物語が歪む音
原作の通りなら、魔獣襲撃イベントは数日の内に起きるだろう。
そんなある日の事。
拠点にあるパウロの部屋で、俺は近く起きる魔獣の襲撃についてシャールに俺の知る限りを説明していた。
「陽動、ですか?魔獣が?」
「うん。つっても、魔獣が考えて行動してるわけではないんだけどね。本隊は街の北側から攻めてくるんだよ」
椅子に座って驚いた顔を見せるシャールに、俺は窓際に腰掛けながら東の方を指差して見せる。
「ほら?東の森の向こうに山があって、その向こうに山に囲まれた小さい国があるでしょ?えーと……なんだっけ?アウト……」
「『アウグスト』、ですね」
「そうそう、それそれ。今回の魔獣の襲撃は、その国が裏で糸を引いてるんだよ。ちょっと変わった特殊能力を持ってる子を利用して、ね。だからこれは実質、侵略戦争の始まりなんだ。それが分かるのはもっと先の事なんだけど」
「ええっ!?」
サラッとネタバラシをすると、シャールは声を上げて椅子から腰を浮かせた。その様子に俺はついつい肩を揺らす。
この世界で、この国で生きる者としては当然の反応だろうが、「心配ご無用」というヤツだ。
俺はこの問題の解決方法までまるっと知っているのだから。
まずはパタパタと手を振ってシャールを落ち着かせる。
「心配しなくて大丈夫だよ。普通に本来の流れに乗っても問題ないけど、俺はどうすればこの争いが丸く収まるのかも知ってるから。条件さえ整えば余計な争いはスッ飛ばして、えーと……そうだな、一ヶ月ちょい先には大した被害もなく全部終わるよ」
「そ、そうなんですか……良かった……」
俺の言葉に心底ホッとした様子で椅子に腰を戻したのは、彼女の俺に対する信頼の表れなんだろう。
それを妙にむず痒く思いながら、俺はまた肩を揺らした。
今シャールに語った通り、今回の魔獣襲撃は隣国『アウグスト』が水面下で仕掛けた侵略戦争だ。
ちゃんとプロットを立てて考えていた話かどうかは怪しいものだが。
魔獣を操っているのは『魔石再生術』と呼ばれる特殊能力を有した少女であり、その能力は『魔石化した魔獣を復活させて使役する』というもの。
これによりこの街の主力を東側に引きつけ、東の森を北側に迂回した魔獣の本隊が街に攻め入る、という筋書きだ。
だが、原作『ボク耳』では、パウロによって小規模パーティーは街の北側と南側に分けて追いやられる。
しかし結果的に、街の北側を守る事になったジョウ達が一番の戦功を挙げる事になるのだ。
そうして雑魚狩りをさせられたパウロは「ぐぬぬ……!」となるわけである。
まぁしかし、今回の戦功はジョウを含めた《輝く翼》がほぼ総取りする事になるだろう。
が、万が一の事態を想定したら、街の南側にもやはり備えは必要だ。そちら側は儲けがなくなる可能性は高いが。
だから、今回の報酬はこの街のパーティー全体で分け合おうと、俺はこの時点で決めていた。
目先の単純な利益より、信頼という名の利益の方が遥かに有益で大切だからね。
そんな事を考えて一人で「うんうん」と頷いていると、不意にシャールが小さく笑った。
何事かと俺は首を捻る。
「どうかした?」
「いえ。貴方がいれば、きっとどんな困難な事も大騒ぎしながら乗り越えていけるんだろうな、と思うと、ついおかしくなって」
「いや、そりゃ大体の事態には対処出来るとは思うけど……「大騒ぎ」の部分に他意を感じるのは被害妄想かね?」
「さぁ?どうでしょうか?」
鼻を上に突き上げるようにして、シャールは「ふふん」と笑う。
最近はこうして時折、子供らしい一面を見せてくれるようになった少女に、俺はつい頬をひきつらせていた。
まぁ、原作の『シャール=エルステラ』より今の方がよほど魅力的だから、いいんですけどね。
だが一つだけ、彼女にも釘を刺しておかねばならない事があった。
それを伝えるため、俺は意識して少し表情を引き締める。
「だけど、俺と情報を共有してるシャールにも、一つ気をつけておいてもらいたい事があるんだ」
「……はい、なんでしょうか?」
俺の表情からふざけた話ではないと察したのだろう。
シャールも真剣な雰囲気を纏って姿勢を正す。
そして俺は、俺が抱えている懸念を彼女にも開示した。
「覆せる予言は予言じゃない。この言葉の意味は分かるか?」
「い、いえ……」
「正確な予言、ってものがあったとしたら、それは人の力でどうこう出来るものじゃないんだ。たとえば……空から星が墜ちてくるのを止められないような」
シャールに話しかけながら天井を、天上を指差して見せる。
それから俺は腕を組んで視線を落とした。
「俺はこの物語の先を知ってる。けど、それはいくらでも変えられるものだった。ロロレイク村の件みたいなパターンもあったけど、あれにしたって俺がしっかりしてたら回避出来たんだ」
「あれは……貴方が悪いわけでは……」
「うん、分かってる。喜ぶわけにはいかないけど、早い段階であんな事も起きるんだと知れたのは、結果としては良かったと思ってる。だけど、『未来が変えられる』という事は、決して良い結果になるってばかりではないと思うんだ」
そう、『未来が変えられる』という事実は、場合によっては『最悪の未来にもなりかねない』という事を意味する。
原作ではジョウが危機に陥る場面などほとんどなかった。が、皆無ではないのだ。
その時、何かちょっとでも間違いが起きれば……
考えたくもない事態を想像すると、胸の奥がズンと重くなる。
ただ一つだけ、確実なのは……ジョウにもしもの事があったら、この世界はその瞬間に終わる、という事だ。
だが、いつかジョウの身に何らかの危険が迫る事になったとしても、その時に俺は彼の力になれない。
悔しいが、それは自分自身が一番よく分かっていた。
「……『俺』より遥かに強い『パウロ』ですら、いずれはジョウにまるで敵わなくなる。『俺』だったら、役不足になる時はもっと早いだろうな。そうなったら、俺があの子達のためにしてあげられる事なんて本当に限られてくるよ。特に、戦いの場ではね」
「そ、そんな事は……」
「あっ!ご、ごめん!みっともない話しちゃって」
つい漏れ出た俺の弱音に表情を翳らせてしまったシャールに向かって手を振り、わざと苦笑いを作る。
事情を共有してくれている彼女についつい甘えてしまうのは悪い癖だと自覚しているのだが……オッサンだって泣き言を言いたい時もあるのだよ……
だが、ずっとウジウジしてても仕方がないのも分かっているのだ。
だから俺は腐るのをやめて、明るく笑ってみせた。
「ま、俺は俺に出来る精一杯でこれからもジョウを、皆を支えるよ。だから、俺の力じゃ及ばないところはシャールが支えてやってくれ。それを頼みたかったんだ」
「はい、もちろんです。貴方に甘えてばかりではいられませんから」
それなりに長く生きていれば、切り替えだって上手くなる。
俺が無理をして笑っているわけじゃないのが伝わったのか、シャールはどことなくホッとしている様子だった。
それからシャールは凛々しい顔つきになり、自身の胸に握った右拳を当てる。
その姿は、まさに『白騎士』と呼ぶに相応しいものだった。
……ホント『ヴァイスシュバリエ』というルビは邪魔だよなぁ……
「貴方の力だけでは足りないのならば、私は喜んで貴方の剣となります。皆のために、どうぞ存分に振るってください」
「ははっ、ありがとう。でも、俺はシャールを道具みたいに考えたくはないよ。これからも『シャール=エルステラ』として、一人の人間として、俺に力を貸してもらえると嬉しいかな」
シャールの決意自体には心から感謝しつつ、そう言って笑うと、彼女の頬は少し赤くなっていた。
別段おかしな事は言ってないはずなんだけどね……
◎
この戦いは、原作においてジョウの成り上がりを象徴するような一大イベントではある。
だが、いつも通りのテンプレ展開と言ってしまえば、いつも通りの展開なのだ。
きっと今回も滞りなく、むしろ原作よりもスムーズに物語は進むだろう。
だから、俺がちょっと不安な気持ちになっていたのは、はじめて経験する『大きな戦い』を前にナーバスになっていたからに違いない。
この時の俺は、そう思っていた……
もしかしたら俺はこの時すでに、俺自身すら気づかない部分で、この物語が歪みはじめていた事に気がついていたのかもしれなかった……
◎
同日、同刻。
壁自体が薄ぼんやりと輝く洞窟。
その『異物』は、闇を布地に変えたかのような漆黒の外套で全身を包み、アクエルの出入口付近に立っていた。
平伏するように跪く一体のゴブリンを従えて。
「……さぁ、始めようか……この忌まわしい場所から……」
若い、だが重々しい男の声が洞窟内に響く。
そして『異物』は、闇の奥から手を伸ばすように外套から出した手を足元のゴブリンにかざした。
「……この歪んだ世界を……この悪意に満ちた物語を書き換えよう……」
この世のありとあらゆるものを憎む。
その呟きには、そんな意志が溢れているようだった。
「その前にお前がシバき回されてるよ。お前の技は『発働』までに時間がかかるんだから」
『発働』って言葉、ありそうでないんですよねー。
正解は『発動』ですね。
……くるぐつさん、五分以内制限とか何目指してんすか……?
はい、腹筋しましたよー。
さて、ボチボチ前半の山場です。ク〇ラノベ世界を乗っ取りまーす。
意外なキャラを活躍させたるぜ!などと思ってますが……そろそろストック切れですねー。
しばらくは頑張って週2は投稿したいんですが、年末近づくとどうなるやら……
まぁ可能な限り頑張りまーす。
( `・ω・)ノ
今回は誤用です。
……これもここの猛者共には通じない気がするなー……




