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第13話


 辛い日々は、三学期になってからも相変わらず続いた。

 冬休みが明けると余計に受験勉強に忙しくなって、電話の頻度すら減っていってしまい、この時の僕の神経は二学期の頃よりさらに磨り減ってしまっていた。

 会えないのは、近づけないのは当然だと分かっていても、会いたくて、抱き締めたくて、キスがしたくて。一度知ってしまった快感は、まるで麻薬の禁断症状のように、僕の欲望を駆り立て続けた。

 彼女が学校でいつも見せる笑顔は、当然僕だけに向けられたものなんかじゃない。当たり前のことだって分かっている。分かっているのに、他の奴と楽しそうにしているのを見るとどうしようもない暗い気持ちが湧き上がってきた。


 友達に気を遣って、みんなとの関係を大事にしたくてこんな風にしているのに、それがだんだん邪魔なものに見えてきた。僕と朋子が一緒にいるのを妨害する、とてつもなく目障りなものに見えてきた。







 それは、決壊の瞬間は、久しぶりにいつものメンツで放課後に話しているときのことだった。


「しかしまあ、もうちょっとで卒業だね~」

「そうだねー」


 そんな別に何でもない会話。だけど朋子はみんなといる時間を本当に楽しんでいて、その笑顔は久しぶりに見るとても明るいもので、僕がどんなに頑張っても僕一人じゃ彼女には与えられないもので、そのことが気に障った。


 何だよ、そんな楽しそうな顔して。僕といるときなんかよりよっぽど楽しそうじゃないか。


「はやいなー」


 暗い、汚い気持ちが胸の奥から物凄い勢いで湧き出してきて、どうにも止まってくれなかった。


「うん、ほんのちょっと前に入学してきた気がするもん」


 一体僕は何のために色んなことを我慢してるんだよ。こんな連中とヘラヘラ笑うためか? 違う、朋子と一緒にいたいからだ。で我慢したって我慢したって、ちっとも僕は報われていないじゃないか。


「卒業なんかしたくないよねー」

「いや、お前は受験したくないだけだろ」

「あはっ、ばれた?」


 何だよこれ、こんな生活早く終わってしまえ。こんな糞ったれた学校生活を終わらせて、早く高校に行ってしまいたい。


「それにみんなと別れるのも寂しいしね……」


 早くお前らなんかとは別れたいね、とっとと縁を切りたいね、どっか行っちまえ、お前ら俺の邪魔すんなよ。


「ねえ、中原?」


 なあ朋子、中原なんて呼ばないでくれよ。そんな風に呼ばれたら俺は泣いてしまう。


「どうしちゃったの? さっきからずっと黙っちゃって」


 喋りたくないからだよ。


「変なもんでも食ったんじゃねーの?」


 アハハハと笑い合う級友たち。その笑顔が、何も知らない呑気な笑い声が、どうしようもなく気に食わなかった。


「おいおい、大丈夫かよ?」


 笑いながら僕の肩に手をかけようとする安田の手を、僕は払いのけた。


「………やめろよ」


 自然と口から言葉が出ていた。場が、凍った。


「な、なかはら?」


 皆が脅えたような目で僕の方を見てくる。このときの僕の表情は、きっと今までの人生で一番邪悪なものだったに違いない。


「………俺は別に、卒業なんて寂しくなんかない」


 むしろお前らと別れられて清々する。そんな本音が言葉にこもっていた。


「正直早く高校に行きたいくらいだ」


 アハハ、和やか談笑ムードが僕のせいで台無しだ。ざまあ見ろ。


「とっとと卒業して、お前らと離れたい」


 お前らなんか大っ嫌いだ、死んでしまえ。


「遼………」

「――――っ!!!」


 その声で僕は正気を取り戻した。

 彼女が、朋子が僕を泣きそうな目で見ている。


 何で? どうして? こんな顔させたくないから、僕は我慢して、朋子の笑顔が僕は好きだったから、好きだったから――――


「………ごめんっ、帰る!!」


 荷物を持って、そこから急いで僕は逃げた。


 走った走った走った、とにかく何も考えたくなかったから。

 廊下を歩く生徒とぶつかる。でもそんなの関係ない。僕は走らなきゃ。ここから逃げなきゃ。


『遼………』


 ―――――――嫌だ、嫌だ、嫌だ嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。

 そんな顔はそんな目は見たくない見たくないんだ見たくないんだよ!!!!!!!!!

誰がさせたんだよ? 僕だ、僕なんだ違う僕じゃないいいやお前だお前だよお前がお前がお前がお前がお前がお前がお前がお前がお前がお前がお前がお前が!!!!!!



「ああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」


 僕は、駄目だ。

 駄目人間だ。

 生きてる価値なんかない駄目人間だ。

 死んでしまえばいい。死ンデしまえばイイ。

 ダメニンゲンナンダ。








「中原、最近頑張ってるな」

「はあ」

「この調子なら、志望校もう一ランク上げてもいいんじゃないか?」

「じゃあ、そうします」

「何だその言い草は。自分の進路なんだぞ?」

「はい、そうっすね」

「ちゃんと考えておけよ」

「はい、分かりました」


 それから僕は、とにかく勉強をした。睡眠不足になって倒れるまで、ひたすら机に向か

った。集中して勉強している間は、何もかも忘れられたから。


 ―――――あれがあった晩に彼女と電話で話して、僕と彼女の関係は終わった。


 僕はもう、彼女と一緒にいていい人間ではないのだ。

 彼女の大事な場所を、僕は壊した。自分勝手で、わがままな気持ちから、僕はそれを壊してしまった。

決して許されていいことなんかじゃない。


 僕はもう、人に好きになってもらう資格なんてないのだ。


 僕はもう恋なんてしないんじゃないか、そう思った。彼女以外の人を好きにはならないだろうし、彼女以外の人を好きになりたくなかった。


 ―――――僕はここで止まっていよう、そう思った。


 倒れたとき、夢に彼女が出てきたときは、泣いた。悲しくて、寂しくて、自分が許せなくて、とにかく泣いた。

 それでも勉強して、必死に現実逃避をしたお陰で、僕は県内でも有数の進学校に合格することが出来た。両親はとても喜んでいたが僕はちっとも嬉しくなんかなかった。

 

 それでも、あそこにいたメンツ全員と進学先が違ってよかった。それだけは思った。



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