奉ろう祭りに終焉を 1
祭りの日、当日。
来るべき日の為に俺と千夜さんは平和に過ごした。明衣と何を話したかは定かではないものの、帰ってきた彼女の顔は輝いており、言い方は悪いが火遊びを覚えた純情な子供を見ているようだ。だけど止めたりはしない。明衣だけが嬉しくなるような事ならそれとなく妨害したかもしれないが、今回はこんな悍ましい場所に囚われた千夜さんを解放する為の作戦だ。二言はないだろう。ここには人の生死より遥かに興味ある事が眠っているようだから。明衣は息をするように人を殺せるが、人を殺したい訳じゃない。人間が生きてたり死んでる事にまるっきり興味がないだけだ。
「郷矢様、今宵は……」
「分かってる。外出禁止だろ」
これまで好き放題してきたが、全てはこの日の為―――俺達を犠牲にする為だ。今日ここに至っては俺達にストレスがかかる日。簡単に言えば準備が整うまでの間は監禁される。普通の人間なら今までとの差異に驚いたり困惑する所だろうが、予めそうなると告げられているなら心の準備だって出来ている。
以前の客人は千夜さんの記憶によると最終日は昏睡させられた状態で当日の夜を迎えていたとか。つまり慌てふためく事を想定している訳だ。今まで世話役をつけてまで歓迎してくれた村人達が厳しい顔になって拘束……よく考えられている。人間、突然の出来事には不意を突かれるし、突かれた事に対して頭が回る人間はそういない。それでもし暴れるようなら実力行使に出られるし、暴れないならそれはそれで監禁出来る。
たとえどんな形を迎えようとも村に入って客人として迎えられた以上、最期の結末は変えられない。今まではそうだったかもしれないが今回は世話役もとい監視役の筈である千夜さんがこちらの味方だ。監禁など名ばかり、思う存分に話し合う事が出来る。
「明衣と何を話した?」
「この祭事の工程をお教えしました。まずは祈りを……この村では代々親から子へ伝えられる作法がございます。こう、両手を掲げて、八の字を描くような……」
「実演しなくてもそれくらいは口で伝わりますよ。その祈りを……捧げる?」
「はい。祈りの力を高める事で『おまつり様』と『ひじんか様』が姿を現すと言われております。しかし実際の所は……そのような名目で村民に協調性を作り上げ、無事に女暗の儀を完遂させる事にあります」
「集団心理の誘導みたいな事ですかね。この祭りは絶対に成功させなきゃならなくて失敗出来ない……実際本当にそうなのかは置いといて、強く思い込ませる事が必要と」
「はい」
神様とか呪いとか関係なく、不気味な慣習だ。陛太が帰りたがらなかったのも頷けるし、祭りの中身を知っていれば明衣を伴う事を条件に許可したのも頷ける。アイツは明衣の事が好きだった。明衣を犯せるならこんな良識の通用しない世界にだって喜んで帰る訳だ。だから何回か撒かれても諦めなかったし、愛想もつかさなかった。体目当てだから。
気色悪い。
「それからはささやかな宴でございます。二つの神々への感謝を口にしながら美味しいご飯を食べ、飲み、親しい人との穏やかな時間を過ごすのでございます。郷矢様は、今日一日何も口になさっていませんよね」
「そうですね。食事を配られなかったんですから」
「申し訳ございません。私も表向きは協力者であり、この役目を全うしなければならない立場ですので。ここを閉め切ったのもそういう事でございます。空腹は理性を削ぎ、人の獣性を露わにすると言いますから」
「は?」
「美味しいご飯の匂いだけが伝わってきて自分だけが食べられない。そのような状況で一体どれだけの人が静かに過ごせましょうか」
「……成程。祭事の〆となる催しまで静かに過ごされるのは、微妙に都合が悪いんですね。俺の立場がまだ客人だから」
「はい。暴力に訴えかければ公衆の面前へと引きずり出され、より近くで飢餓を感じさせられてしまうでしょう。偏にそれは『おまつり様』の依り代として正しい姿に近づける為でございます。言い伝えでは、嵐のように苛烈な神様であったと伝わっております故」
言い方を濁しているが、精力絶倫であるという意味だろう。そうでなければ神様とやらは狂わない。祝福を維持する方法が人身御供を介しての性交渉なんて事にはならない。話は複雑なようで、分かりやすく言えば心のブレーキをあらゆる切り口から排除して、ケダモノになってほしいという事だ。客人に―――今回は、俺に。
「閉め切るのはセーフなんですね」
「郷矢様が事情を知っている事など村の皆は存じ上げません。当主様も勘付いてすらおられないでしょう。私も初めてなのでございます。お役目に抗おうと思ったのは……いつも、言いなりで」
空腹は、俺の理性を削ぐどころかむしろ厚くしていくばかりだ。この虚無があの日の出来事を思い出させてくれる。あの日を思い出せば、不思議と心に封じ込めていた感情も溢れてくる。
殺す。
ただ殺す。
何があっても明衣は殺さないといけない。
あれは存在してはいけない人間だ。生きている限り俺は一生幸せになる事は出来ない。明衣を。明衣を。明衣を。明衣を。
「…………」
頭に楔が撃ち込まれたようにズキズキと痛んだ。痛みに満ちている。空腹など俺は知らない。与えられた使命は一つ。人生の意味は決まっている。郷矢乃絃にハッピーエンドは訪れない。因果の巡りがそれを教えている。
「女暗の儀とやらには後どれくらいの時間がありますか?」
「四時間ほど……睡眠は許されておりません。破った事が知れれば次に目を覚ました時が郷矢様の最期になられます」
「―――因みに、その儀式とやらが始まったら俺の身体は『おまつり様』に乗っ取られる事が確定するんですか?」
「その筈ですが……彩霧様は『乃絃は乗っ取られない』の一点張りでして。この作戦は郷矢様の意識が奪われない事にかかっております。私には理屈などさっぱり見当もつきませんが、どうか……ご無事で」
「明衣の方はどうやって回避するつもりかは聞きました?」
「そ、それが……」
最後まで困惑を隠せないまま千夜さんは恐る恐るアイツが言った言葉をなぞった。
「神様にもNGはあるとだけ……」




