俺に狩れない竜などいませんよ
ブリタニアの王都ハルモニア。
豪奢なびろうどの衣服に頑健な体を包んだ壮年の男が玉座に座っていた。――王弟リカードである。
ディアナがロッククリークに身を寄せているという報告を部下から受けたリカードは、ある人物を玉座の間に召し出した。
その人物とは、リオン・ドラゴンベインである。
リオンはこの年、二十三歳。飛術士として戦士として当代最強と称され、ブリタニアにおいて英雄的な存在となっている。
その英雄と聞いたうえで初めて彼を見る者は、高確率で表情に驚きの色をにじませる。
リオンは、武人らしい偉丈夫ではないし、絶世の美男でもなく、理知的な雰囲気の学者タイプでもない。かといって、醜いというわけでもない。容姿はあまりにも平凡なのである。中肉中背で、この国では珍しくもない金褐色の髪に青い瞳の青年。
およそ特徴というものを持っていないが、それはただ外見上のことであるとリカードは知っている。
今、玉座の間にはリカードとリオンしかいなかった。
リカードが苛立たしげに口を開いた。
「どうやらディアナは、ラーザの王子バルドルに助けを求め、奴の赤竜に乗って首尾よく逃亡しておったそうだ。おおかた、ご自慢の美貌で王子をたらし込んだのであろう。小細工ばかりの小娘めが。つくづく、わしを煩わせよるわ」
「ええ」
リオンは生返事をよこした。無表情。いつものことである。
「その後、ディアナとラーザの王子はロッククリークに身を置いておる。おそらく、そこを本拠地にして、こちらに対抗する構えであろう。リオン、お前は軍とともにロッククリークにゆけ。例の赤竜が牙をむけてくるやもしれぬが、何か異存はあるか?」
「いえ」
「うむ。それにしても、ディアナを生かすか殺すか、迷うところよな。昔から何かと反りが合わずしゃくに障った兄レイモンドとは違い、ディアナには取り立てて恨みはない。わしに歯向かったといえど、あれは姪だ。姪殺しの王など、いかにも外聞が悪い。だが、場合によってはやむをえぬか。あやつも大人しく玉座をゆずれば済むものをな」
「ええ」
「…………」
リオンの機械的な返事に、王弟は思わず皮肉をもらす。
「時折思うが、お前は声を出しすぎると死ぬ病気にでもかかっておるのか?」
これに対してもリオンの返答は、
「いえ」
だけときている。
リカードからだけではなく、多くの人間からリオンは親しみにくい男だと言われている。つかみどころがなさすぎるのだ。
その表情には愛嬌や躍動性といったものが欠落している。といって、すました無表情というものでもなければ、気取った無愛想を演出しているわけでもなかった。
リオンは、周囲から隔絶された自分だけの小宇宙に半分ひたっているような不思議な雰囲気の人間なのだ。巨大な武勲をたててきた男でありながら、才気走った受け答えなどあまりせず、軍議でも自ら口を開くことは滅多にない。
そんな性格で、凡庸な容姿のリオンである。「こちらが飛術と竜殺しの天才、リオン卿です」と紹介されても、初対面の者は「本当にこいつがそうなのか?!」と疑問に思わずにいられない。
しかし、リオンとともに戦場を駆けた人間なら知っている。彼の青い目は戦場においては氷の瞳に変貌し、その視線は狙った獲物を決して逃さず死をまき散らす、と。
むろん、リカードもそれを知っている一人である。
「……まあよい」
リオンの反応が無機的なのは今に始まったことではない。リカードは話をもとに戻す。
「お前は一万の兵とともに進軍せよ。ロッククリークの兵力はおよそ四千」
この王都ハルモニアにはさらに膨大な兵力があるが、ディアナを支持する別の諸侯がここに出撃してくる危険性がある。余分な兵力は割けない。といっても――。
「リオン、お前がいれば、ロッククリークごとき一万で充分だ。向こうは打って出てくるまい。ノースモアランドなどからの援軍が来るまで、ディアナたちは籠城戦に持ち込む算段であろうよ。その救援が来るまでに叩き潰し、攻め落とせ」
「承知」
「もしディアナが、ラーザのバルドルの操る赤竜に乗って逃げようとした場合は、お前しか阻止できる者がおらぬ。そのとき、お前の本領発揮となるな」
「承知」
リオンの受け答えは、王弟という最高王族に対しては無礼と言える。他の部下がこのような態度であれば、リカードは決して許さない。端倪すべからざる強さを有するリオンだから許容しているのだ。
とはいえ、リカードも彼に対して嫌味くらいは言いたくなってくるのだろう。
「承知か。お前が二ヶ月前にあの赤竜を殺しておけば、ディアナに逃げられずに済んだかもしれんのも承知しておるのだろうな?」
「はい」
「あの時点では、殺すに足らぬほどの幼竜だったのだろうが、これ以上あの竜を生かしておくと、我が軍に、ひいてはブリタニアに災厄をもたらすのはわかるな? 殺せ。もはや小竜ではない。生まれて数ヶ月にしては巨竜で、しかも火吹きの種類だと聞く」
王弟リカードの鋭い視線は、リオンを見すえた。
「それを操るのはラーザの王子。仕留められるか? 殺竜者?」
普段無表情なリオンの顔に、微笑めいたものが一瞬だけよぎった。
ようやく、リカードが納得するような言葉を彼は返した。
「俺に狩れない竜などいませんよ」




