身勝手で矛盾に満ちた生き物
ヒト蜘蛛の本体は、脚も含めて、細かく短い毛で覆われている。これは、空気の流れを察知する<流体センサー>の役目をしていると同時に、<触覚センサー>でもある。その部分に触れたものがなんであるかを、かなり正確に探知できる。
なので、小鳥が自身の手の届かないところにたかっても、反応しないのである。しても意味がないからだ。
が、蛮の本体にたかった小鳥が、ピョンピョンと移動してきた瞬間、
「ピキッ!?」
小さく悲鳴を上げた。蛮の人間のようにも見える部分が振り返ってその小鳥を捉えたのだ。恐ろしいほどの早業だった。まあ、その小鳥が少々鈍い個体だったというのもあるのだろうが。
いずれにせよ、これにより、
『手の届かない場所にたかっても反応しないが、手の届く場所に来ればその限りではない』
というのが分かる。
そして捉えた小鳥を、蛮は、バリバリと骨ごと貪った。愛らしい小鳥を愛でる感性など持ち合わせてはいない。
『餌になるものなら何でも容赦なく喰う』
それだけだ。
などということもありつつ、蛮は地上に降り立って、縄張りの見回りを始めた。
途中、通りがかった木の幹をネズミに似た小動物が駆け上がっていくのに手を伸ばして捕らえようとするが、今度は上手くいかなかった。いつでも必ず成功するわけでもないのもこれで分かる。
すると、蛮の手を逃れたネズミに似た小動物は、木の幹に空いた<洞>へと入っていった。その奥には、さらに小さな動物の姿。
幼体だった。そのネズミに似た小動物は、我が子のために餌を運んでいる最中だったのだ。
「チイチイ!」
と声を上げる幼体達に、頬袋に入れてあった昆虫を取り出し次々と与えていく。これもまた、<自然の営み>である。
人間はついつい、この種の微笑ましい可愛らしいものに肩入れしてしまいがちだが、これも、蛮がアクシーズを襲って殺して喰ってしまったのも、どちらもあくまでただ<生きるための行い>であり、本質的には何も違わないのだ。
実際、よく見ると、ネズミに似た小動物の幼体達も、親から受け取った、まだかすかに動いている昆虫を容赦なくバリバリと噛み砕き貪っていて、そこには微塵も慈悲はないのだから。
見た目に愛らしいアクシーズには同情し、その一方で生きている昆虫を容赦なく貪っていく小動物の様子を『可愛い♡』などと言ったりする。
人間とはどこまでも身勝手で矛盾に満ちた生き物なのだろうか。
とは言え、それ自体が人間という生き物の<習性>でもあるので、必ずしも批難されるべきものでもないのだろうが。




