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その笑い方は、前とは別人のように思えた

 ディアナは、バルドルに対する不信感をぬぐいされないでいた。

 

 ヘクターが殺されたこと以上にディアナが動揺したのは、穏やかで心優しく見えていたバルドルが、無抵抗の人間を殺しても淡々とした様子だったからだ……。

 

 彼女は歩きながら横のバルドルを観察した。

 性格ほどではないが、外見も印象が変わっていた。目元は、優しくぼんやりした感じだったのに、今や氷の刃のように冷ややかで鋭いものに変貌している。やや険のある人相に変わったものの、端麗さは増したように感じられた。背が高くなった気さえするのは、姿勢をぴんと伸ばすようになったからだろうか。彼は急に五歳は年をとったようにディアナの目に映った。


(……一体どうしたっていうのよ)

 

 訝しみながらも、ディアナは足早に歩を進めた。一番の懸念は捜索の兵に見つかることなのだ。

 

 ヘクターたちが乗っていた馬を探そうかとも考えたが、その時間がもったいなかった。それにこの先、馬では通りにくい場所もある。徒歩を選んだほうが無難だった。結局、フェルウッドを出るため、来た道をしばらく戻るはめになった。

 

 ヘクターたちを殺害した場所を去ってから、二人は無言だったが、先に言葉を発したのはバルドルだった。


「さっきのこと、一言言いたくてしょうがないって顔だな」

 

 バルドルは口もとに微笑を浮かべた。以前のはにかむような笑みではなく、皮肉そうな薄笑いだった。


「どうぞ、心の内をぶちまけてすっきりしろよ」


「……あなたがヘクターを殺したこと、私はやっぱり納得できないわ。あれは戦闘ではなく、ただの処刑だった」


「軽はずみにやったわけじゃない。あの殺しには犠牲者を最小限にするという意味もあった」


「というと?」


「さっきも言ったが、ヘクターという奴をあのまま放っておいたら、奴は俺たちのことを仲間に伝えに行ったろう。そしたら、俺たちが近場にいることが他の連中にも知られ、フェルウッドから探索の兵がばらまかれることになったに違いない。奴の前に一人斬り倒していたからな――あれは戦闘だったぞ――仲間を殺された恨みで、奴らは血眼で追ってきただろう。その追っ手を蹴散らすに際してさらに死人が増える」


「それを防ぐためにやったというの?」


「そうだ。複数の死か一人の死かを選ぶと、やはり後者だろう?」


「何だか……詭弁を使ってるというか、偽善的だわ」


「おいおい、自己紹介でも始まったのか?」


「……なによ?」


「偽善者部門では、君は俺といい勝負だろ。というより、君が勝ってる」

 

 ディアナは怪訝な顔をした。


「本当は口で言ってるほど、奴の死を悲しんでるわけではあるまいに。それどころか、心の奥底ではほっとしてるんじゃないか? 俺があの男の息の根を止めたことで危険が去ったのは疑いないからな」

 

 危険が去ったこと自体に対してはディアナも安心感を抱いていないわけではない。それでも、殺してよかったとはやはり思えない。こんな状況でも、人として最低限の節度がディアナには残っている。

 

 だが、それを今のバルドルに説明したところで伝わる気がしなかった。

 

 それにしても、バルドルの口ぶりの変わりようにディアナは戸惑うばかりだった。不遜で皮肉げであり、前はあった可愛げなどかけらもない。この急変ぶりが不思議ではあったが、今気にすべきはそこではなかった。


「私は無闇に非難してるわけじゃないわ。あのとき、他にも解決策があったかもしれないんだから、ヘクターの命を取る必要はなかったと言いたいのよ」


「他の解決策? まさか相手と話し合うとか悠長な方法じゃないよな?」


「そうじゃなくて。さっき、私が落ちるおそれがあるからドラゴシュには乗れないってあなたは言ったけれど、実際にそうなる可能性は低いと思う。だから、人を手にかけるくらいなら、多少の危険をおかしても、私はドラゴシュに乗るという選択肢を選んだわ」

 

 ドラゴシュに乗って飛行すれば、フェルウッドの追っ手から大きく距離を取れる。彼らを振り切れただろう。


「ドラゴシュに乗る――か」

 

 バルドルの顔に納得した様子はなかった。彼は奇妙な言葉を継ぐ。


「別段、適当なことを言って煙に巻くわけではないんだが――今の俺では、昨日よりもさらにドラゴシュをうまく操れない」

 

 ディアナは首をかしげる。


「それは、あなたが少し前に言ってたように、ドラゴシュの制御がきかなくなってきてるから?」


「それもあるんだが、ドラゴシュの問題という以上に、俺の騎竜術の問題というべきか」

 

 彼の言っている意味がディアナにはますますわからない。竜騎士にしか理解できない領域のことなのだろうか。


「とにかく、俺がドラゴシュを昨日よりも操れなくなっているのは確かなんだ。だから、君が思うよりもドラゴシュによる飛行は危険が伴う。もし君が転落したとき、地面に墜落する前に、俺の能力で君を捕まえにいければいいんだがな」

 

 彼の能力というのは、先ほどの戦闘で見せた飛行の能力だろう。


「君にバタバタと何度も落ちていかれたら、必ず救える自信はない。ドラゴシュでの移動を最低限にし、基本的に徒歩で逃げるにしても、やはり危険はあるだろう。どこまで逃げる気でいるかで危険の度合いも変わってくるが」


「ひとまず、ランカスター領ね。あそこなら味方になってくれる可能性が高いわ」


「ランカスターなら、普通の足で六、七日の距離か。ドラゴシュでの移動を加えれば、もっと短縮できるが――まあ、君の言う通り、ヘクターを殺さず、フェルウッドの連中が追ってきたとしても、逃げ切れる可能性はあったかもな」


「だったら――」


「逃げ切れるかもしれないし、無理かもしれない。もし大勢の敵と戦うことになった場合、確実に切り抜けられるかどうか……。君は生け捕りの対象だからいいが、俺はそれすら定かじゃない。もし敵が俺を殺る気でいれば――」

 

 殺すか殺されるかだ、とバルドルは言った。


「結局は俺も自分の命が一番大事なんでね。ヘクターを殺ったことを後悔はしていない」


「……あなたがそう思うならそれまでね」

 

 彼の発言と行為に納得したわけではないということは口には出さなかった。バルドルを巻き込んでる立場ともいえるディアナが、聖人気取りで彼を非難するなど、やはり偽善だろう。


「ただ私は……あなたが冷徹に人殺しができる人間だと思ってなかったから、それもショックだったのよ。何だか……あなたが変わってしまったようで」

 

 これに対してバルドルは、


「そりゃ悪かったな」

 

 と、皮肉めいた返答。

 

 ディアナは軽くむっとして、


「何よ、急に顔つきや話し方まで変えて、『俺』なんて言い出しちゃってさ! そういうお年頃なの?」


「想像に任せるよ」

 

 そう言ってバルドルは、何を意味するのかさっぱりわからない謎の微笑を浮かべた。やはりその笑い方は、前とは別人のように思えた……。

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