ひとまず落ち着こう
「・・・・どうする?」
前を見つめたまま、敦司がつぶやいた。
「・・・話すよ。」
「だよな。」
沈黙。
月夜の神社は奇麗だ。鳥居をみながら思わず、放心する。これから帰って十波と話さなければならない。敦司の話の破壊力はとてつもなくて、帰らなければと思うのに力がわかない。
十波ぃ・・・、あんたバカでしょ。何やってんのよ。わかってんの?妊娠って。妊娠なんだよ?
別れるとか別れないとか気持ちの問題ひとつで収まらない問題なんだよ?
何を話したらいいんだろう。
これから先のこと、相手の人のこと。
「ごめんな。」
ぼそっと横から敦司がつぶやいたのが聞こえた。
何で敦司君が謝るんだ。顔に出ていたんだろう、ふっと敦司の緊張した顔が少し崩れた気がした。
「いや、なんとなく。混乱しただろ?」
「あぁ・・・うん。そうだね。」
でも敦司君は何も悪くない。ちゃんと知らせようとしてくれたんだ。
ずっとお互い避けてきた。大学は同じだが、敦司が1年あとに入学してきてから2年間、会話をした覚えはない。すれ違うたびにお互い気付かないフリをしていた。まともに目を合わすことも話をすることもなかったけれど、私に知らせようと思ってくれた。
勇気がいったことだろうに、それほどに十波を大事に思ってくれている。
敦司の家は引っ越してきたときにはもう父子家庭になっていた。母親は乳がんで亡くなったのだそうだ。寂しい思いをしていていた敦司にとって、年も近く兄のように慕ってくれる十波は家族同然なのかもしれない。
胸がチクリと痛む。
敦司が寂しい思いをしていることをしっていたのに、子どもの幼さでひどい失言や態度を取ってしまった。4つ下の十波が私は昔から本当に可愛くて、それこそ自分の所有物かのように思っていた。それが突然現れた敦司に十波は急速になついたため、嫉妬してしまった。あれが始まりで、十波のように無邪気に家族同然の付き合いができなくなってしまった。敦司を嫌いだったことなんてない。子どものしたことだ、と過去のことに今なら出来なくもない。けれど、あの頃に感じた罪悪感は本物で、感情そのものは過去のものになっても 気まずい距離は過去のものにならなかった。
私は、敦司の家族になり損ねたのだ。
十波はきっとあの当時、そんな敦司の唯一の癒しだった。
「ばかだね、あの子は・・・。」
「・・・だな。」
こんなに大事に思ってくれている人がいるんだよ。
敦司は何を思っているのか、ぼんやりと月を見上げていた。
月明かりでもわかるほど敦司の頬には赤く平手をしたときの指のあとがはっきりと浮かんでいる。
あ。そうだ、そういえば私思わず思い切り平手したんだった・・・。
これは傍目にもあまりにわかってしまうだろう。思わず、手を伸ばす。
頬に指先が触れてビクっと敦司がこちらを振り返った。
「ごめんね。」
・・・色々と。
敦司が目を大きく見開いた。
「え・・・。いや、別に。」
「・・・帰ろっか。」
石垣を勢いよく飛び降りる。
いつか謝る。十波をこんなに大事に思ってくれている。ありがとうと、ごめんなさいをちゃんと言おう。
だけど、今は十波だ。
切り替えたように振り返ると、なんだったんだとでもいうように複雑な顔をする敦司がこちらを見ていた。