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ベッドが一台しかない


 夜の暗闇と吹き荒れる風雪のせいで、先に進むのが困難となった。

 

 都合よく廃屋なども見つからず、バルドルとディアナは宿に泊まることを余儀なくされた。

 

 その宿は、一階に小さな食堂があり、二階にこれまた小さな個室が並んでいるという構造だった。

 

 部屋に入った途端、驚きと気まずさが混ざったような空気が二人の間に流れた。部屋は本当に小さく、広いとは言い難いベッドが一台しかない。つまり、バルドルとディアナは同じベッドで寝るしかないのだ。二人の関係はまだ修復されておらず、この状況は気まずさを加速させかねない。路銀の残りが少ないので、二部屋とるわけにはいかなかった。


「あ、あの、僕は床で寝るから、ディアナはベッドで眠って」

 

 ディアナは呆れたように答えた。


「床はせますぎて寝られるはずないわ。そんなに気を使わなくていいのよ」

 

 なるべく人が集まらなそうな宿を選んだゆえ、粗末な部屋で一夜を明かすはめになった。部屋の隅の蠟燭だけが室内を照らしている。二人は備えつけの物干し竿に、雪で濡れたコートをかけた。

 

 それから夕食だ。旅のあいだに寒さで固くなったパンを、下の食堂で買ってきた煮込みスープにひたして食す。それだけ。安宿に安飯。大陸を支配する二国の王子と王女にあるまじき貧乏くささである。

 

 夕餉を済ませたら、二人はベッドに入った。室内も寒いのに、毛布は一枚しかない。それを両方の体にかけるため、互いに近寄らざるをえず、二人の距離はほとんどなかった。ディアナは嫌がっているわけではないが、やや気恥ずかしそうな顔をしている。バルドルも同様だった。今の険悪な関係で、この状況はただただ気まずい。

 

 微妙な空気を紛らわすためか、ディアナが尋ねた。


「霜柱が立つくらい外は冷えてるけど、ドラゴシュは大丈夫かしら?」

 

 ドラゴシュはだいぶ離れた場所に行かせていた。宿のそばにいさせると人目を引くのがわかりきっているからだ。


「竜は寒さに滅法強いから大丈夫だよ。そもそも竜というのは野生の生き物だし、竜舎じゃなくて外で飼う竜騎士もいるんだ。冬でもね」


「そうなの、よかった」


「うん」


「……」


「……」


「……ベッド、せまいわね」


「そうだね」


「私、昨日からろくに髪も洗ってないから、これだけあなたと近いと臭うかもね」


「いや……気にならないよ。僕も似たようなもんだし」

 

 そう言って、バルドルは少しだけ笑った。それでディアナも気まずさが和らいだようだ。


「バルドル、やっと笑ってくれた」


「ずっとトラブルが絶えなかったからね……」


「そうね。でも明日は大丈夫よ。また二人で協力すれば」

 

 少しだけ沈黙したのち、バルドルは重々しく口を開いた。


「……それなんだけど、明日、ロッククリークの城まで行ったら、僕はそこで君のもとから離れようと思う」


「……え?」

 

 すぐにディアナは上半身を起こし、


「どうして?」

 

 と、悲哀を込めた眼差しをバルドルに向けた。バルドルも半身を起こした。


「僕は……もう君のそばにいるべきではないような気がするんだよ」


「そんな……たしかに、今日は私たちずっとぎくしゃくしてたけど……でも私はバルドルに去ってほしいなんて思ってないわ。それに、ロッククリークには行きたくないもの」


「でも、明日からは宿に泊まる路銀すらもない。また今日のような悪天候に見舞われる可能性も考慮すると、ロッククリークに身を寄せたほうがいい」


「仮にロッククリークに行くのだとして、あなたが私のもとを去る必要はないじゃない……」

 

 ディアナが悲痛な口調で言うと、バルドルは力ない笑みを返した。


「僕はこれ以上、ディアナを失望させたくないんだ。僕は、君を目的地まで竜に乗せるっていう本来の役目を果たせなかった。おまけに町への買い出しすらできないしね」

 

 最後の一言をつけ加えるときには、自嘲的な笑みを漏らしていた。


「どちらも取るに足らないことよ。どちらもあなたに非はなかったじゃない。……路銀を盗られたって知ったあと、私が冷たい態度をとったことなら謝るから」


「いや、それは気にしてないし、謝ってほしいわけじゃない。僕が気にしてるのは、きっとこれからも僕の頼りなさゆえに、君をがっかりさせ続けるということで……。何より、また記憶を失ったとき、君に不快な思いをさせるのも嫌なんだ」


「それは……たしかに最初は驚いたわよ。いきなり人が変わったり、記憶がないって言われたりしたときは。でも、それもいつかは慣れると思うし、そんなに気にする必要ないのよ。……といっても、あなたがこの国の争いに、あるいは私に嫌気がさしてラーザに帰りたいと言うなら止められないけど……」


「ディアナに嫌気がさしたわけじゃないよ。それに、今生の別れというわけじゃない。人質っていう自分の立場は忘れてないから、ブリタニアの、王弟派に属さない領地のどこかに行ってもいい」

 

 ディアナは考え込むようにしばらく口を閉ざし、やがて言った。


「そう……あなたがそうしたいなら、わかったわ……」


「うん……ありがとう。――じゃあ、明日のためにも今日はもう寝ようか」

 

 バルドルはそう言って横になった。


「うん……」

 

 まだ納得していない様子で、ディアナも毛布に入った。

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