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第二十七話〜東三条殿〜

 貞元三年十月二日(978年11月5日)、頼忠は太政大臣を兼任し、人臣として最高位とも言える関白太政大臣となった。


「……で、なぜ兼家様を右大臣になさったのでしょうか? あの方は主上の……」


「主上の外戚だから、ですよ。確かに私も兼家殿を良くは思いませんが、しかし主上の女御様を娘に持つ方を無視も出来ません」


「ですが、事によっては頼忠様の地位を奪いかねない相手で御座います。不用意な昇進は……」


「いずれにしたところで、私は一上(いちのうえ)ではありません。此度の人事に文句があるなら、左大臣殿に言って欲しいものです」


 今の左大臣は……確か雅信だったか。あの老人なら確かに厳格な基準を以て任免を定めるだろう。この線での兼家失脚ルートは駄目だ。


 *>────<*


 さて、その前にまず兼家周りの整理をしておこう。

 藤原兼家──藤原氏北家九条流の生まれで、前関白である故藤原兼通の弟にあたる。私がこの時代に来たときは正五位下の小納言だったが、本日付で従二位右大臣である。

 遡ること昨年の同じ時期、兄の兼通と出世を争っていた兼家は右近衛大将を辞任させられて閑職へ追いやられた。大鏡にも「この殿たちの兄弟の御中、……」と記された出来事で、恐らく日本史上最も政治的な兄弟喧嘩であろう。掻い摘んで説明すれば、三途越え間近の兼通を見舞いもせずに兼家が関白職を円融帝に要求しに行ったため、兼通がキレて最後の除目で兼家を窓際に追いやったのである。

 この除目によって兼家は塗炭の苦しみを味わう事になるのだが、結局関白の位は兼通と懇ろであった頼忠に引き継がれたのである。因みに、兼家から剥がされた右大将の職は藤原済時(なりとき)が名乗り出て任ぜられている。


 もうお分かりだろう。兼家にとって頼忠とは「憎むべき兄の味方」であり、さらに「関白を横取りした憎い奴」なのである。また幸か不幸か、先々月に円融帝が女御宣旨を下した藤原詮子(せんし/あきこ)は、紛うことなく兼家の娘である。再来年にこの女御は1人の男子を産むが、その子こそ未来の一条帝となる。


「……まああれです、よしんばあの女御様が男の子を生まれたとして、流石の兼家殿も強引な譲位とかは迫らないでしょう。心配には及びませんよ。では失礼」


 史実ではこの頼忠の予想を裏切る事になるのだが、勿論そんなことを知る由もない関白殿は豆大福を2つ平らげて自邸に帰っていった。片方は私の分だったんだが。


「……で、旦那様、次は何をなされるのですか?」


「いや、何もしないよ。というよりだね、参議の身分で出来ることなんて限られているもんだよ。まさか実力行使に出るわけにはいかないし、叩いて出すための埃をちまちま集めるしかないでしょ」


 兼家と面識はあまりないが、私が現状頼忠寄りで動いている以上は私も敵と見ていると思われる。故にもし権力を握られれば、きっと私は美月君を守り切れなくなるだろう。それを避けるためにも、何としてでも彼を引き摺り下ろさなければならない。


 タイムリミットはあと8年。焦るほどではないが、楽観視する余裕はない。

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