生きた化学兵器
そのアサシン竜は、気配を消してやり過ごすつもりだった。その巨体と動きを見ただけで『勝てる相手ではない』と悟り、戦いを避ける選択をした。ごく自然な判断だったと思われる。
けれど、ヒト蛇はそんなアサシン竜の思惑を易々と越えてきた。普通なら見えていても気付かないほどの隠密性を誇るアサシン竜を確実に見付け、狙ってくる。
「!?」
自分が発見され攻撃対象にされたことを察知したアサシン竜は、当然、臨戦態勢に移る。
真向勝負すればそれこそ一瞬で決着がつくだろう。そんなことはアサシン竜自身が一番理解していた。だから真っ向勝負などしない。
狙われていると悟った瞬間に逃げに転じる。ドーベルマンMPMがそうしたように、木の枝や幹を盾とし視界から外れようとする。加えて、
『直線距離としては近いのに実際に捕まえようとすると果てしなく遠い』
という間合いを取る。格上の相手と戦わなければならなくなった時には、当たり前に使う戦術だ。
いかに格下であろうが、こと、『生きる』という点においては単純な戦闘能力など実はそれほど当てにならない。何しろ、野生の生き物に<卑怯>などという概念も<正々堂々>という概念も存在しないのだ。そしてアサシン竜は、意外と知能が高い。自身の戦闘能力がこの密林の中では圧倒的に高いわけでないことを承知しているのか、本当に<暗殺者>のように使えるものは何でも使うということをする者もいる。
この時にヒト蛇が遭遇したアサシン竜も、そういう個体だった。
アサシン竜は、木の幹にとまっていた昆虫を、ナイフのようになった長い爪で器用に引っ掛けてヒト蛇の方へと弾き飛ばした。
瞬間、
パシュンッッ!!
と小さな破裂音が響く。と同時に、
「ガヒッッ!?」
それまでただただ眼前にある対象を惨殺することばかり考えていたかのようなヒト蛇が、一瞬、怯んだ。顔に液体が掛かったのだ。それは、その昆虫が天敵に襲われた時に身を守るために放つ<化学物質>だった。強烈な悪臭と化学反応による高温で、それこそ敵の目を本当に潰すことさえある、
<生きた化学兵器>
だった。ここまで無敵とも言える姿を見せてきたヒト蛇が、体長わずか数センチの昆虫に怯んだのである。
自然というのは実に面白い。そして、それを文字通り<目潰し>として使うアサシン竜もまた、実に狡猾で抜け目ない生き物と言えるだろう。
単純な筋力や牙や爪だけでは決着がつかないこともある。
<それぞれの生存戦略の見本市>
そういうのも、自然というものの姿なのだろう。




