戦いの終わり
「水弾っ!」
ジョウが放った握り拳大の水弾数発は、黒ゴブリンの足をかすめる事もなく地面に穴を開ける。
ヤツの反応は、やはりジョウの行動を先読みしているとしか思えない程の早さだった。
が、それはとっくに想定済みだ。
だからジョウには前もって、あの黒ゴブリンの左半身側を狙うように伝えておいた。
わざと左右どちらかの半身側を狙えば、ヤツが避ける方向を絞れる。左半身を狙えば避ける先は高確率で右側だろう。
そして俺がヤツの正面で槍を構えておけば、回避範囲はさらに絞れる。
「ふっ!」
ほぼ真横に避けた黒ゴブリンが着地するまでの一瞬に間合いを詰め、槍を突き出す。威力よりも当てる事を最優先に考えた、軽く速い突きを。
そうしてようやく俺の突きはヤツの体を捉えたが、その結果もまた俺の想定通りだった。
「かってぇ……」
ドッ!というか、ゴッ!というか……
俺の手に伝わってきたのはやはり、ゴツいゴムの塊を突いたような鈍い感触。
槍先がいくらかは刺さったかもしれないが、黒ゴブリンはただ押し飛ばされただけでまるで感情が見えないその表情を変える事すら出来なかった。
この体の力をフルに使えれば、俺に槍の心得があれば、あるいはヤツを貫けるのかもしれない。
だが、ないものをねだっても意味はないのだ。
今の俺がすべき事は、今手元にある材料で最良の結果を叩き出す事だけである。
「よし、ジョウ!どんどんいけっ!」
「はいっ!水弾っ!」
俺の言葉に応え、ジョウは立て続けに水弾を放つ。
先程の指示に従って黒ゴブリンの足下を、地面を狙って。
そして俺は、ジョウの攻撃を躱す黒ゴブリンを倒すためではなく、誘導するための攻撃を繰り返した。
相手がシャールのような人物なら、すぐに「おかしい」と気づいただろう。こんなハメ技のような戦闘運びは。
だが、見たまんまで自我がないのか、ヤツはひたすらに攻撃を躱し、受け続けるだけだった。
そんな消極的な戦闘を繰り返すこと数分。ようやく準備は整った。
「水弾っ!パウロさんっ!そろそろいけますっ!」
「あいよっ!それじゃ……!」
ジョウの合図を受け、俺はルーティンのように水弾を躱した黒ゴブリンに槍ではなく左のミドルキックを叩き込む。
ダメージを与えるのが目的ではない。目印である、地面から突き出した石がある場所にコイツを飛ばすための蹴りを。
今までの水弾は全て、その目印の周りを狙って撃ち込まれていたのだ。
そして、策は成った。
「今だっ!ジョウッ!」
「はいっ!」
今度は俺からの合図に応え、ジョウは黒ゴブリンに向けていた右の掌をクルリと回して空に向ける。
そして……
「水の檻っ!!!」
その手を強く握り込むと、黒ゴブリンの周辺、地面から噴き出した大量の水が逃げる余裕も与えずにヤツを包み込んでいた。
「上手いっ!」とシャールが驚きの声を上げる。
俺が導き出した仮説。
それは、あの黒いゴブリンがジョウの、シャールの、ともすればこの物語に登場する主要人物の戦闘パターンを熟知している、というものだった。
だとすれば、ジョウやシャールの攻撃が簡単に躱され、俺の拙い攻撃が当たる理由も説明がつく。
『俺』はパウロであってパウロではないのだから、だ。
その仮説が正しいとすれば、対処方は簡単だ。『原作でジョウがやらなかった攻撃方法』を試せばいい。
それがこの新技『水の檻』であり、『こそこそと罠を仕込む』という無双系主人公らしからぬ仕込みである。
そう、今までの水弾は全てこの罠のための仕込みだ。
本来ならただの水となって土に染み込む水を、ディーネの補助によって全て水弾の状態でキープ。
そうして溜めた使いやすい状態の水を一気に解放して、逃げる間も与えずにヤツを包んだのだ。
あとは圧力を加えて圧死させるか、溺死するまで待つか。
と、簡単にいけば楽だったのだが、やはりそう上手くはいかないようだった。
四角い水槽のような『水の檻』に閉じ込められ、はじめて必死な姿を見せる黒ゴブリン。
それを押さえるジョウとディーネが苦しそうな声を出す。
「パ、パウロさん……!コイツ!凄い力で……!」
「ダーリンッ!このままじゃ逃げられちゃうっ!」
「あー……やっぱりか……」
ラギルを、そしてパウロを凌駕する程の異常な力。あれを体感すれば、当然この展開も想定内だ。
だから俺は焦りはしなかった。
「パウロッ!あとは私が……えっ!?」
剣の柄に手を掛けて飛び出しかけたシャールを手で制し、俺は左手で槍の石突き付近を強く握る。
シャールの剣技の鋭さは嫌という程に知っているが、あの水の檻越しにヤツの異常に硬い体を斬れるかというと、少々難しいと思えた。
俺には彼女のような華麗な技術などない。だが、この中で最も単純な『力』が強いのは間違いなく俺だ。
そんな力を余す事なく伝えるための状況は、すでに整っている。
「ジョウッ!思いっきり水を圧縮してくれっ!」
「は、はいっ!」
俺の呼び声に応え、ジョウは即座に全力を込めて手を握り込む。
それに呼応して水の檻がグッ!と小さくなったのを確認しながら、俺は両手で最大限に長く持った槍を肩に掛けて走り出した。
イメージは示現流……なんて格好いいもんじゃない。
これは……防波堤から沖合いに仕掛けをブン投げる、釣りの動きだっ!
「おおおぉっ……らぁっ!!!」
そして俺は軽いステップで距離を合わせ、全身全霊を込めて槍を不恰好に振り下ろした。
◎
城門付近の壁に自らの背中と愛用の斧を預け、ラギルは戦う仲間の後ろ姿を眺めていた。怪我の手当てはすでに済んでいる。
後退した先に押し寄せた魔獣はそう大した数ではなく、アイシェ達魔術師組の魔法だけでカタがつきそうな勢いで、ラギルは小さな吐息を漏らして自身の手に視線を落としていた。
そこへ、場違いな服装の人影が近づく。
「どうかしましたか?傷が痛みますか?痛み止め飲みます?」
「ああ、いや、大丈夫だ。ありがとよ」
声を掛けられ、ラギルはやけに華やかな服装の人物を、怪我の手当てをしてくれたドロシーを見て苦笑を浮かべた。
戻ってきた時から妙に柔和な彼の態度に、ドロシーはまた小首を傾げる。
それからラギルはまた己の掌に視線を戻した。
「……俺も、もっと強くなんねぇとなって、そう思えて……なんか落ち着かなくてな。うちのリーダーや……ジョウを見てるとよ」
「ふふっ。そうですか」
以前はただ野蛮としか思えなかった人物が放つ静かだが強い闘志に、ドロシーは柔らかい微笑を湛える。そして、彼の口からも出た「リーダー」の事を案じながら、首だけで平原の方を見やった。
「そう言えば……パウロさん、まだ戻りませんね?無事でしょうか……?」
「はっ!うちのリーダーなら心配いらねぇよ。確かにあの得体の知れねぇ黒いゴブリンは普通じゃ考えられねぇ力を持ってたが……あの人が負けるわけねぇ!」
「……そうですね!」
絶対の確信を込めた言葉と目で、ラギルは強く拳を握り込む。
その揺るぎないパウロへの信頼に安堵を覚え、ドロシーはまた微笑んでいた。
と、そこで……
「あれ?今、揺れました?」
「お、おう……揺れた、な……」
足下から突き上げるようなドンッ!という震動に、ドロシーは地面や周囲をキョロキョロと見回す。
が、ラギルの視線は一ヶ所に集中したまま、まるで動かなかった。視線の先はズバリ、彼女の胸元だ。
そんな野獣の如き目に気がつかぬまま辺りを見回していたドロシーは、そこである方向を向いて動きを止める。
それは、街の東の方角。
「あれは……えっ?」
彼女が目にしたものは、あの謎の震動とは関係がないもの。
だが『それ』は、この場に新たな震動を起こしながらこちらに近づいて来る。
そのせいでラギルの視線は微動だにしないままだった……
◎
……やってもーた……
膝、両の手、額を地面に擦りつけ、俺は全身全霊で謝罪の意を示していた……
土下座スタイルは、このク〇ラノベ世界でも最大の謝罪方法だ。
俺と同じくらい低い位置から、少年の必死な声が耳に届く。
「パ、パウロさんっ!?やめてくださいっ!頭を上げてくださいっ!」
「……いや、ホンマすんません……俺、ジョウに偉そうに説教する資格なかった……」
「ダ、ダーリンは悪くないよっ!?」
ジョウとディーネに手を引かれ、俺はめそめそしながら体を起こす。すぐそばには、妙に優しいひきつり苦笑を浮かべるシャールの姿もあった。
俺の一撃は……水の檻ごと見事にあの黒いゴブリンを両断し、地面に出来た水溜まりの中、ヤツは魔石を残して霧散した……
……問題は……あの黒ゴブリンがいた場所から遥か向こうまでの地面……
俺の全身全霊の一撃は……地面に幅五十センチ程のクレバスのような裂け目を作ってしまっていたのだ……
深さは……ちょっと分からない……
つーかね?なんか出たんですけど?
こう……衝撃波みたいなのが……
思えば原作の『パウロ』は闘気とやらを槍に乗せた突進技を使ったり、斬撃を飛ばしたりしていた。
だけど俺はそんなもんの扱い方なんて知らないっつーのっ!
このままじゃ危なっかしくて槍も振れなくなるわっ!
ジョウの手を借りて立ち上がり、肺を絞るように深く深く息を吐く。
と、苦笑いしながらジョウが俺の膝の汚れを払ってくれた。
「仕方ないですよ。あの黒いゴブリン、本当に強かったんですから。パウロさんがいなかったらどうなってたことか」
「うぅ……ジョウは優しいなぁ……」
「ダーリン、泣かないで!ダーリンは頑張ったよ!」
甘えてはいけないと分かってはいるのだが……今は二人の言葉が、優しさが胸に沁みる……
そばにいるジョウの頭を撫で、俺の肩に座ったディーネに頬を寄せていると、こちらを見ていたシャールは困ったような顔に笑みを乗せていた。
そして、水溜まりの中から黒ゴブリンの魔石と、その近くに放り出してしまっていた俺の槍を拾い上げてくれる。
「結局、あの黒いゴブリンは何だったんでしょうか?」
「ああ、それなんだけど……」
あの黒ゴブリンから感じた『不快感』と『違和感』。
俺はその正体について、ある程度の目星がついていた。あの仮説を思いつくのとほぼ同時に。
というか、『それ』に気づいたからあの仮説を思いついたのだが。
だけどジョウやディーネがいるこの場でそれを語るわけにもいかず、シャールから槍を受け取りながら「後で話す」と伝えようとしたその時、俺は街の方角から地鳴りのような音が聞こえてきた事に気がついていた。
「何だ?」とそちらを見ると……
「うわっ、皆こっちに来てる」
街の方からは多くの冒険者達が、まるで津波のように俺達の所へと迫って来ていた。
《輝く翼》の仲間達だけではなく、《吠える狼》や《明けの明星》、他のパーティーの連中もいる。
原作では確か、東側は二時間くらいダラダラ戦闘して、後発の北側の方が先に戦闘を終えたはずなんだけど……
なんて事をふと思い返していた時、俺は同時に自分がやった事も思い出していた。
アイツらは多分、俺が煽ったからムキになって戦ったんじゃないかな?と。
そこに考えが至った瞬間、俺は疲れ果てているのも忘れて思わず吹き出してしまっていた。
ジョウとシャールはキョトンとした顔で俺を見ている。
そして俺は棒手振りのように槍を肩に掛け、北東の方を眺めた。
原作と照らし合わせれば、そろそろ魔獣の群れも打ち止めだろう。
「ま、最後の一踏ん張りといきますか?全部済ませて、それからゆっくり休もうぜ」
「そうですね……流石に今日は早く休みたいです」
「あははっ。ボクももうヘトヘトだけど……もうちょっとだけ頑張ります!」
「みんな!あとちょっと、頑張れー!」
ようやく見えた戦いの終わりに、皆の顔に明るさが戻る。
そこにきて西の方から火ダルマ状態のファイエルが楽しそうな大声を発しながら走って来るのが見えたものだから、俺達は顔を見合わせて吹き出してしまっていた。
自分が『鱠』に刻まれる方が精神的にはまだマシです。
『鱠』と『膾』、違いは部首の通り、肉月の方が肉、魚偏の方が魚です。
肉を切り刻む、という意味なので、なます切りの『なます』は肉月の『膾』ですねー。
「魚をなます切りにする」の場合はどうなるのかは知りまへん。
はい、嘴さん正解でーす。
腹筋しますた。
ちょいと長めになりましたが、ようやくバトル終了です。
( ;´Д`)
『違和感』だ『不快感』だの話は後に回す事にしました。ちょいとお待ちを。
ラギルくんにはご褒美ご褒美。
今回の誤字は……うん、多分瞬殺ですなー……




