VSリオン(1)
陽は中天から西へと傾きつつあった。
その陽光を受けて甲冑を銀に輝かせながら、ランカスター兵たちは騎行し続けている。彼らは今、横十二、三人✕縦六十人ほどの隊列で進んでいる。このような縦深隊形になっているのは、左右に樹木が立ち並ぶ比較的せまい道を馬で通っているからだ。ディアナ王女は隊列の中央にいる。
いまだ追っ手の部隊との交戦には至っていなかった。後ろから追ってきているはずの敵部隊は、すさまじい速さでずっと進んできたせいか、その速度が少しだけ落ちてきたように見える。それで気をゆるめるはずもないランカスター兵たちだが、その表情から焦燥の色がわずかに薄れはじめていた。
そのとき――。
前方のランカスター兵の目が人影をとらえた。ランカスター部隊の真正面に男が一人で立っている。
金褐色の髪に、青い瞳。両手で地面に突き立てているのは、おそろしく長大な剣、“氷刃”。
「リオン・ドラゴンベイン……」
彼を見知っている者のささやきが、不吉な恐怖をともないながら、兵たちの間を吹き抜けていった。
リオンの武装は軽かった。例の“氷刃”をのぞけば、胸当、首鎧、肩当、臑当……といった程度。この男が重装備を嫌うのは身軽に飛び回るためである。
リオン以外に敵がいるようには見えなかった。彼は飛術で空を飛び、一人だけ先回りしてきたのだ。現に馬に乗っていない。
ランカスター部隊の前方をまとめる副隊長が剣を抜き、叫ぶ。
「このまま突き進め!」
リオンが現れたからといって、ひるむわけにはいかなかった。
「敵は一人! 蹴散らせ!」
これに呼応するかのように、他の兵士たちも鬨の声をあげ、抜剣する。
ランカスター部隊とリオンとの距離が一気に縮まっていく。騎兵たちの猛進に対し、リオンがとった行動はなんと――ただ普通に走って道脇へと移動しただけだった。
怖気づき、よけるためだけに脇へ走ったように、ランカスター兵たちの目には映った。リオンの凡庸な容姿のせいもあってか、兵の中には嘲笑を浮かべる者さえいた。これが本当に驍勇無双と名高いリオン卿か、と。
が、ランカスター兵たちにとって、ここからが地獄の幕開けだった。
兵たちから見て、リオンは左側に移動した。部隊はそのまま突き進んだ。そして――。
部隊の第一列とリオンが横一直線に並んだ瞬間。
長剣を構えたリオンは、馬上の高さまで跳躍した。
刹那――。
怪物が宙を疾走した。
側面から、飛行による突進。リオンは第一列の兵の中を飛んで駆け抜ける。斬撃を閃かせながら。
飛術が可能にする電撃的速度の攻撃。リオンが突き抜けたところ、首が、体が、馬が、舞う。一瞬の速さだった。
一人や二人ではない。リオンが反対側まで飛んだとき、第一列の十二人は全員、斬り裂かれていた。呼吸にして、ひとつか、ふたつの間の出来事。ランカスター兵たちは何が起こったのか瞬時には理解できなかった。――気づいたときには手遅れだった。
絶命、あるいは負傷した第一列の兵士たちが後方に倒れ込む。それに直撃した第二列の兵と馬も後ろへ倒れる。それを受けた第三列もまた――。
このときには、前方部隊の中で叫喚と怒号の協奏曲が始まっていた。兵士と兵士がぶつかる。馬が横転する。転落した騎手の頭部を馬蹄がふみつぶす。部隊の猛進は完全に止まった。
この地獄絵図に、リオンはさらなる血の彩色を加える。
再び、怪物が地を蹴り、土煙が大量に舞った。また横合いからの突進。
リオンが飛ぶように駆ける。一筋の剣光が五人の首をほぼ同時に走る。一刀のもとに五つの首が飛んだ。その一瞬後、さらに四人の兵士を斬る。
部隊の側面まで駆け抜けたリオンは反転し、また飛び、斬り、駆け、連続的に屍を量産していく。
誰も彼を止められなかった。
縦に長い隊形が側面からの攻撃に弱いことは兵法上の常識であるが、それは本来、軍対軍、部隊と部隊との戦闘の話である。何百人という数で構成された部隊が、たった一人の敵に翻弄されるなどという事態はランカスター兵たちの想像を超えていた。
彼らは、リオン・ドラゴンベインという超戦士を甘く見すぎていたのである。
側面からの攻撃を行ったリオンは、その後、上方へ飛んだ。地を蹴った直後には、地上二十メートルの高さにいた。
そこから彼は、ランカスター部隊を俯瞰した。




