その52 遺書
そのまま、遺されたノートを読み進めていく。
すると最後のページに、”遺書”とでも呼ぶべき一文が書き加えられていた。
『これを誰かが読んでいるということは、私は死んでいるということですね。
では、ここの子たちのことをお願いします。
亡者対策に、なるべく吠えないようしつけています。
足を引っ張らないと思います。
熱帯魚のことも、ちゃんと面倒を見てあげてください。
細かい世話の仕方は、それぞれの動物のところにメモを残しておきました。
それを読んで下さい。』
どことなく、命令じみた印象を覚えるのは、僕だけだろうか?
まるで、『私を殺したのだから、願いを聞き届けるのは当然だ』とでも言わんばかりの傲慢さだ。
その後、動物たちの名前と性格に関する注意書きがしばらく続いて、
『計算したところ、フードは一年分……節約すればたぶん、二年分はあります。
でも、育ち盛りの時期はできるだけ、食べられる分は食べさせてあげて。
どの子も生まれたてです。しばらく外には行かせないで。
本当は予防注射をする必要があるけど、生後半年くらい経てば、外に出しても大丈夫です。
うんちとおしっこのしつけは、根気よくしてあげて。
動物は叩いても学ばないので、気をつけて。
それと、猫たちはできるだけ、自分の力で生きていけるように狩りの練習をさせて下さい。
犬も猫も、亡者どもの肉を食べさせないで。おねがいします。』
そこから、少しページを空けて、
『カリバゴウキへ。
私のことは気にするな。私は、天命を試したかっただけ。
どっちが生き残っても、神様の望むままに。
このノートと、私を殺すことで得た力を役立てて。
かさねへ。
今日は話しかけてくれてありがとう。
親切なあなたがきっと動物たちの面倒を見てくれるから、死ぬ覚悟ができました。
声優のサインは、私の部屋に飾ってあります。全部あげるわ。』
と、人間の方はわりとあっさり気味のメッセージ。
「しかし……これ……」
正直、かさねさんがこのメッセージを読んだとして、喜ぶだろうか。
結果的に自分のせいで殺し合いが発生した感じがして、気分悪くないか、これ。
――どうにもこうにも、彼女らしい、というべきか。
最期まであんまり、他者の気持ちを考えられない人だったな。
そこで亮平を、少し見る。
弟もほとんど同じ感想を抱いたらしく、渋い表情で首を横に振った。
その頃には、騒ぎを聞きつけた美春さんが遅ればせながら現れて、
『どうした? 何があった? ……岩田さんは?』
『あの人は、――さっき、旅に出ました』
弟の言葉に、僕は顔をしかめる。
そうか。
それでいいんだな、亮平。
その嘘、お前が背負うことになるんだぞ。
『えっ。そんな……』
かさねさん、膝に子犬たちを三匹ほど載っけた格好で、哀しげに仲間を見回す。
『……でも……、どうして?』
『それは……』
弟は少し考え込んで、
『ぶっちゃけると、――彼女もその、スーパーマンの一人だったってことっす』
『スーパーマン?』
口を開いたのは、美春さん。
『ええ。カリバちゃんと同じ、超人ってこと』
『…………しかし、君。さっきそんなこと、言ってなかったじゃないか』
『ええ。おれも知ったの、いまさっきですから』
ころころと意見が変わっているように見えるが、そこのところは事実だから仕方がない。
『それで、……岩田さんはなんで、この子たちを残して、旅に出てしまったんだ』
『彼女、本当はもっと早くここを離れる予定だったんです。でも、ここの子たちと過ごしてるうちに、情が移ってしまって……』
『しかしそれでは、――面倒を押しつけられたようなものじゃあないか』
ある意味では、それも事実だ。
『文句は、……次、彼女と会ったときに言いましょう』
『……まったく……』
額を頭に当て、不機嫌そうに眉間を揉む美春さん。
『まあまあ。いいじゃん美春ちゃん。この子たち、かわいいよ?』
『かさね。可愛いというだけで生き残れる世の中じゃあないんだ、もう』
『でも……』
『でも、じゃない。どうするんだこんなにたくさん、役立たずの動物を飼って。だいたい、生き物を飼うって結構、大変なことなんだぞ』
『だいじょうぶ。一生懸命飼うから』
『ダメだっ。可哀想だが、この子たちはどこかへ捨ててきなさい』
『えーっ』
かさねさんが目を丸くする。「絶対、何が起こっても、嫌」と、顔に書いているようだ。
『聞き分けなさい。もし吠え癖なんかがついたら、亡者どもを引き寄せる羽目になる』
『だいじょうぶ! ちゃんとしつけるからぁ!』
『自分のことも面倒みれないくせに、おまえは……』
そこで、さっと間に入ったのは亮平だった。
『落ち着いてください、美春さん。おれも責任、取りますから』
『……。いや、やはりダメだ。情が移ってからでは遅い。私は、みんなのことが心配なだけなんだぞ』
『でも、ほら。この子なんて、五十万円もするトイプーですよ。ふわふわしてます』
『ぐぬ。……い、いや、私だって別に、この子たちが可愛くないわけじゃ……』
うんぬん、かんぬん。
結論の出にくい問題を抱えて、四人は侃々諤々と議論を展開する。
僕はと言うと、どちらの意見にも賛同できる利がある気がしたので、特に口だしせず、彼女たちの自主性に任せることにした。
頭の中はすでに、別の課題について考えている。
まずは、中断していたレベル上げ作業。
次に、優希と綴里のためにできることを検討する。
さらに、探索させていた”ゾンビ”のチェック。
そして、……彼女のノートから得られた有力な情報を検証していく、と。
今宵は忙しくなりそうだ。