飛ぶ鳥、跡を濁さず
『引っ越し』とは言っても、ジョウ達の荷物は一抱え程のバッグに納まるくらいのものだった。
「それじゃあ、ハンナさん。お世話になりました」
「ええ。寂しくなるけど……頑張ってね、ジョウくん、ディーネちゃん」
「うん、またねー」
宿のフロント。
荷物の詰まったバッグを手に挨拶するジョウに、未亡人女将ことハンナさんは言葉通り少し寂しそうな笑顔を浮かべていた。
ディーネは俺の頭の上でハンナさんに手を振っているっぽい。
「短い間でしたが、お世話になりました!」
「ゴハン、美味しかったです」
「またご挨拶に来ますね」
「みんなも体には気をつけてね」
続いて、トッシュ、サラ、エミリーが礼を述べ、今までの感謝を込めてジョウ達がペコリと頭を下げると、そんな彼らをハンナさんはまとめて優しく抱き締めていた。
いいなー、ジョウ達……誰かちょっとそこ代わってくんねーかなー……
そんな事を考えていると、不意に首筋がヒヤリとする。
恐る恐る気配のする方を見ると、シャールが冷たい目を凶器に俺を刺していた。
頭に感じる衝撃は、頭の上のディーネが膝を……いや、多分肘打ちをカマしているからじゃないかな?
なんなの?キミらのその勘の鋭さは。
ジョウ達をアーケルさんの家に案内したその後、俺とシャールはこうしてジョウ達に付き添い、アーケルさんの家からさらに西、街の外れにあるこの宿屋までやって来ていた。
木造二階建て。単身者向けワンルームサイズの部屋が十室。
風呂ナシ、トイレ共同。
漫画版でチラッと見てたから知ってはいたが……まぁ有り体に言えば『ボロい』宿屋だ。
この宿屋を一人で切り盛りする未亡人女将、『ハンナ=ルニエール』さんは、二十代中頃と言っても通用するくらい若々しい美人さんだった。
黒く長い髪を首の後ろ辺りでリボンでまとめており、エプロン姿がトレードマーク。
これで竹箒でも持たせれば、まさに某オンボロアパートの管理人さんのようで、オッサン世代にはかなりブッ刺さるものがあるのだが、作者にはそうでもなかったのだろう。原作での扱い雑だったし。
キャラ原案出した人とはいい酒が飲めそうだ。
そんな彼女を一目見たかった、というのも本音なのだが……
痛い痛い、肘打ちと突き刺さる視線ヤメテ。
俺は一つ、彼女に提案したい事があったんですって。
「あの、ちょっといいですか?」
「はい?なんでしょうか?」
シャールの視線を振り切るように一歩前に出て、軽く手を上げると、ハンナさんは四人を抱いたまま小首を傾げた。
うーん、やっぱいい……って、痛い痛い。
ちゃんと真面目な話をしますから。
◎
「賃貸契約?」
フロントと食堂が一緒になった広間で、俺達はテーブルについてハンナさんが淹れてくれたお茶を頂いていた。
そこで俺が提案したのが、今ハンナさんが口にした言葉について、である。
薄めの紅茶を一口啜ってから、頷く。
「ええ。日払いの宿屋だと安定しないでしょう?だったら、月単位の賃貸契約で部屋を貸し出したらどうかな、と」
俺の提案に皆が驚いていたのはこの街に、この世界に、こういったアパート的な考えがなかったからだ。まぁ俺が知っている範囲の『世界』だが。
一軒家の賃貸契約はあるみたいだけどね。
俺の話に戸惑っているハンナさんにではなく、隣に座るジョウに尋ねる。
「ここは一泊いくらするんだっけ?」
「え、えっと、食事代抜きだと千イェンです」
「安っ!?えっ!?割りと安い所でも一泊二千イェンくらいなんじゃなかったっけ?ハンナさん、採算取れてます?」
「そ、その……お恥ずかしながら、かなり厳しいですね……」
「でしょうねぇ……」
ハンナさんの返答に腕を組んでため息をつくと、彼女は肩を落として下を向いた。
自分達四人が一気に抜ける事がどんな意味を持つのかを理解し、新しい家に浮かれていたジョウ達もうつむいてしまう。
ま、それをまるっと解決するために俺はここに来たんだから、そう心配すんな。
そうして俺は《輝く翼》のリーダーとして、ハンナさんに提案の中身について切り出した。
「ウチにはジョウ達の他にも宿屋暮らしの連中が結構いるんですよ。というか、どこのパーティーにも結構いるんですが。なので、月……四、五万くらいで部屋を貸してもらえませんか?」
「え、ええっ!?い、いいんですか?その……こんな所で……?」
俺からの提案にハンナさんだけでなく皆が目を丸くする。
そんな彼女らに、俺は笑顔で首を縦に振って見せた。
「ハンナさんがこの提案を受けてくれるなら、改装の費用は《輝く翼》で出します。ああ、どうせなら風呂も増設しましょうか?」
「ええっ!?」
「い、いいんですか?パウロ?」
驚いた声を上げたのはハンナさんだけではない。シャールもだ。
ジョウの向こう隣に座るシャールにも、笑って頷く。
「どうせならゆっくり出来る環境作ってあげたいしさ。福利厚生ってヤツだよ」
「ふ、ふくり……?」
「ああ、えっとね……パーティーとして、仲間が良い環境で働けるよう面倒見る、っつーか……そんな感じ」
聞き覚えがないのだろう言葉にキョトンとした表情を浮かべるシャールに、思わず苦笑が漏れた。
福利厚生って言葉も概念もないんかい、作者ぁ……
気を取り直し、半ば呆けているハンナさんに続きを話す。
「ウチのメンバーだけで全室埋まらなかったら他のパーティーにも声掛けるんで、多分全室埋まりますよ。部屋の掃除なんかは借りた本人に任せればいいです。だからハンナさんには共同部分の管理と、今までみたいに食事の世話なんかをお願いしたいかな、と」
「そ、そんな事でよろしいなら……」
俺の言葉に、ハンナさんは随分と戸惑っている様子だった。
彼女の反応はもっともだろう。結局やる事は今までと大して変わらないのだから。
それを承諾の言葉と受け取り、俺は笑って手を叩いた。
「じゃあ決まりで。詳しい契約については後日取りまとめましょう。正式な契約書を作って持ってきます」
そう言いながら、ジョウ、トッシュ、サラ、エミリーの四人を見ると、彼らは不思議そうな顔で俺を見返してきた。
どんな反応をするのか楽しみにしながら、俺はこの提案のもう一つの目的を彼らに伝える。
「さて、こうなるとここは、これから《輝く翼》に関係のある場所になるわけだ。満室になったらハンナさん一人だと食材の買い出しなんかも大変だと思う。だから、余裕がある時は四人にハンナさんの手伝いをしてもらおうか?」
「あっ!」
「ニヒヒッ」と笑いながら伝えると、まずジョウが声を上げた。一拍遅れてから、皆も「あっ!」と何かを察した声を出す。
うんうん、良い傾向です。
ま、要するに「お手伝いを理由にチョコチョコ顔出してあげなさい」って事だ。
それを俺はリーダー命令として、わざと偉そうにふんぞり返ってジョウ達に告げた。
「雑用は若手の仕事だからな。文句言わずにやるように」
『はいっ!』
「パウロさん……ありがとうございます……」
雑事を命じられたとは到底思えない明るい表情で元気な返事をする若手四人組と、目に涙を滲ませて頭を下げるハンナさん。
「貴方という人は本当に……」
「んー!さすがダーリンッ!」
たおやかに微笑みながら俺を見るシャールと、嬉しそうな声で俺の頭を撫でるディーネ。
仕事はまた増えたが、これで色々と丸く収まるだろう。
ウチのメンバーの家賃は割り引きという契約に出来れば、長い目で見たらウチとしても損な話でもないし。
それに何より……これで俺もここにチョコチョコ顔を出す理由が……
「って!アダダダッ!?」
「あ、あれ?なんか寒気が……」
ジョウが身震いしたのは、シャールが俺に向かって殺気を放ったその余波だ。
で、俺が悲鳴を上げたのは、ディーネに髪を思い切り引っ張られたからです。
「ダーリン!またなんか悪いこと考えたでしょー!?」
「邪な気配を感じました……」
「だからなんでキミらそんなに勘鋭いのっ!?」
物理的にも精神的にも十円ハゲ出来るわっ!
なんとも締まらない俺の姿に、ジョウ達とハンナさんはただオロオロとしていた。
考えただけでこれだと、実際に何か行動したら俺刺されるんじゃないの?
俺の安らぎは一体どこにあるのか……?
今度ジョウに女の子の扱い方教えてもらおうかな……(泣)
こうして、『圩』余曲折はあったものの、この家は原作通りにジョウ達の住み処となった。
『圩』ってどんな時に使う漢字なんでしょうね?
正解は『紆』余曲折、でしたー。
……空目で見逃せやぁぁぁぁぁぁっ!!!
ヽ( `Д´)ノ
はい、《神速》こと、くるぐつさん!
正解でーす。
マジで『魅魍魑魎』みたいなのねじ込んだろかっ!
今回は前回に続いての家絡み話でした。
話のテンポ的には省きたい部分ではあったんですが、こういった日常の裏側をあまり蔑ろにはしたくなく……
まぁ「合間の小話」みたいな感じで。
今回の間違いはとっても簡単ですね。よくある間違いです。
いやー、多分すぐ見つかるわー(棒)
( `∀´)




