観察者としてのロボット
少女のような姿をしたアクシーズの凄惨な死も、ここではそれこそただの<日常の一コマ>に過ぎない。そこには同情も憐憫もなく、人間のように蛮の行いを非難する者もおらず、事実だけが石ころのように転がっているのみである。
ヒト蜘蛛の世界には、人間が営んでいるような<社会>はない。何をしようと咎められることはない代わりに、何をされても守ってくれる者もいない。バドが時折干渉するのは、蛮が観察対象だからだ。
ただし、勘違いしてはいけない。蛮達は何をしても裁かれたりはしないが、同時に、彼らの行いに人間のような<悪意>は微塵もないのだ。人間の行いが時に裁かれるのは、そこに<悪意>が介在する場合が多いからとも言えるだろう。
『野生では何をしても許される! それが本来のあるべき姿だ!!』
的なことを口にして自身の行いを正当化しようとする人間もたまにいるが、勘違いも甚だしい。『本来のあるべき姿だ!!』と言うのなら、そもそも<悪意>を持っていては駄目なのだ。悪意がある時点でそれはもう<本来の姿>などではない。
『人間も所詮は動物の一種に過ぎない』という事実を、自身の悪行を正当化するために利用しようとしても、悪意を持ってしまった時点でもう通用しないのである。
蛮に悪意はない。正も邪もない。人間のように欲望を歪ませてしまったりもしていない。他者を傷付けることを目的にもしない。彼の目的は、ただ、<生きる>ということのみ。彼はあるがままをあるがままに生きているだけである。
<他者を傷付けること>
に喜びを見出したりしないのだ。
それに野生の動物は、他者に被害を及ぼす危険性のある道具を、漫然と使ったりもしない。人間が交通事故などで裁かれたりするのは、結局、他者に被害を及ぼす危険性のある道具、すなわち自動車をはじめとした<車両>などを、他者に被害を及ぼす危険性のあるものと知りながら注意義務を怠り漫然と使ったことで他者に被害を与えた事実自体が不法行為だからこそ裁かれるのである。
バドを運用している者もそれを承知しているからこそ、蛮がアクシーズを襲っても止めるようには命じなかった。人間の<価値観>や<倫理観>は、蛮には及ばないのをわきまえているからだ。
もっとも、人間としての感情の面では必ずしも納得しているわけではないが。納得はできなくても、<そういうものであるという現実>は分かっている。だから口出しもしない。なるべく干渉もしないようにしている。
そういう意味でも、<観察者>としてはロボットは優秀だろう。
人間のように感情に惑わされたりしないのだから。




