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第29話


【視点:綾瀬楓】


「それじゃあ滝村さん、何もないとは思いますが遼さんのことをお願いします」


 廊下に待機していた滝村さんに、私はそう告げた。一応何かあったときのために、手錠の鍵も渡しておく。


「……かしこまりました」


 滝村さんが頭を下げたのを確認してから、私は廊下を歩き出した。上着のポケットには、拳銃が収められている。


 先程の睡眠薬も、この拳銃も、手に入れるのは別に難しくなかった。こういう時、お金持ちで良かったと思う。これからもし、私が松本先輩を殺すことになっても、その処理だって大した問題では無い。この病院はうちの息がかかったところだし、警察だとかにも暴力団の抗争に巻き込まれただとか、適当にでっち上げれば済む話だ。

 それくらいのことが出来る力を私は、いや私の家は持っている。


 普段では、こういう風にその力を使うのは憚られる。それでも今は、事情が違う。


「………雨、ですか」


 いつ降り出すかと思っていた空だったが、どうやらここまでだったらしい。この雨で、外にいる松本先輩は帰っているだろうか。確か松本先輩が座り込んでいるらしいところに屋根はなかったと思う。


「でも、それはないでしょう………」


 何となく、そう思った。あの人がこの程度ですごすごと帰るはずはない、理由は分からないが、そんな確信があった。それとも私は、あの人に居て欲しいと思っているのか? あそこにいて、私と最後の決着をつけて欲しいと、そう思っているのか?


「どうなんでしょうね………」


 そんなことを考えて、クスリと笑った。ポケットの中の拳銃を握る手に、力がこもるのが分かった。


 深夜も近い病院の正面ロビーには誰も居なくて、非常扉の位置を示す緑の明かりと、遠くのナースステーションの明かりだけがぼんやりと辺りを照らしていた。人気は、当然ながらない。


 自動ドアは開かないので、職員用出入り口まで回って外に出た。傘を持ってくるのを忘れていたため、その辺から一本拝借した。

 ふと空を見上げる。別に何らかの意図があったわけでなく、ただなんとなく。遼さんが良くこうしていたから真似してみただけだ。当たり前だけれども、見えるのは雲に覆われた空。月も星も、どこにも見えない。


 こうして空を見上げて、遼さんは一体何を考えていたんだろうか。そう言えば、『ともこ』のことについて聞いていないのを思い出した。


「これが終わったら……」


 ゆっくり話を聞こう、とそう思って、これが終わったとき一体私と遼さんはどうなっているのだろう、という考えが初めて浮かんできた。


 ここまで私は、松本先輩を殺した後のことなんて全く考えていなかったのだ。いつもは冷静に、後先を考えて行動しているのに、今回のことに至って、私は恐ろしいほどに向こう見ずだった。そのことに、ようやく気が付いた。


「…………………っつ」


 急に私の胸を不安が襲った。私が今からやろうとしていることは、ひょっとするととんでもないことなのではないか。いや、そんなの始めから分かっていたことじゃないか。


 松本先輩を殺して、私は遼さんと幸せになる。そうだ、それしかないんだ。そうしないと、そうしないと、結局最後はみんな不幸せだ。皆みんな、全員が不幸せになる。こうするしかないんだ。


 でも、でもこれで果たして――――――遼さんは幸せなのだろうか?


 ここで冷静になってしまったことを、私は酷く後悔した。呑気に空なんかを見上げてしまったことを、私は激しく悔やんだ。こんなこと、考えなければよかった。


 歩みを速める。

 迷いを打ち消すために。

 下らない思考を失くすために。

 あの糞犬の顔を見れば、きっと殺意は戻ってきてくれる。きっと私は全てを忘れられる。


「こんばんは、松本先輩」


 正面玄関に到着すると、木の根元に雨宿りのためかうずくまっている彼女を確認できた。目で合図して、見張り係の者を退かせた。


「綾瀬、さん………」


 彼女は学校の制服のまま、雨に濡れていた。


「雨が降っても主人の帰りを待ち続ける、まるで忠犬ハチ公みたいですね」


 こうするしかない、こうしないと私たちは幸せになれないんだ。


「私、その話………大っ嫌いなんですよ」


 ――――――だからそう、どう考えてもこれは正解なんだ。



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