咄嗟の行動
レトは、生きるために自身の力を最大限に発揮した。けれど、ボクサー竜の力はそれを大きく上回っていた。
木に掴まり登ろうとするが、ボクサー竜の方が早かった。グワッと開かれた、無数の牙が並ぶ大きな咢が彼の体を捉えるかに見えたその瞬間、
「!?」
ボクサー竜のちょうど目の辺りに、ガツンと何かがぶつかり、動きが一瞬止まる。それが、彼の命を長らえさせた。辛うじてボクサー竜の牙から逃れ、木を駆け上る。
木の実だ。まだ熟していなくて固い木の実が落ちてきて、ボクサー竜にぶつかったのである。それは、彼が仲間に蹴り落とされた時に咄嗟に掴もうと手を伸ばした時に引っ張られ、枝から落ちかけていた実だった。そうでなければ、まったく熟していないそれは、多少の風に吹かれても落ちることはないからだ。
彼の咄嗟の行動が、彼の命を救ったのである。
とは言え、こんな偶然はそうそう起こらない。起こらないが、それでも彼が生き延びたことは事実だ。
だが、生き延びはしたものの、彼の境遇は何も変わらず過酷なままでもある。
レトは仲間のすぐ近くまで戻ることもできず、やはり少し離れた木の枝で、体を休めた。死線を越えた体は非常に昂っていたが、それを無視するかのように彼は枝の上で蹲った。目立ったことをするとまた仲間に目を付けられると思ったのかもしれない。
すると、そんな彼を離れたところからじっと見ている者がいた。
木の枝に紛れ込むようにして身を潜ませた、アベルだった。人間のようにも見える部分の大きさだと、アベルはレトとそう違いはなかっただろう。しかし、この時のアベルの目は、
『友達になりたそうに見ている』
などというようなほのぼのとしたものではなかった。明らかに、捕食者として獲物を見定めようとしている目であった。
「……」
白くふわふわとした柔らかそうなそれを見て、どのようにして狩るかをシミュレーションしているかのようにも見える。
もっとも、実際にはヒト蜘蛛にはそこまでの知能はないと見られているので、あくまで単に獲物として適当かどうかを見定めているだけかもしれないが。
ただ、レトの方はまったく気付いていなかった。ボクサー竜から逃れられたことで安心してしまったのかもしれない。今、アベルに襲い掛かられると、それこそ一巻の終わりの可能性が高かった。
「……」
そしてアベルは、数分間、睨みつけた後で、ふっと視線を逸らして静かに移動した。そこでようやく、レトも、ヒト蜘蛛の幼体がすぐ近くにいたことを悟って、
「ひぎっ!?」
と声を上げたのだった。




