールだけが知るこの世界の秘密については語らなかった。真実なのだが、普通に考えたら冗談にしか聞こえないだろうから。
ラインズはともかく、テレサはそんな『冗談』を許しはしないだろう。
俺の話を聞き終え、テレサは静かにカップを口元に運んだ。
「……事情は承知した。しかし、何故私に?」
「俺の知り得る限りで、テレサさん以上の使い手はいないからね。手っ取り早く強くなろうなんて思ってないけど……ゆっくりしてる余裕もないんだ」
俺に対しては口調の硬いテレサに若干ビビりつつ、それでも彼女と真正面に向き合う。
ヨイショの意味なんて毛頭ない。彼女の槍の技量は疑いようのないものなのだから。
テレサの持つ特殊能力は『加護の盾』
その力は、要約すると「自身の周囲にいる、自身が『仲間』と認識する者に防御力アップのバフをかける」というものだ。『周囲』というのがどれだけの範囲を指すのかは分からないが。
この力は身体能力を上げるものではなく、そもそも自身については対象外らしい。
つまり彼女は、女性としての身体能力のまま、その技量だけで『英雄への階』を持つパウロと良い勝負をしているのである。
彼女が『男』だったなら、そのスキルが戦闘力を上げるものだったなら、もしかしたらテレサはパウロを圧倒する存在だったかもしれない。
だから俺は、敬意を以て彼女にまた頭を下げた。
「お礼はする。俺に出来る事なら何でもやるよ。だから、どうかお願いします」
「パ、パウロ……パーティーリーダーが軽々しく頭を下げては……」
居合わせたメンバー達がざわつくのを見て、ラインズが慌てて俺を止めようとする。
冒険者という者達が、何よりそれを束ねるリーダーが、面子や体裁を大事にしているのは知っているし、ラインズが俺を守ろうとしてくれているのも分かる。
が、それでも俺は頭を下げたまま軽く手を挙げ、彼を制した。
「ここで下げられない程大事な頭なら、兜でガチガチに固めて隠しとくわ。大事なヤツらの事より優先せにゃならんプライドなんて、俺にはないよ」
「……ふぅ……」
ラインズが「うっ……」と言葉を喉に詰まらせるその隣で、テレサは静かに息を吐いた。
そして、鋭いが敵意のない声をこちらに放つ。
「ご存知だろうが、私は貴方を軽蔑していた」
「は、ははっ……そこまでスパッと言われると、いっそ清々しいなー……」
オッサンにではなく『パウロ』を指しての言葉なのだろうが、やはりグサリとはくる。
だが、頭を上げるとそこには、わずかに微笑らしきものを浮かべたテレサの姿があった。
「だがそれは、貴方が仲間を蔑ろにし、槍に対しても不誠実だったからに他ならない。まだ言葉の全てを信じられるわけではないが、その姿勢を見てなお軽蔑する程は狭量ではないつもりだ」
「それじゃ……!?」
「しかし、だ」
「願いが通じた」と喜んだのも束の間。テレサはすぐに微笑を消し、やや険しい表情になる。
が、視線を逸らして斜め下を見るその顔の険は、どうやら俺に向けられたものではないようだった。
「そこまでさせておいて本当に申し訳ないと思うが……私も未だ皆伝に至らぬ身。人にものを教えられるような立場ではないのだ……」
「うえっ!?生身でパウ……ん、んんっ!あ、あれだけ戦えるのに?」
そんな設定は見た覚えもなかったためにうっかり口を滑らせかけ、咳払いで誤魔化す。
幸いにも特に気にした様子もなく、テレサは神妙な面持ちで頷いた。
「ただ、このまま断るのではあまりにも礼を欠く。そこで、貴方さえよければ我が師への紹介状を書こうと思うのだが?」
「えっ!?」
テレサの提案に驚きの声を上げたのはラインズだ。
俺の方は、願ってもない話に声もなく驚く。
彼女が皆伝に至っていないため技を教えられないと言うなら、彼女の師匠は流派の皆伝を修めた存在、という事だ。
教えを乞うならこれ以上ない相手と言えるだろう。
テーブルに手をつき、俺は即座に頭を下げていた。
「是非!お願いします!」
「……承知した。すぐに書状を認めよう。少し待っていてもらいたい」
「本当にありがとう。このお礼は必ず」
椅子を動かす音すらなく立ち上がったテレサを目で追うように顔を上げる。
と、彼女はどこか困ったような顔で首を横に振った。
「礼など必要ない……と、言うよりもだ……貴方が我が師より教えを得られたのならば、それが私にとって何よりの礼となる……」
「……ん?」
妙に含みのある言葉に首を捻る。と、テレサは槍のように真っ直ぐな眼差しを俺に向け、そして厳かに頭を垂れた。
「もし師より許しを得られなければ、その時は私が貴方の稽古の相手をしよう。私の技を見て盗む分には、誰に咎められる事もない。だから……何卒よろしく頼む……」
「ん、んんっ?」
何故頼み事をしている俺の方が彼女から頭を下げられているのか?
わけが分からずポカンとなっていると、テレサは滑るような動きでこの場を離れていった。
ただ、どうやらラインズには事情が分かっているらしく、額に手を当ててため息を漏らしている。
「ええと……今の、どゆこと?」
「その、ですね……ダメだったら稽古相手になる、と言ってたので……嫌がらせ、というわけではないと思うのですが……」
俺の問いに歯切れの悪い返事をして、ラインズはテーブルの上で手を組み合わせる。
そして、悩むような素振りを見せてからこちらを向いた。
「……テレサの師は、すでに隠居してしまっているんですよ。パウロ、君のせいでね……」
「ん、んんんっ?」
いや、ますます意味が分からないんですが?
結局、少し経ってから戻ってきたテレサの口からも詳しい事情を聞く事は叶わなかった。
「行けば分かる」と、そう言われるだけで。
俺が自力で全てを理解したのは、もうしばらくしてから……
危うく死にかけたその後の事だった……
とある公爵家に「由縁」のある名家
前回の仕込みはミスってました……
「ゆかり」の漢字表記は「所縁」か「縁」の二つだけだと思ってたら、「由縁」でも良かったんですねー……サーセン……
しかしながら、stgさん、正解でやんす。
いつもより多めに筋トレやっときました。
ちと仕事がバタバタしてきたもんで上手く頭が回らず、今回は仕込み考える余裕が……
うちの会社は時期によって仕事内容ガラッと変わるんで、冬場の忙しい時期になるとしばらく慌ただしいんですよねー……
夏場に動かしてなかった機械がトラブル起こしまくったり。
ナチュラルなミスはいつもより多いかもしれないので、チェックお願いしゃす!




