変化する世界
戦いとその事後処理が終わり、時刻は夕方と呼ぶには少々早い時間。
《吠える狼》や《明けの明星》、その他の元気なパーティーの連中は、今頃ドンチャン騒ぎをしている頃だろう。
しかしラギルと俺という二人の負傷者、体力を根こそぎ使い果たしてしまったシャール、拠点に戻った途端にコテンと寝てしまったジョウと、消耗が激しかった《輝く翼》は早めに解散する事になった。
俺も今日はガッツリ休むつもりだが、皆もゆっくり休んでもらいたいものだ。
なにせ明後日には王城での面倒なイベントが待っているのだから……
寝てしまったジョウはトッシュがおぶって、ディーネ、サラ、エミリーと共に家に帰った。
傷だらけになった俺の鎧は、後衛の護衛であまり戦わずに済んだ子達が俺の代わりにと修理に出しに行ってくれた。
そんな皆に心から感謝しつつ、身軽になった俺はシャールを自宅に送るという名目で彼女と一緒に拠点を後にしたのだった。
彼女には、話さなければならない事がいくつかある……
◎
街の中を流れる川のそば、石造りのベンチに並んで座り、俺はまず今までずっと黙っていた『ある事実』をシャールに伝えた。
その話を聞いた彼女の反応は……まさに言葉を失う、という状態だ。
俺がシャールに語った、今まで黙っていた話。
それは……この世界が『作られた物語の世界』だという事実だ。
「……」
「まぁ……いきなりこんな話されても信じられないだろうけどね、誓って嘘ではないよ。俺がこの世界の未来を知っているって言ったのはつまり、この『物語』を読んでいたって事なんだ。ジョウ=マクスウェルを世界の中心とした『物語』をね」
俺がそう言った後、俺達はしばらく黙り込んで川のせせらぎと街の咺騒を聴いていた。
時間にして一分と少しくらい経っただろうか?
凍りつくように沈黙していたシャールは、空手の息吹のように長く長く息を吐き出した。まるで呼吸を忘れていたかの如く。
「……もう多少の事では驚かないと思っていましたが……流石に頭の中が真っ白になってしまいましたね……」
「だろうね。この話は、言ったところで誰も得しない話だと思ったんだ。だからずっと黙ってようと考えてたんだけど……ゴメンな」
「……いえ、貴方の気持ちも分からなくはないですから……謝らないでください」
悪いのは完全に俺の方だというのに申し訳なさそうな表情をこちらに見せる少女に思わず苦笑して、俺は彼女の頭をポンポンと叩いた。
「あっ……」と小さな声を出し、シャールは恥ずかしそうに目を伏せる。
それから俺は、フォローの意味ではない、ありのままを彼女に伝えた。
「でも、この世界はもう俺の知ってる『物語』の世界じゃない。シャールにジョウ、それに俺が今日まで出会った皆は、ちゃんと自分の頭で考えて自分の足で立つ『人間』だったよ。もう皆、あの『物語』の『キャラクター』とはまったくの別人だからね。もちろん、良い意味で」
この気持ちは、一切の嘘偽りないものだ。
「悪い子ではない」と思ってはいたものの、元々俺は原作『ボク耳』のジョウ=マクスウェルを好いてはいなかった。好感を持つ要素より悪い部分の方が多く目についたのだから。
だけど今はもう違う。俺はこの身を盾にしてでもジョウを守りたい。
それは「ジョウを守らないとこの世界がヤバいから」だとかそんな理由からではなく、ただシンプルに俺がジョウ=マクスウェルという少年の事を好きになったからだ。
そしてシャールやディーネ、この世界で出会った皆が、俺の大切な人になったからだ。
そんな俺の想いが伝わったのか、シャールはとても優しい微笑みを俺に返してくれた。いい歳をしたオッサンが思わずドキリとさせられてしまうような、そんな微笑みを。
それから彼女はフッと息を吐いて表情を引き締める。
「それでは、貴方がこの秘密を私に打ち明けた理由を聞かせてもらえますか?貴方の事です。意味がないわけはないでしょうから」
「ははっ、ホント『別人』だなー……」
すぐに俺の意図を汲んで一瞬で気持ちを切り替えたシャールに、俺はつい肩を揺らしてしまう。
原作の『シャール=エルステラ』ならこんな時、キリッとした顔で的外れな事を言ったりしていたものだ。
彼女の信頼に応えるために、俺も気を引き締める。
この話は未来を左右する大事な話なのだから。
「先に聞いておきたいんだけど……シャールはあの黒いゴブリンに何か感じなかったか?存在自体に『不快感』というか『違和感』というか」
「……いえ……」
俺の質問に、顎に手をやって少し考えてから首を横に振る。
そして、わずかに戸惑った様子でシャールはこちらを見た。
「……正直言いますと、私はあのゴブリンから特別何も感じませんでした……強い魔獣特有の圧すら……私には、あれは『ただのゴブリン』としか感じられなかったんです。あんな異常な力を目の当たりにしているのに……」
「……やっぱりか……多分だけど、シャールのその感覚は正しい。『この物語の人間』として」
想像していた通りの、想定した中でも最悪の反応に、腕を組んで天を仰ぐ。
その状態でしばし考えを整理してから、俺は改めてシャールと目を合わせた。
「実はな、俺の知ってる『物語』ではアクエルの場所がコロコロ変わるんだ」
「…………………は?」
「それだけじゃなく、人の名前もある日突然変わったりする。でも、『物語』に出てくる人物は誰もそれに気づかないんだよ」
「……ち、ちょっと待ってください……色々言いたい事が絡まって、どう返事をしたらいいのか……」
唐突としか思えないだろう俺の話に、シャールは手の平をこちらに向けながら頭を抱える。
そんな姿についつい笑ってしまいながら、この話の意味を彼女に伝えた。
「自分で物語を書く、と想像してみてよ。書き手が設定や人の名前を間違えてたとして、物語の登場人物がそれに気づけると思う?」
「それは……無理、でしょうね……」
「そう、無理なんだよ。物語の登場人物は書き手の思考の範囲内でしか動けないんだから。その思考そのものが間違ってても、間違ってる事を認識出来るわけがないんだ。だけど、書き手以外でその間違いに気づける存在がいる。誰だか分かる?」
ナゾナゾのような俺からの問い掛けに、シャールは即座に頷く。
「書かれたその『物語』を読む人、ですね」
「そう、『物語』を『物語』として読む事が出来る者。『この世界』を外側から見る事が出来る観測者。つまり……俺のようなヤツだな」
「……あっ!?」
そこで俺が言いたい事を察したのか、シャールが声を上げる。
そんな彼女に、俺は曖昧な言葉ながら確信をもって伝えた。
「あの黒いゴブリンは多分……この物語に無理矢理書き込まれた『設定の矛盾』そのものだ。あの戦場で俺だけが感じたあの気持ち悪さは、物語上の矛盾に気づいた時の気持ち悪さとそっくりそのまま同じだったんだよ」
「……」
俺の話を聞き、シャールは再び言葉を失う。
俺があの黒いゴブリンを倒すための策を思いついたのは、これが理由だ。
あれが何者かによって強引に書き込まれた存在だと気がついた時、同時にその何者かは俺と同じくこの『物語』を知っている存在だと思い至った。だからそれを逆手に取ったわけだ。
うつむいていたシャールは、わずかに震えながらまた長く息を吐いた。
「……では、あれは……ジョウくんを狙ったのは……この世界を作った、言わば『神様』のような存在、だと……?」
恐る恐る、といった感じが声から伝わってくる。
しかし、そんな彼女に俺はさっさと首を横に振った。
俺自身も最初はシャールと同じ考えに至ったが、落ち着いてから考え直すとおかしな部分に気がついたのだ。
「いや、恐らくだけど、それはないと思う。作者……神様ならこんな回りくどい手段を取らなくても、簡単に主人公を消せるからね。まさに消しゴムで文字を消すように。それに何より、メリットがない。この物語がブッ壊れて一番困るのは作者だろうから」
「……そうか……そうですね……でも……」
俺がそう言うと、シャールは顔を上げた。だが、すぐにまた表情を険しくする。
きっと彼女はすぐさま「では誰が?」と考えたのだろう。
それに対するアンサーもすでに持っていた俺は、先回りして自分を指差した。
「この物語を書き替える事が出来るのは、何も作者だけじゃないよ。シャールには変化を認識出来ないから無理もないけど、俺はもう、かなりこの物語を変えてきてるんだ」
「え?……あっ!」
それで彼女も気づいたのだろう。俺が辿り着いた考えに。
俺は静かに頷いて見せた。
「まず間違いなく……俺みたいなヤツが他にいるんだ。それも、俺とは真逆の方向へ進もうとしてるヤツが……」
これは決して『御為倒』の言葉ではない。
御為倒は「御(自分)の為に相手を倒す(こかす)」という言葉ですね。
つまり、相手を持ち上げるふりをしつつ実は自分が得をするように動く、というような意味になります。
ここではオッサンはそんな事一切考えてないです。
はい、くるぐつさん正解でーす。
ゴエモンさんはタッチの差でした。
腹筋しましたよー。
今回の話はメタい話ですねー。
いずれどんでん返しに繋げられるよう、ここでちょっとだけ罠を仕込んでおきました。
まぁ書いてる側じゃないと絶対分からないものなんで、気にしなくて大丈夫です。
今回は「なんか足りなくね?」という誤字でーす。




