因習の後始末
「明衣……」
「彩霧様……!? どうしてここに……」
しかも現れたのは俺達が入ってきた方向ではなく反対側からだ。驚くのも無理はないが、コイツはずっと監視役でもある陛太を撒いて村を散策していた。怪しい所に目星はつけていたし、俺もコイツが探索しやすいようにそれとなく協力した事もある。だから俺はあまり、おかしい事が起きたとは思わない。
「私には知的でクールな頼れる助手が居るんだよね~! うふふ、こんな隠し穴くらい簡単に見つけられるよ」
「郷矢様……?」
「手助けはしましたけど、この穴の事は知りませんでしたよ。俺はただ、探す時間を増やしてほしいって言われただけなので」
「情報は足で稼がないとねっ。それより話は聞いたよ。外に出たいんだって?」
「手を貸して下さるのですか! それなら非常に心強いのですがっ」
「うーん。乃絃君が好きなんだよね」
「語弊がある言い方はやめろ」
「そうかなあ? 勝手に語弊だって決めつけてるのは助手だけなんじゃない?」
明衣は飽くまで自分の見解を信じるスタンスらしい。
「本当ならこんな危ない場所で育った人なんて連れて行くわけにいかないんだけど、ちょっと事情が変わったんだ。私も協力してあげるよ」
「事情?」
「お、気になる? じゃあついてきてよ! この穴の先で面白い物が見られるよ!」
明衣の言う面白い物は大抵碌でもないが、この場にある白骨死体の山がもう碌でもないので、これ以上はちょっと想像がつかない。それとなく千夜さんに視線で尋ねると彼女もこの先を知らないようだ。目の前に道が続いているのになぜ先を知らないのかという疑問は抑えつつ、明衣の背中を追うように俺達も奥へ進む。
気持ちは、分からないでもない。
俺が麻痺しているだけで、本来死体を見るのも人間にとっては非常なストレスになる。肉体が残っていないなら大丈夫という話ではない。白骨死体だって頭が元々『人間』だと理解したら悍ましい。それが合意の火葬の上でならまだしも。怖いと感じた物体を横目に進むのは案外難しいのだ。
「結局お前は何処から入ってきたんだ?」
「この先って穴になってて行き止まりなんだけど、二人が入ってきた場所って隠されてて普通には入ってこられないよね。つまり本来その穴に直接つながる入り口があるって訳。早い話がゴミ箱の入り口だね」
「ゴミ箱……?」
明衣は足を止めると、紐で携帯をぐるぐる巻きに、ライトをつけたまま足元に垂らした。横に並ぶように足を止めると確かにそこは崖で、これ以上進みようがない。上から差し込む光からして、地上だ。それも遮る物体が何もない。ここから直接飛んできたとでも言うつもりか?
「あ………あああああ!」
横から千夜さんの震えた声が聞こえて横を見遣ると、視線は下に向いていた。慌てて同じ方向を見つめると、そこにはついさっきあったような白骨死体……ではなく、ところどころまだ肉のついた死体……死体?
「動いてる……だと?」
身体欠損、臓器の有無、単純な腐臭。あらゆる要因から穴の底にたまった人間は等しく死んでいると判断出来る。だが動いている。口を動かし目を動かし、時には羽音のような声を出しながら俺達を。生者を見つめている。お前もこっちに来いと。
「こ、これは一体……」
「さっきの話を聞いて納得したよ。これって要するに、『おまつり様』を宿した後の人達でしょ? 全員男の人だし。ここに捨ててなかった事にしてるんだよね?」
「………………成程な。そして今回は俺が犠牲になる予定だったのか」
「私ね、人が死ぬのは仕方ない事だと思うんだ。殺すのは良くない事だけど、死ぬのは避けられない運命だから。でもね、私の大切な助手を殺そうとするのは良くないよ。それもこんな、下らない儀式なんかの為に」
「良い事言ってるように見えるだけだから気にしないでくださいね。こいつは平気で人を殺せるし、死を何とも思ってない。ただその場その場で都合の良さそうな事を言うだけですから」
「……そ、そうなのですか? 私にはとても、そのようには……」
「だから一つ条件を足そうかな。ねえ、千夜ちゃん? この村の外に出たい?」
「は、はい!」
「その為ならどうなっても?」
「明衣、やめろ」
「村の人の命全部と引き換えでも、外に出たいと思う?」
「やめろって言ってるんだ!」
「こういうのはぼかしても仕方ないよ。こんな因習を続けないといけないのはさ、要するに破った時の代償がとても払えないからでしょ。ああ、実際は知らなくてもいいんだよ。私の予想だしさ。でもそうだと思うよ。NGと同じ。破ったら死ぬから破っちゃ駄目」
だとしても、それは個人に問うべきじゃない。責任を誰がどうやって取るというのだ。口だけなら何とでも言えるが、一度その問いに答えてしまったら命の重みは全て彼女の背中にのしかかる事になる。『私のせいで死んだ』なんて、日夜悩む千夜さんを誰が見たいのだ。
「………………はい。そのように思います」
「千夜さん!」
「私は本気でございます郷矢様。それに、決してこの祭事を失敗させてならぬと私は幼い頃より言われて育ちました。彩霧様の予想が正しいのなら、ここで私が首を振らなくとも村は死ぬのでしょう。生きたいのです。このような場所で外も知らず、閉じたまま死にたくないのです。ですから、止めないでくださいませ。どのような結末でも、私は受け入れましょう」
「…うんうん! 私はその言葉が聞きたかった! じゃあ早速だけど当日までに色々と準備しないといけないから、先に帰っててよ」
「何するつもりだ?」
「助手にはひーみーつっ。千夜ちゃんはここに残ってね。色々と話し合いたいから」
「珍しく詰めの甘い奴だな」
それとも別の狙いがあるのか。自分から撒いているアイツと違って、俺が千夜さんを撒く道理がない。一人きりで行動している所を見られたらどうするつもりだ。そもそもNGもあるから、必要以上に離れられないし(これは知られていない以上どうにもならないが)。
幸い穴は茂みに隠れて存在しているから、そこで寝転がっているだけでも問題ない筈だ。問題ないが……何故俺を省く。助手というなら俺こそ残した方が良いだろうに……話したい事が別にあるのか?
―――もし俺のNGを調べる為だったら、詰みだな。
こればっかりは誤魔化しようがない。千夜さんが心配とか何とか言ってみるが、それでもかなり情報は与えてしまう。遠くに行き過ぎてもダメ、近くに滞在しても駄目……俺にどうしろと。最悪実力行使が出来る俺達と違って千夜さんは自衛の手段を持たない。怪しまれて呼び出されたらそこで終わりだ。元々守るつもりの立ち回りをしていたとはいえ、明衣を通じて共犯となったらいよいよ本腰を入れないと。
「殺して…………いいんだよな」
誰に疑問を投げているのか自分でも分からない。答えなんて最初から求めていないのかもしれない。
『そうであるなら……きっと、郷矢様は私の死に涙を流してくださいますよね?』
死にたくないと彼女は言った。生を希うその姿に嘘はない。嘘はないのに、俺のせいで死ぬかもしれない未来を彼女は否定しなかった。最悪の末路すら受け入れて、それでも俺に報いたいと。
…………不誠実だよな。
明衣を殺す前に死にたくないと俺は言う。その心も、態度も、変わる事はない。しかしここは淫祠邪教の巣食う破滅の村。罪業の輪廻から抜け出そうとする人がいるなら。助けたいなら。彼女を殺すのは自分に違いないと信じるなら。
いっそ。本当に。この身体を血で染めて。




