コウノトリの攻防
「なぜにこういう展開……」
「夫婦となれば、アスカはトルンカータとは無関係とは言えないだろう」
なるほど、それでこの強硬策だね。すぐに実行しないでくれてありがとう。
「結婚したって、夫婦になったって私が協力するなんて保証はない」
「だが、もしかしたら協力するかもしれないだろう?」
そちらはどこも傷まないってわけだ。でも私は泣き寝入りなんてしない。もし、イクス王子が行動を起こしたならその報いは受けてもらう。
「絶対にしない! 無駄ははぶいた方がいいよ」
「どうしてもか?」
「どうしても」
真っ直ぐにイクス王子を見上げれば、あちらも真剣な顔をしている。話し合いなど通じないと思っていたが、案外聞いてくれるのかもしれない。
「……なら、仕方がないな」
「えっ、わかってくれた――痛っ」
縛られていた布が引っ張られてどこかに結ばれる。布が擦れて肌が痛い。
「なら、最終手段だ」
とにかく逃げなくてはと腕を力任せに動かすがびくともしない。
「無駄だから止めておいた方がいい」
さっきまで散々私が忠告していた言葉が返される。でもこれは無駄なんかじゃない。
「そっちこそ」
私の精一杯の虚勢は薄く笑われて流される。
「女性は情に流される。血を分けた者が相手ならなおさら」
「血を分けた……」
この状況のまずさを改めて思い出す。何せ私は寝台の上に組み敷かれている。ちなみに私は寝技が苦手だ。
「そう、子ができれば変わるだろう」
「……ずいぶんと長期的な計画」
抵抗するよりも呆れてしまった。時間がない、急いでいると焦っていたくせに子どもって……生まれるまでにどれだけ時間がかかるのか知らないのか。
そもそも、そう都合よく 子どもができれば世の中誰も苦労しない。
「今すぐ勝つことは理想だけど、最終的にその結果になればいい」
「子どもができたって、状況は変わらない」
「やってみないとわからない」
あれ、会話がさっきとループしている気がする。
イクス王子と結婚すれば私はトルンカータを守るってことで話は動いていない。いや、悪い方向には動いているか……子どもを作るうんぬんとか言っているんだから。
んっ……でもよく考えたら変わらないか。結婚といって寝台に連れてこられた時点で一緒のことだよね。女子高生の想像力というか知識をなめるなよ。
結局、これはイクス王子の考え通りなのだろう。そしてここまで押し通すとなると、
子はかすがいだから、それを理由に結婚しようぜ計画(命名私)だけの理由じゃないな。
もしかしたら私が結婚する気になって、もしかしたら国を助けてくれるかもという不確実なものではない何かメリットがあることは決まりだろう。
「それで、子どもができたならイクス王子にはどんな都合のよいことが起こるの?」
相変わらず押さえつけられてはいるが、しっかりと逆らう意志をもった目で睨む。そうすれば、イクス王子は驚いた顔を見せる。
「頭がいいな……では花嫁には敬意を払って教えよう。魔力を持った女性が孕めば、親の魔力が子に流れる。魔力は二分する」
「魔力が二分?」
はじめはピンとこなかった。魔力が減ってしまえば、イクス王子の計画も台無しではないか……魔力が減る。
「あっ!」
「そう、二分されれば扱いやすくなる」
扱いやすくなるとは、すなわち従わせるつもりだな。「仮にも結婚とか言って行き着く先が酷すぎる」
「だから最初は穏便に協力と言っていただろう」
「……どうせ、どっちにしても従わせるつもりだったくせに」
呟いた言葉は聞こえなかったのか、いやきっと無視されたのだろう。返事はなかった。
「この方法の利点は子どもは生まれるときに魔力を母に置いていくということだ」
胎内では母親の魔力を半分持つが、出てくるときにはまた返す。
つまり母親はまた元の魔力に戻るということだ。
「そりゃあ、そっちにとってはなんて都合のいい……」
「だろう。じゃあ、早速いいな」
よくない、よくない。何とか誤魔化さないと。
「アハハ……じゃあ、コウノトリが来るのを待たないと」
言うに事かいて口から出たのはメルヘンな発言だった。
「コウノトリ? アスカの国はコウノトリがいないと子どもが生めないのか?」
おっと、 意外なところで食い付いてきた。これで回避するしかない。
「そ、そう。残念だね~、コウノトリなんてこの世界にはいないでしょう」
諦めるか、コウノトリを探しに行くという無駄な時間を過ごせばいい。
「そうか……だがきっと大丈夫だ。こちらではコウノトリなど必要ない。教えてやろう」
「コウノトリは言葉の綾だーー! 子どもの作り方くらい知ってるわ、誰が教えてもらうか!」
思わず叫んでしまった私に向かってイクス王子は凶悪な笑みを浮かべる。
しまったと思ったときにはもう遅かった。
「知っているのか、なら話は早い」
「ナニヲスル」
思わず片言の言葉で抵抗する。
「知っているんだろう?」
「し、知らない」
バレバレなのに、私はそれでも嘘をつく。
私はコウノトリ説を熱く支持します!! キャベツ畑でも可です!
「まったく……手間をかけさせるな、子どもだな」
「子どもに子どもを生ませようとするな」
「言葉の綾だ」
イクス王子は絶対に性格が悪い。私の言葉を使って追い詰めてくる。
「触らないで」
「それは中々難しい注文だ」
じたばたと動く私を押さえつけて、ついでとばかりに上掛けを剥いでくる。
暑くても、へそだしが恥ずかしくて着ていたのに。
背中に冷や汗が流れる。
「お、女一人口説き落とせないなんて……アルベール王子は美麗をちゃんと惚れさせて利用しているのに……」
苦し紛れの言葉だったが、イクスの動きが止まる。
よっしゃ、時間稼ぎになった。と思ったのもつかの間、私の発言が地雷だったことがすぐにわかる。
「じゃあ、これから惚れさせてみせればいいのだろう」
やばい、動きが本格化してきた。脱がすな、ただでさえ薄い布なのに。
「あっ……ちょっと、それはダメ!」
イクス王子の手が伸びたのは私の腕。そこにはリュートから貰った腕環が光って存在を示している。
「私が何に劣っているというんだ。今回だって、ちょっと力を貸してくれればいいだけだ。アルベールが好きなわけじゃないのだろう? なら、誰がどうなろうとお前には関係ないだろう」
「ちょっと……リュートには手をちょっとも貸さなかった癖に」
「何のことだ? さっきからリュート、リュートとそれも面白くない」
イクス王子の苛立った声が聞こえたのと同時に金属が砕ける音が私の耳に届いた。
「い、今の音……もしかして」
目に入ったのは粉々に砕けた金色の破片がさらさらと落ちていく様子。
「さぁ、これで集中できる」
それからのことを私はあまり覚えていない。目の前が真っ暗で、悲しみだけが私を覆っていた。




