私の知ってる彼のこと
「機嫌はどうだい?」
「あんたがいなければ上々、この国から出られるならもっといい」
「つれないところもいいな」
いつもの繰り返し。トルンカータへ連れて来られてはや数日、毎日続けられる会話は代わり映えしない。
「何をしても無駄。私がここのために力を使うとでも? わかっているのに続けるなんて暇なんですか?」
「暇ではないさ。だけど無駄ではないから来ている。アスカの言葉を聞きたいしな」
いくら私が突っぱねようとイクス王子はめげることはない。いつまで続ければ飽きるのか、はたまた怒りだすか、こうなったらとことん勝負だ。
「シディアンと戦うつもりですか」
気まぐれに否定の言葉ではなく問い掛ければ、イクス王子が口の端を上げる。
「いずれそうなることもあるだろう」
「戦力は? どっちが有利なの?」
どちらが勝つか、正直私には関係ないのだが情報は必要だ。
「拮抗と言いたいが、アルベール王子の魔力が増えている……ミレイという存在のおかげだろ?」
「美麗ね……」
イクス王子は美麗をシディアンの良い手札だと言っていた。間違いはないが、美麗についてどこまで知っているのだろうか。
ミレイは王子に魔力を与える。しかし、それは限界がある。
「アスカはミレイと同じ出身らしい。だから、きっとトルンカータのためになる」
「別にためになんてなりたくないし」
イクス王子が私から魔力を奪おうとしているなら恐ろしい。あれには、キ・キ、いや最悪な行動が伴ってくる。大体、私は魔力を与えるという特殊能力はない。
ロウやリュートがしてくれた、ちょっと元気をあげるくらいならでくるかもしれないが美麗のはあれと違うらしい。よくわからないけど、師匠がそう言っていた。
「そんなことを言わずに自ら進んでその身を差し出してくれないか?」
「ありえない」
なんで私が身を差し出すのか、しかも言い回しもなんか嫌だ。
「私がこんなにも優しくしているのに?」
「誘拐犯じゃん」
「私が声を掛けてあげているのに、まったくアスカは貪欲だな」
すごく押し付けがましい。
「どうしたらアスカは気に入るんだ?」
「何も」
媚びるつもりなんて少しもないくせに、上辺だけ取り繕って懐柔しようという魂胆が気に食わない。
リュートの過保護が懐かしい、あれは愛があった……ア・イ? 今、私は愛とか考えた? 違う、違う、家族愛的なあれだよ。あれって何? 大体、家族愛で王妃の腕輪くれるわけ?
「わわっ……何を考えてるんだ、もう!」
一人で赤くなって挙動不審になった私を見て、何を勘違いしたのかイクス王子が近づいてくる。
「口には出せないようなことを望んでいるのか?」
「違うし……来んな!」
ぐいっと手でイクス王子を押し退ける。
「せっかく叶えてやろうとしているのに……もっと近づき味わってやりたいが、従わされると困るからな」
「そんなこと望んでなーい!」
変態を従わせたいなんて思わない。でももしそういう事になったら、私ならまっとうな人間に更正させるね。うん、いい案。
でも、この案の最大の問題点は更正させるために私がイクス王子と、キ……とも言いたくないな。口を合わせるという作業をしなくてはいけないということだ。絶対に無理だ。
「ミレイとやらと同じでキスが好きなんじゃないのか?」
むしろこりごりですと私は言いたい。美麗、他国に何を探られているんだ! どれだけキスしていたんだ!そして、どうして美麗のキスは私に被害をもたらすんだ。
「はぁ……。私は断じて違います」
「違う? でも一緒にいた騎士とはしていただろ。ロウは別にしても、何がミレイと違う?」
どうしてイクス王子が私とリュートの出来事を知っているのか、つまりは覗きだろう。
「やっぱり変態……」
「あの騎士がか?」
「あんたのことだー! リュートと一緒にするな!」立ち上がって力一杯叫ぶ。こんなのとリュートは一緒じゃない。
「リュートは掛け値なく優しいし、頼りになる。たまにおかしなことも言うが楽しいし、私好みの食べ物だってすぐに見つけてくれる。それに、ちゃんと意見も聞いてくれるし……」
それに、それにといつまでも思い付くリュートはやっぱりイクス王子とは違う。というか、今まで出会った誰とも違う。
んっ? これっと何ていう気持ちだっけ?
「ここまで私がコケにされるとは……」
「放せー!」
私のリュート賛歌はイクス王子のプライドを刺激したらしい。
でもそれってなんだかイクス王子のキャラと違う。今までなら、罵られても喜んでいた。
「アルベールを否定する、自由なアスカはよかった。いくら何を言われても快感だった。だが、他人を褒めるなどつまらない。アルベールもそのうち褒めそやすんだろう」
「アルベール王子? 褒めるわけないじゃん」
何がこんなにイクス王子をおかしくしているのか。
「嘘だな。皆、すぐにアルベールと比較する。魔力が強い、新しい術を閃く、使い魔が多い……」
イクス王子は聞いていないのにどんどんと話を進めていく。
「昔から気に入らなかった。魔力が高いからと人より上にいったような態度……そして周りもそう評価する。何もわかっていないくせに」
アルベール王子はイクス王子のコンプレックスらしい。だが、それを本人は認めたくないようだ。
「あいつがどう思おうと、周りがなんと言おうと私の方が優れている。そして、ついに公平なる目をもった者を見つけた」
イクス王子の目が私を射ぬいている。
「わ、私?」
「そうだ。アルベールを強く批判する、おおっぴらに仕返しなどと言うアスカだ。アスカに認められればアルベールに勝ったことになる」
考えが歪み過ぎて、とんでもない思考回路になっている。そもそも、イクス王子は私に認められるように努力していたか? 気持ちの悪い手紙にはそんな文などなかった。
「もう一度変態って言って欲しいとか……勝つ気ないじゃん」
私の中では二人の王子はどっちもどっちだ。
「意見を肯定されると嬉しくないか? アスカの言葉を尊重し、変態っぽくしていたが」
ある意味、変態というか変人だ。
「ロウが虐められるの好きって言いかけたのはどういうこと」
「勘違いだろう。使い魔は単純だ、あれこれ言われても動じない私をそう捉えたのだろう。 私は見る目のない者の話など笑って流せるさ、ただ許せないだけでね」
許せないのは流せているとは言えない。要するにイクス王子は恨んでいるわけだ。
「私がここまでした。胸の内も明かした。そろそろどうすべきかわかっただろう?」
今までの話で一体何がわかるというのか。
「従わないし、争いに手は貸さない」
「争いじゃない……そう、アスカの言葉で言うなら仕返しだ。思い知らせてやるんだ、一緒に」
私は無関係な国民を巻き込むような仕返しをするつもりなんてない。あくまでも本人が反省してくれればいいってスタンスだ。
でも私はリュートを誘ったとき、イクス王子のようではなかったか? リュートは不快にならなかっただろうか不安になる。
「一緒にしないで!」
だからつい力を入れてしまった。捕まれた腕を振りほどくと、腕輪がずり落ちる。
「返して」
慌てて奪い返すと顔を顰められる。
「そんなにあの騎士がいい? そういえばあれはアルベールの下にいた騎士……。私がアルベールどころかあの騎士にも劣ると言いたいのか!」
長年の凝り固まったコンプレックスはイクスを些細なことでも刺激する。
この急変は何か理由があるのかもしれない、例えばシディアンが動き出したとかね。
「劣るとか劣らないとかなんて知らないよ。自分は自分って思いなよ」
「そうだ、だから私は私を取り戻す。奪われたすべてを取り戻すために。そのためにアスカの力が必要だ」
片手を差し出してきたイクス王子の目は血走っていて、長年押し込めてきた感情をたぎらせている。
この人は危険だ。
私は攫われてきて、はじめて本気で怯えを感じた。




