俺様>>第一部完的な締めをする
「もう無理帰りたい帰りたい帰りたいかえりたいかえりたいかえりたいかえりたい」
「ちょっとお義姉さまあああ、あんたの旦那さっきから煩いんですけど!!???」
王都から引っ越しする為の馬車の中で、ミアは絶叫した。公爵邸から家具などの荷物を大量に乗せた結果、ミアやアンネマリーは幌付きの馬車の荷台に乗る事となったのだ。
そしてその荷台には、セバスが入った箱もあったわけで。
「んふふふふふん! もう一度言っても宜しくってよですわ、ミア。私の、誰が何ですって?」
フンスと興奮気味に鼻息荒くしつつも、くねくねと体を揺らしているアンネマリーは、とってもウザい。ミアは青筋を浮かべつつ、アンネマリーの肩を揺らして今すぐアイツを黙らせてと言った。
「というかなんで私とお義姉さまは幌付き馬車なのよ!?」
「テオとクリスは馬に乗ってるのでしてよ。フェリクスと公爵夫人が貴族用の馬車に乗ってるから、あんな退屈な空間は御免被るのですわ! それ故に自由で! 開放的な! この素晴らしい幌付き馬車を私の移動手段としたのですわああああ!!!! オーッホッホッホッホッホ!!!! そこの御者は光栄に思うのでしてよおおおお!!!!!」
ミアとてフェリクスは良くても、公爵夫人と顔を突き合わせての長距離移動は嫌である。とはいえこの頭のおかしい義姉と一緒というのも、選択肢を間違えたとしか思えなかった。
「セバスは基本的にこんなものでしてよ。お外に出ると大体こうでしてよ」
「心の底から役に立たない男じゃない」
「頭脳労働専門なのですわ!!」
でもその頭脳が役に立ったの見たことがない。ミアはどうしたって軽蔑の眼差しで、ドヤ顔をしているアンネマリーと箱を見たのだった。
「それにしてもちょっと飽きましたわ。馬に乗りたい気分でしてよ。ちょっとクリス、私も馬にのせるのでしてよおおお!!!」
荷台から身を乗り出したアンネマリーが絶叫し、御者と馬が驚いて馬車が止まった。そしてクリスの悲鳴が聞こえ、そしてついには馬を奪って嬉々として乗っていたわけで。
気がつけば荷台には、箱と取り残されたミアだけになってしまった。
気が付かなきゃよかったと、ミアは早々に後悔した。が、しかし馬に乗れるわけでもないミアは、大人しく荷台に座っているしかない。
箱の方から声が聞こえてきても、無視することにしよう。
「ああああああの、あの」
「………」
「ああああの、あの、あのみみみみみミア嬢」
「………」
「現実に存在する女性はこわこわ怖い怖い」
『ミア嬢、セバスが失神しかかってますから! お願いですから返事くらいしてあげてください!!!』
脳内に声が響いてきたので、ミアは仕方なく、本当に仕方なく返事をしてあげた。
「何よ」
「あああのあのですね、ミア嬢」
「とっとと用件を言いなさいよ」
「あああのあのあのあああああああ」
いいかげんハッキリしろと、ミアは容赦なくセバスの入っている箱を蹴った。荷台にはミアしかいないので、猫をかぶる必要性がなかったからだ。セバスチャンは人としてカウントしてはいけない。
「……僕と、殿下が、け、け、結婚したのは、無かった事には……」
ボソボソと聞こえてきた言葉に、ミアはその事ねと呆れた顔をした。そういえばアンネマリーが婚姻証明書を嬉々としてセバスチャンに見せたとき、変な声を上げて卒倒していたのを思い出した。
「なあに、そんなにお義姉さまとの結婚が嫌なの? っていうか、世界を越えてまでそばに来ちゃうほど、殿下愛が強いんじゃないの、アンタ」
「ででで、殿下は、その、憧れの存在ですゆえ」
あのねえとミアはさらに呆れた声で、そういうのはどうでも良いのと切り捨てた。
「好きか嫌いかじゃ、どっちっていう話してんの。好きなら良いじゃない、結婚したって」
「そんなの無理です!!! 三次元の女性は恐ろしいのです。二次元の女性こそ至高なのですぞ!!!!!」
こんなののどこが良いんだろうと、ミアは思った。思ったがしかし、これが義兄になるわけで、一応御使い的な存在だったりもする。
腕を組んで唸った後で、ミアは箱を蹴り上げて破壊した。
「うえええええっ!!!!??? なななな何事ですか!!??」
「んもう、面倒臭いったら! 良い事、アンタは栄えある殿下の僕倶楽部の会員No.1なんでしょ! だったら殿下の望みくらい、叶えてあげなさいよ!! ……それとも、殿下の望みを叶えられないアンタは、果たしてNo.1を胸を張って名乗れるのかしら?」
「そ、それは……」
言い淀むセバスに対し、ミアはさらに詰め寄った。
「だいたいさぁ、アンタ女性が苦手っていうけど、そもそも友達も少ないじゃない。人付き合いも出来てないわよね」
「そんな本当の事を言わないでください! 傷口が広がりますぞ!!!」
半泣きのセバスなど気にせず、ミアは指先を突きつけ言い放つ。
「そんなアンタが、心底一緒に居たい相手ってのが殿下でしょ!! そしてその殿下の見た目が、ストロベリーちゃんに激似なんだから、一石二鳥どころじゃないじゃないの!!!!」
出来れば指摘したくない事であった。
最近、リュートが脳内会話で絵まで送ってくるようになり、魔法女海賊ストロベリーちゃんの絵本の内容をミアは知ってしまったのだ。心の底からしりたくなかった。
そしてその絵の特徴が、どうしたって目の前にいる義姉アンネマリーに当てはまっているわけで。
ミアの指摘に、セバスチャンは困惑した表情を浮かべた。そして、えっ、いやそういえば、考えてみればと、ブツブツと呟き始めている。
「アンタ今まで気付いてなかったの? もうちょっとお義姉さまの事、見てあげなさいよ」
「じょ、女性をみだりに見るのは、紳士としてどうかと思いますぞ」
「普段の態度はどうだっていうのよ」
呆れつつもミアはセバスの襟首を掴み、荷台の端へと引き摺り出した。そして強引に顔を出したセバスチャンの視線の先には、楽しそうに馬に乗るアンネマリーの姿があった。
「オホホホホホ!!! オーホッホッホッホッホ!!!!! あらセバス、どうしたんですの!? 馬に乗りたくなったのかしらですわ!? 一緒に乗りましょ!! 楽しいですわよ!!!!」
そう言って笑みを向けるアンネマリーは、光り輝いているように見えて。
初めて会った時も、その次に会った時も。それから、そう、それから、死ぬ事を義務付けられたあの薄暗い部屋の扉が開かれた時も。
いつだってセバスを、光の中に導くように手を差し伸ばしてくれていたのだ。
自分の唯一の理解者で、誰よりも大事な人。
そこまで考えて、セバスチャンは漸く思い当たった。
三次元の女性は恐ろしいが、中身が殿下なら恐ろしくない。ミアの言う通り、ストロベリーちゃんそのものの容姿である。
セバスチャンがいつか夢見た、ストロベリーちゃんの世界へと行って、その活躍を目の前で見るという事が、今まさに出来ているかもしれぬという事実。
しかも殿下は、自分のことが好きというか結婚相手……。
あれこれ、すごくすごく、死んでも良いくらい幸福なことでは、と。
失神しかけたセバスは、そのまま荷台に倒れた。ミアは呆れたが、アンネマリーが驚き荷台に飛び乗ってくる。
そしてセバスの頭を膝に乗せ、その手を握って心配そうに見つめてきた。その顔は、セバスの知っている殿下の顔ではなかったけれど、それでもやっぱり殿下そのものの表情であった。
「大丈夫かなのでしてよ、セバス! 傷は浅いですわ!!!」
「傷なんかついてないじゃないの」
「セバスは繊細な生き物なんですの! 馬車酔いとかしちゃうんでしてよ!」
アンネマリーとミアが言い争っているのを見ながら、セバスチャンはあのと声を掛けた。
「…あの、殿下。……アンネマリー。ずっとこれからも、お慕い申し上げますから、……どうか宜しくお願いします」
「………っ!!!!」
アンネマリーの目が大きく見開かれ、無言でセバスチャンを凝視した。ミアはそれを見て、いまそのタイミングで言うのと思ったが、何の反応もないアンネマリーを訝しく思った。
てっきりアンネマリーの事だから、絶叫するとか高笑いを連発するとか、それくらいすると思ったのだけれども。
えっ何事とミアは恐ろしい物でも見るかのように、アンネマリーの顔を見る。荷台の後から馬で追いかけていたクリスもまた、いきなり静かになったアンネマリーの様子に、何があったのか興味津々な顔で覗き込んできていた。
全員が固唾を飲んで見守るなかで、微動だにしなかったアンネマリーの顔が、いや全身が急速に赤くなっていく。
そして湯気でも出ているのかと思える程に真っ赤な顔のアンネマリーが、上擦った声で言った。
「……ひゃっ…ひゃい」
噛んだ。しかも照れている。あのアンネマリーが。照れて噛んだ。
その事実にセバスは失神し、ミアは全身がむず痒くなり荷台から叫んだし、クリスは馬を嘶かせて全力疾走した。
相変わらず大騒ぎしている娘達を、それぞれの婚約者と保護者は呆れながら苦笑して見守ったのだった。
多分間違いなく、行き着いた先でも、この騒がしくも愉快な日常は変わらないと確信してだ。