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伍「ボセイ」前


 宇宙船ケッペサ号は、ついに目指していたケッペザイル星系にたどり着いた。

 そして、はじめに訪れたのが、巨大ガス惑星ケッペマンザ。

 乗員たちは、口々に「名前がややこしい」と、今は亡きケッペサ教授に愛情を込めて言っている。

 一部の専門家(ケッペサ号の乗員は、全て何かの専門家だ)がかり出されて、ケッペマンザを一通り観測し終えると、さっさとそこを去ることにした。

 どうやっても人のすめない惑星でいつまでもだらだらしていられない。

 早い所、居住可能な所を探さねばならないのだ。


      1

「あーーっ、石がぁ!」

 船の外郭に近い廊下を、石とナグワが転がって行った。

「ぬがっ、痛てて。ああ、石は無事だ。硬い石で良かった」

 ナグワは廊下の突き当たりで逆さになってようやく止まり、その体制のまま落とした石を拾い上げた。

 ナグワの専門は鉱物。

 転がって行ったのは、この星系で拾われ、彼が調査している大事な資料だった。

「こうどこもかしこも傾いてちゃ、危なくってしょうがないなあ」

 そう言いながら、ナグワは起き上がった。

 そして、石を手持ちの袋に入れ直すと、よじ上るように廊下を転がって来た方に戻って行った。

 大惑星ケッペマンザを調査し終えた巨大シリンダー型宇宙船ケッペサ号は、ソーラーパネルを目一杯に広げて重力子プロペラを回し、加速しながら次の調査対象である第ニ惑星に向かっている。この加速しながら、と言うのがくせ者で、回転によって外向きに発生する疑似重力との合力により、体感的には全てが斜めになっている状態なのだった。

 ナグワの聞いたところによると、この星系には内惑星系として五個の岩石質の惑星が発見されている。そのうち第五惑星は小惑星の親玉程度の岩の固まりなのでさしあたり調査対象から外され、第一惑星はいくらなんでも熱すぎるので外された。

 のこる三個が居住可能である確率が高いと判断され、そのうち一番手近に位置していた第二惑星に向かっているとのことだ。

 その惑星にすぐ着くわけではないので、その間に皆こうして自分の専門分野の調査や研究を行っているのだが、傾いているのでいまいちはかどらない。

 ナグワはどうにか自室に戻ると、手で持てるサイズの小型拡大鏡で持って来た石を眺めはじめた。

「表面は銀みたいだ。それになんだ、これは。微生物の屍骸みたいのが、亀裂にこびり付いてる。まぁ、真空中で生きられる微生物かなんかだろうけど」

 その石をよく見ると、ひび割れの中に鉱物質でないものが挟まっていた。

「さしあたり、屍骸をライルヒに見てもらうか。ノノルア先生の弟子なら、目星が付けられるだろう」

 ナグワはそう独語すると、拡大鏡とともにその石を再び袋に詰め、ライルヒのいる部屋に向かった。


      2 

 はじめにたどり着いたのは、第二惑星。

 岩石質で水と大気があり、大きさも手ごろだった。

 だが、着く前におおむね見当が付いていたが、とても住めるような星ではなかった。

 炭酸ガスと硫黄を主成分とした大気は厚くそして熱く、高温に熱せられ液体の水などどこにも存在しなかった。海のような者はあるが、それはいずれも液化した硫黄。

「だめだめ、使えんな。さっさと、次に行くとしよう」

 カンザル船長はそう言うと、減速する時間も手間ももったいないと言うことで、近くを通過させるだけで、第二目標の第四惑星に船を向けた。

 

 次に立ち寄った第四惑星。こちらも、名前はまだない。

 この惑星にも、残念なことに液体の水は存在しなかった。

 ほとんどが、凍ってしまっている。

 だが、かなり薄いものの成分としては呼吸可能な大気と、それを保持するのに十分な重力を持ち合わせていた。

 問題は、寒すぎることだった。

 少々厚着をしたくらいではとても生きて行けない寒さだ。

 カンザルはいったん船を停め、この過酷な環境下に調査隊を送り込むことを決意した。

 再離脱も可能な突入カプセルが用意され、三人のタフな者が選ばれた。

「では船長、行って参ります」

 隊長のラッツァクはそう言ってカプセルに乗り込んだ。

「おぅ、がんばって行ってこい。できれば、食い物でも見つけてこいや!わっはっは」

「そのときは、名誉ある一口めは私のものですよ」

「あったりめぇだ!モッペドンドだって、見つけたおれたちが最初に喰ったんだ。おっと、喰えるかどうか最後に見極めるのは、見つけた者の名誉ある義務なんだからな。見届ける者が現れるまで、勝手に喰うなよぉ~」

「わかっております!」

「ぉう!では行ってこいや。船はいったん第三惑星に向かうから、しばし待っておれ」

 その後、カプセルは無事に惑星に着地し、無事を知らせる信号が送られて来た。

 それを見届けると再び船を動かし、当面の最終目的地である第三惑星に向かった。


 そして、第三惑星。

 大本命とされ、水の隣星「アケンマンザ」と名付けられていた。

 液体の水が大量にあることが予想されており、ここにたどり着くまでの観測でそれは確実視されていた。

 上空からの観測では、水は惑星全体を覆っており、そのところどころに島が見えかくれしていた。同時に、炭素、酸素、窒素、塩素やナトリウムなどという成分も、ホンザイルと似たように沢山存在するのが確認されていた。

 いざその島めがけて降下部隊を下ろそうか、という時点で、待ったがかかった。

 その星に存在する硫黄のほとんどが、その水に溶け込む形で存在してたのである。

 同時に窒素も硝酸の状態で存在し、星を覆う海は強酸性の王水のような成分になっていた。そして、大気中にも大量の硫化物ガスが充満すると言う有り様だった。

「やれやれ、危うく大切な乗員を死なせる所だった」

 と、カンザル。目の前にある一見美しい星を見ながら言った。

「あんな所に降りたら、カプセルがすぐに駄目になってしまいますよ」

 タルルカはほっとしたように言った。

「ところで船長、先ほど報告が上がって来たのですが、どうやらここの惑星系にはその成り立ちからして硫黄分が多めに存在することが確認されたそうです」

「第四惑星が心配だな」

「いえ、あちらは寒すぎて、硫黄分の大半が固まっているみたいですね。大気も氷も奇麗なモノです」

「そうか……それなら、差し当たりコロニー建設は第四惑星の方が無難だな。さて、そうしたら名前くらいつけてやらねばなぁ。タルルカ、何にする?」

「ノノルアマンザ」

「たわけ。ノノルア先生は普通に考えてまだ生きてるぞ」

「それじゃ、まぁ、しばらく『第四惑星』にしておきましょうよ。僕らで勝手につける分けにも行きませんしね」

「そらそうだ。さて、ラッツァク達を迎えに行くか」


      3


 ケッペサ号が星系内をのんびりと移動している間、ナグワの石はライルヒの手を経て、

物理学や化学の専門家の間をたらい回しにされていた。

「なんだこの石は」

 一通りされた後、最後に手にしたひげが自慢の原子物理学者のリツァが、それを持ってナグワの研究室に押し掛けて来た。

 部屋にはナグワと、すっかりお腹が大きくなったライルヒがいた。

「なんだ、て言われても。ケッペマンザの輪っかですよ、それは」

「ちがうちがう。ナグワは鉱物学者だってのに、気が付かなかったのですか」

「なにを?ちょっと表面についた微生物の分析を頼んだら、ずっと僕の手を離れたままさ。まだろくに分析もしてないですわ。知ってるのは、許可を得て輪切りにしてみたら、微生物層を境に色が違ったことくらい」

「そうか。とにかく、けったいな石だぞ、これは」

 リツァが目の前に石を掲げ、鼻息を荒くしている。

「調べてみるとだ、外側が銀、内側がなんと硫黄だ。で、境目が微生物」

「ほ~、銀の硫化物とかじゃなくて、『硫黄』なのか?」

「その通りだ、ナグワ。ただの、硫黄。電子陽子中性子が十六個ずつの硫黄だ。ただし、銀が変だ」

「喰えるとか」

「ちがうちがう。原子量が九十六しかない」

「そらまた、不安定そうだな」

「ところがだ、気味悪いくらいに安定してるのさ。ついでに、表面に出来た酸化皮膜が異様に堅い。小さな石だからいいから、でかい岩だったら、ぶった切るのに苦労するぞ」

「なんでまた」

「わからん。ちょっと、船内の設備だけじゃなあ」

 そこへ、二人の会話を黙って聞いていたライルヒが口を挟んだ。

「核融合をさせる、微生物ってこと?」

「そ、それは――」

 思わずリツァが声をつまらせた。

 その横では、ナグワがその石をつまみ上げて、しげしげとながめた。

 そして、こともなげに「ふ~ん」とつぶやき、感心したように言葉を続けた。

「やっぱり、そうとしか考えられないね~。宇宙にはいろんな奴がいるなぁ」

「生きてるやつを捕まえられたら、硫黄を食べる様子をみてみたいわね」

次章にて、第一部 完

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