オッサンの反省と秘密のデート
「……にわかには信じ難い話ではありますが……」
「でしょうね。話してる俺自身ですら同じ気持ちですから」
応接用のソファに座り、ある程度の事情を対面のセバスさんに伝えると、彼は顎に手をやって難しい顔で唸っていた。
ずっと能面のようだった老執事の人間らしい表情に、俺はつい苦笑してしまう。
俺が彼に話したのは……
この体はパウロのものでも中身は別人であるという事。
中身の『俺』はこの世界の人間ではない事。
何故こうなったのか、本物のパウロがどこへ行ったのか、それは俺にも分からないという事。
そして、俺はこの世界の未来を多少知っているという事。
この世界がクソラ……作られた物語の世界というのは伏せておいた。
これは流石に伝える意味がないからね。
未来を知っているという話は、嘘ではないが嘘だ。変な言い回しだけど。
『俺』が『パウロ』になる事によって俺が知る物語とは明らかに違う道を進んでいるのだから、これは俺が俺の望む道を進むための言い訳に過ぎない。
「こんな未来が待っているから、俺はこうするんですよ」と。
あり得ない展開の連続に困惑する老執事へ、俺はもう一度苦笑顔を見せた。
「まぁ、全て信じてもらえるとは思ってませんから。ただ、俺が『パウロ=D=アレクサではない』という事は御理解いただけるんじゃないかと。俺も、本来の彼がどんな人間なのかよく知ってますし」
「……その……何とも返答に困るお言葉ですな……」
「ぶはっ!そうですよね。すみません」
本当に困ったようなセバスさんの切り返しに、俺は思わず声を出して笑ってしまった。彼の言葉はごもっともだ。
素直に「そうですね」と言ってしまえば、それは「パウロはアンタみたいに腰が低くない」と言ってるようなものだからね(笑)
しかし、笑う俺を見る彼もまた微苦笑を浮かべていた。
それは、俺の言葉をいくらかは信じる、という気持ちからなのだろう。
それを受け取った上で、俺は改めて今後どう動くつもりなのかを話す事にした。
「身勝手な真似をしているという自覚はあるんですが……俺はこの屋敷の事についても、《輝く翼》の事についても、改善すべき点は改善しようと思ってます。ですが、俺が勝手な事をした後で本物のパウロが戻ってきた場合、皆さんに多大なご迷惑をかけてしまうでしょう」
「そう、でしょうね……」
「ですので、俺としてはセバスさん達を正式な手続きで解雇して、もっとまともな職場……ええと、奉公先?と言えばいいんですかね?そちらを斡旋出来ればと思っているんですが。もちろん、すぐにとは言いませんけど」
俺からの提案に、セバスさんは目を丸くしていた。
パトロンの貴族から紹介されたセバスさんはそれ程でもないのだが、この屋敷の使用人はパウロから酷い扱いを受けていたはずだ。胸糞悪い話だが、あの三人娘は特に……
そういう世界観だから、と言ってしまえばそれまでなのかもしれないし、それを許せないのはあくまで『俺』の倫理観なんだけど。
だから、俺は『パウロ』の持つ権限をありがたく利用させてもらい、彼ら彼女らを安心して働ける職場に逃がしておきたかったのだ。
ま、ただの自己満足と人件費削減という打算の合わせ技ですけどね。
目線を下向け、口元に手を当てて押し黙っていたセバスさんは、やがて顔を上げて質問を返してきた。
「その場合、この屋敷はどうされるおつもりですか?」
「売却処分……と言いたいところですが、流石に『パウロ』に気の毒ですし、無人で放置しておきますよ。たまに掃除くらいはやっておきます。一人だと掃除だけで丸一日以上かかりそうですけどね」
そう言って高らかに笑うと、セバスさんはようやく含みのない、穏やかな笑顔を見せてくれた。
そして、俺に向かって頭を下げる。
「お心遣い、感謝致します。他の者達には私の方からそれとなく打診しておきましょう。ですが、私は今まで通りお仕えしたいのですが、よろしいでしょうか?」
「いいんですか?」
「はい、私の務めは『パウロ』様にお仕えする事ですので。それに……」
そこで言葉を切った老執事に俺は小首を傾げる。
と、彼は今までのやり取りからは想像も出来ないお茶目さで、ゆったりと笑いながら片目を閉じた。
「この屋敷を掃除するなら、こんな老骨でもいないよりはマシでしょう?」
「……ぷっ……あははははっ!そ、それは心強いです!」
思いがけない言葉に、とても人間らしい言葉に、俺は思わず声を出して笑ってしまっていた。
彼もまた楽しそうに肩を揺らしている。
そこで俺は、自身の認識を見直そうと決めた。
作者の描写に問題があっただけで、この世界の人間は『一人の人間』としてちゃんと生きているのだ、と。
もちろん原作通りのアホちゃんも多数いるのだろう。
だが、最初っから「アホだ」と決めつけていた俺が一番のアホだ。
それを恥じてから、俺はセバスさんを真正面から見据えて右手を差し出した。
「これから……いえ、これからもよろしくお願いします」
「こちらこそ。誠心誠意、お仕えさせていただきます」
そうして俺達は固く握手を交わしたのだった。
◎
これからは出来るだけ屋敷に戻るようにする。
特別な物じゃなくていいから、メシは皆で食べようぜ。
再び拠点に戻る前、屋敷を出る前に使用人の皆さんにそんな話をすると、揃って硬直してました。セバスさんだけは笑顔で見送ってくれたけどね。
この屋敷から彼らを逃がすつもりなら、パウロは今まで通りの『ロクでもない人間』を演じていく方がいいのだろう。それは分かっている。
分かっているんだけど……やりたくないんだよ、俺はそんな事。
まぁそんな自分勝手なマネをするからには、いざという時の対応策はしっかり考えておかないといけないだろう。
「なーんか……ヘンな気分だな」
つい一人で苦笑してしまったのは、何ともアンビバレントな気持ちからだった。
今も「さっさと元の生活に戻りたい」という思いはあるのだ。これがただの夢で、目が覚めるのならすぐに覚めても構わない、という思いは。
だけど同じくらいの強さで「せめて俺がいなくなった後、誰にも迷惑が掛からなくなる準備が出来上がるまでは待って欲しい」という気持ちも、今はある。
最初は『くだらない創作物に登場する操り人形のようなキャラクター達』と思っていた人々は、ちゃんと自我のある生きた人間だった。
そりゃまぁまだ少し、「もうちょっと考えて行動しようぜ?」と思う部分もないわけではないけど。
だから俺も一人の人間として、一人のいい大人として、ちゃんとこの世界の人達と向き合いたいのだ。
クソ作者と同じ世界で生きている者として、何故か若干申し訳ない気持ちもあるしなー。
そんな事を考えながら未だに見慣れない街を歩いていると、偶然にも大分見慣れてきた青銀色の髪を持つ少女の姿を見つけた。
あちらも俺に気がついて軽く片手を上げている。
彼女に歩み寄る俺の脳裏には数時間前の説教が鮮明に思い出されていた。
「ど、どうもー、シャール……さん……」
「……また何か私が怒るような事をしたんですか……?」
「い、いや!違いますって!久し振りにあんな説教食らったから、ちょっと及び腰になってると言いますか……」
三十代後半にもなれば仕事上のミスで説教を食らう事も少なくなってくる。むしろ説教をする側になるしね。
そこにきて、あんな『大人が子供にするような説教』を食らえば、それも親子程歳の離れた女の子に食らえば、いい歳のオッサンにはなかなかの大ダメージだ。
言葉通りに腰を引き、降伏ポーズの如く両の掌を小さく前に出す。
そんな俺を見て、ジト目だったシャールは「ぷっ!」と吹き出していた。
本当によく笑うようになったなー、この子。
「まったくもう……本当に変わりましたね、パウロ」
まだクスクスと笑っている彼女は、どんなつもりでその言葉を使ったのか。
もしかしたら軽いジャブとして俺に放ったのかな?
ただ、どちらにせよ俺は彼女に全てを話すつもりだった。
拠点に戻ってからと考えていたのだが、ここで会えたなら都合が良い。
だから、俺は彼女を秘密のデートにお誘いする事にした。
「シャール、これから何か用事はある?」
「いえ?足りなくなった道具を買おうと思ってましたけど、急ぐ用ではありませんし」
「じゃあ、良かったら少し俺に時間くれないか?」
そう言って俺は背後を親指で指し示す。
そちらに何かある、というわけではなく、ここから離れようという意味で。
俺とシャール、という組み合わせはどうにも人目を引き過ぎてるからね。
俺の提案にシャールは不思議そうにしながらも頷いてくれた。
さて、彼女は一体どんな反応をするかな?
「貴族社会だと必要な経費なのかもしれないが、ー介の冒険者に必要なもんかね?」
「ー介」。普通に読めば「いっかい」ですね。
だが!これは「一介」ではないのだっ!
縦読みで読むと……
┃
介
となっている……そう!これは数字の「一」ではなく横棒の「ー」なのであるっ!
必!殺!横読み殺しっ!(笑)
ん?卑怯?
お褒めいただきありがとうございますっっっっ!!!
おかげさまでゴリゴリとミスを見つけられ、アホ程筋トレするハメになりましたっ!!!(自爆)
結局くるぐつさんに見破られましたしねっ!(泣)
腹筋200回、背筋200回、スクワット100回……
……え?イヂメですか?泣いていいですか?
今回はおとなしく、普通の誤用ですよー……
( ´・ω・`)……ションボリ……




