忘れられない一日
……俺は、きっとこの日の事を忘れないだろう……
全てが終わり、元の世界に帰ったとしても、絶対に……
この日は俺にとって誇るべき、特別な一日になった。
◎
「だっはっはっ!!!全力で『帝王時間』使われたら、流石のお前でも勝てねぇかっ!」
「うるせー。お前だって勝てねーだろ?」
鎧も剣も外してラフな格好になっているファイエルは、俺の話を聞いて馬鹿笑いしながらテーブルをバンバン叩いた。
その様に、俺は口を尖らせて文句を言う。
いつもなら賑やかな夕方のラウンジ。だが、今日は給料日だ。
買い物をしたり、今日くらいはちょっと良いゴハンを食べに行ったりと、メンバーの皆は思い思いの一日を過ごすために多くが外に出ており、今日ばかりはここも静かなものである。
が、ついさっきフラリと姿を現したグランザード兄妹のせいで俺の静かな時間はあっさりと終了した。
まぁ、パウロがキズだらけのボロボロとあっちゃあ関わらずにいられないだろうからね、どちらも。
ちなみに、「回復魔法をかける」と言ってくれた子達はいたのだが、それは丁重にお断りした。
どうせこの体ならすぐ治るし、なんか申し訳ないし、正直……回復魔法の理屈が分からないから怖いし……
細胞分裂の促進とかだったら寿命削るからね?
まぁそんな緻密な設定はこの世界に存在しないとは思うけど。
大笑いを噛み殺しながら、ファイエルは「はっ!」と肩をすくめる。
「俺が『魔人炎装』を纏えば、いくらシャールが『帝王時間』を使ったって近寄れもしねぇよ」
名前の意味はまるで分からないが、『魔人炎装』とはファイエルが全力を出した時のスタイル。全身に炎を纏う技の事だ。
確かにアイシェの氷魔法すら防ぐあの状態なら『帝王時間』も意味がないだろう。接近する事すら危険だ。
だが、勝ち誇る彼を、俺は鼻で笑ってやった。
「その前にお前がシバき回されてるよ。お前の技は発働までに時間がかかるんだから」
「うぐっ……」
痛い所を突かれたためか言葉に詰まるファイエルに、俺はニヤニヤした笑みを見せてやる。
シャール対策として思いつく手段は三つ。
使用限界を迎えるまで『帝王時間』による攻撃を必死に凌ぐ。
普通には躱せない攻撃を重ねて、使用限界まで回避行動で『帝王時間』を無駄撃ちさせる。
『帝王時間』を発動させる間も与えない超速度でケリをつける。
まぁこんな所だろうか?
しかし、そのどれもが現状では無理がある手段だ。俺にも、ファイエルにも、アイシェにも。
だからこそシャールは《輝く翼》のエースと呼ばれているわけなのだが。
そんな風にシャールの事をアレコレと考えていると、椅子ごと近づいてきたアイシェがテーブルに置く俺の手に手を重ねてきた。
温かく小さな手に思わずひきつり笑いが出る。
いや、二十歳だってのは分かってるんだけど……見た目せいぜい中学生だからなー……
「ホンット!シャールのヤツ酷いよね!パウロにこんな怪我負わせるなんて!」
「い、いやー、怒らせたの俺だし……それに、本当にヤバい所は打たれてないからね。あまり悪く言わないであげて」
「もうっ!パウロはシャールに甘過ぎるのよっ!」
俺のシャールを庇う物言いが気に入らないらしく、アイシェはむくれた顔でさらに距離を詰めてくる。
さて、どうしたものか……と、乾いた愛想笑いで応じていると、そこで救いの神は舞い降りた。
いや……舞い降りたっつーか、ミサイルキックで飛んで来たっつーか……
「近いっ!!!」
「わっ!?」
「あ痛ーっ!?」
本来はアイシェの手を狙っていたのだろうが、彼女が咄嗟に手を引いたせいで矢のように飛んで来たディーネは俺の手の甲にドンッ!と音を立てて着地……着手?する。
パウロの体じゃなかったら手の骨折れてるわ。
だがその辺りは気にも留めない様子で、ディーネは俺の手の上で仁王立ちしたままアイシェをビシッ!と指差した。
「ダーリンに気安く近づかないでよねっ!?」
「なっ!?ア、アンタにそんなこと言われる筋合いないでしょっ!?このチビッ!」
「大きくなれますぅっ!大きくなったらアンタより身長も胸も大きいですぅっ!」
「キィィィッ!!!」
わー……生で初めて「キィィィッ!」って聞いたわー……
ディーネもすごいドヤってるけど、実際はドングリの背比べだぞー……
至近距離で巻き起こる女の闘いから仰け反った姿勢で可能な限り離れ、表情だけでファイエルに助けを求める。が、ヤツにそんな気の利いた真似が出来るはずもなかった。
ファイエルは苦笑いで俺を眺めているだけだ。
と、そこでようやく真の救いの神が舞い降りた。
「ただいま戻りましたっ!パウロさんはいますかっ!?」
「おっ?」
元気良く出入口の扉を開け放ち、拠点内に飛び込んできたのはジョウ、トッシュ、サラ、エミリー、そして、少し遅れてシャール……さん……
ディーネは一足早く窓から入ってきたんだろう。
シャール以外、それぞれに何かを抱えた彼らはすぐに俺を見つけると、こちらへ一目散に駆け寄ってきた。
ディーネも喧嘩を中断して俺の肩に移動する。
あー……いや、ディーネが俺の頬にすり寄り、アイシェがこちらを怖い顔で睨んでいるので、冷戦に移行しただけか……
ともあれ……
何事かとジョウ達を見ると、顔を輝かせた彼らが抱いていたのは手甲、脛当、腰当、胸甲といった部分鎧一式だった。
それも、俺が欲しいと思っていたような地味な鉄色の、凝った意匠もないシンプルな鎧。
「おう、おかえり、みんな。鎧買ったのかー。でも、なんで一人分だけ?」
弾む息を整えるジョウ達に、俺は笑顔で「おかえり」の挨拶と疑問を投げ掛ける。
と、その瞬間、彼らはそれぞれが手にした防具を俺に差し出していた。
そして、代表してジョウがその意図を伝えてくる。
「パウロさん……これ!みんなでお金を出し合って買ってきました!もし良かったら使ってください!」
「………………は?」
あまりにも……本当にあまりにも突然の事に、俺はポカンとなる。
ジョウ達の後ろでは、少々気まずそうな様子ながらもシャールが微笑んでいた。
「そ、その……最近パウロさん、怪我して帰ってくる事が多いんで、オレ達みんな心配してたんです」
「それでジョウくんが「訓練用の軽鎧があったらいいと思う」って提案してくれて……」
「パウロさんには紅蓮の鎧がありますけど、ちょっとした時に使っていただけたらいいなって、皆で話して決めたんです」
トッシュが、サラが、エミリーが、皆が真剣な眼差しでこちらを見てくる。
その様子に、頭の後ろで手を組んでニヤニヤとしながらだが、ファイエルは「へぇ?」と感心したような声を出していた。
呆然とする俺の頬にディーネがそっと頭を寄せてくる。
「マスターもみんなも、ダーリンの事が大好きなんだよ。もちろん!私が一番ダーリンを愛してるけどねっ!」
「キィッ!」
ディーネのその言葉は俺に、と言うよりアイシェに向かって放たれたもののように聞こえたが……ま、まぁ、ありがとう……
そして、ジョウは胸甲を両手に持ったまま一歩俺に近づいてきた。
汚れも傷もない胸甲に映る自分の姿から、迷いない笑顔を浮かべる少年へと視線を移す。
「……ジョウ、お前……あの金は自分達のために使えって……」
「はい。だから、自分達のために使いました」
「えっ……?」
一切の躊躇なく答え、ジョウはトッシュを、サラを、エミリーを、そしてシャールを見る。
そして再び俺の方へと向き直った。
「ボクは……ボク達はパウロさんの言葉を聞いて真剣に考えました。それで、思ったんです。今のボク達があるのはパウロさんが居てくれたからだって。だからパウロさんが怪我をしないで、元気でいてくれることが、何よりボク達のためになるんです」
「……」
曇りなくニッコリと笑うジョウのその言葉で……もう駄目だった……
『っ!?』
見える限り全員がギョッ!とした表情になったのは、まず間違いなく……俺がダバダバ涙を流してしまったからだ……
いやっ!無理やろっ!?こんなんっ!涙腺崩壊するわっ!
「……もー……お前らホンットに……もー……」
『わっ!?』
堪えきれなくなり、俺は立ち上がってジョウを、トッシュを、サラを、エミリーを、皆をまとめて抱き締める。肩に座るディーネにも、俺から頬を寄せながら。
「……バカだなぁ、お前ら……」
「そ、その……かえって迷惑になるかとも思ったんですが、パウロさんに怪我してもらいたくなくて……パウロさんの望んだ答えじゃないかもしれませんけど……」
「ははっ!どんな答えでも、お前らが真剣に考えて出したならそれで良かったんだよ。だけど……俺の予想なんて遥かに越えてたな……スゲーよ、お前ら……」
わたわたするジョウ達に心からの想いを伝えると、不意に友人の言葉が思い出された。
「子供の成長には時々驚かされる」
相も変わらず俺は独り身のままだが、まさかその言葉に深く共感出来る日が来るとは夢にも思わなかったな……
ズズッ!と鼻を啜りあげながら四人を解放すると、俺に釣られたのかジョウ達も泣き笑っていた。
その表情にまた涙が出てくるのだから、困ったものだ。
そんな俺を見るアイシェは両手を口元に当てて涙ぐみ、ファイエルは少しバツが悪そうな顔で視線を逸らしていた。
「本当にありがとうな、みんな……」
「そ、そんな……お礼を言わなきゃいけないのはボク達の方で……あ!それと、この鎧を選んでくれたのはシャールさんなんです!ボク達がお金を使い切らないようにと、お金も出してくれて……」
「シャールが?」
ジョウに言われてシャールの方を見ると、瞳を潤ませていた彼女は慌てて顔を背けた。
が、意を決したようにこちらへ向き直ると、深々と俺に頭を下げる。
「そ、その……今朝はすみませんでしたっ!ついカッとなって……本当に申し訳ありませんでした……」
そんな彼女の姿に……俺はまたブワッ!と泣いてしまっていた。
どう考えたって悪いのは俺で、謝らなければならないのも俺の方なのだから。
フラフラと彼女に近づき、そして……
「パ、パウ……ひゃああっ!?」
「俺の方こそゴメンなー、シャールゥ……お前、ホンッ……ト!中身までいい女だなー……」
『あああぁぁぁぁぁぁっ!?』
シャールが、ディーネが、アイシェが、サラが、エミリーが。
皆が素っ頓狂な声を上げてしまったのは、俺が思わずシャールを抱き締めてしまったからだ。
でもゴメン、無理……この子もメッチャいい子すぎる……
細い体をギュッと抱くと、腕の中のシャールは小刻みに震えていた。
「は、はわわわわわわっ!?」
「ちょっ!?ダメー!ダーリンッ!?」
「シ、シャールッ!ア、アンタ卑怯よっ!?」
「シャールさんっ!ズルイッ!」
「パ、パウロさんっ!そのっ!わ、私も……っ!」
てんやわんやの大騒動の中、ジョウとトッシュは恥ずかしそうに顔を両手で覆い、ファイエルは「だっはっはっ!」と楽しそうに大笑いしていた。
あー、もう……このパーティーのリーダー役やってて、本当に良かったと思うよ……
こんないい子達と一緒にいられるんだから……
こうして俺はこの日、この物語の最後まで苦楽を共にする大事な相棒と、かけがえのない思い出を手にしたのだった……
それに気づけたとき、胸を『圧拍』していた重い空気がフッと軽くなったように思えた。
はい、『圧迫』が正解ですねー。
まぁ今回は『雑布』と『誤摩化す』というフェイクで引っ掛ける気マンマンだったんですが。見事に失敗でしたけどねー。
『ぞうきん』は一般的ではないものの『雑布』でもOK。
『ごまかす』はそもそも対応する漢字はなく、『誤魔化す』という字すら当て字です。
プロローグ部分で装備していた鎧はここでゲットですね。
このまま行くか、特殊能力付与させたり見た目変えないまま魔改造でもさせたりするか、その辺りはまだ考え中で。
仕込みはシンプルに誤字。案外上手く逃げられそうな、そうでもなさそうな……




