第二十五話〜部類記〜
「……あの、旦那様。巻物を大量に散らかして、何をしてらっしゃるのでしょうか?」
「……ん? ああ、実は部類記を作ろうと思ってね」
何十本もの巻子本に囲まれながら、私は筆を動かす手を止めずに答える。この作業を始めて早2時間、もう目がつらい。
「ぶるいき?」
「そう。日記から特定事項についての記事を抄出して、別冊として纏めたものだ。大抵は記事を切り貼りするから、まずは写本を作らなきゃいけないのよ」
「はあ、なるほど。でも、こんなに日記書いてましたっけ?」
「これはねぇ、私じゃなくて実頼のさ」
「……ああ、あの人ですか」
今は亡きあのお方から託された、この膨大な日記史料。ただの日記と侮るなかれ、これは後世の故実家や歴史学者にとって黄金にも等しい超貴重資料群なのだ。
「この日記の内容は大部分が宮中儀礼や慣習の話でね、実際には近代まで残らなかったものだ。それを保存し得るチャンスを手に入れて、実行しないわけにはいかないじゃない」
「学者としての使命みたいなものですか。で、何故散逸したのですか? 史実なら頼忠様が保管していらっしゃったのでは?」
「いや、あの方は良いんだけどね……」
問題はその息子、あの「三船の才」として天下に名高い藤原公任なのである。今年で確か、数えで12歳だったか。
さて、史実において公任は部類記を作ろうとして、事もあろうに原本を直接切り貼りしたのだ。当然日記のほとんどは紙屑と化し、さらにこの部類記さえも最終的に鎌倉時代ごろまでに散逸したと考えられている。よって原本は勿論その内容を伺い知り得るものも残存せず、ただ公任の著書『北山抄』の註にそれらしきものを見るのみである。
「……なるほど。でも、これは旦那様が日記を預かっていれば済む話では?」
「いやまあ確かにそうだし、頼忠様からもそうして欲しいと言われているんだけどねぇ。ずっと預かりっぱなしでは不安だし、せめて何か後世に残せはしないかとね……」
「旦那様らしいと言えば、らしいですね。夕食になったらお声掛けしますので、どうぞごゆっくり」
美月君はそう言って去っていった。一日二日で終わる量でもないが、まあ気長にやればいいか。
さて、今までこの作業に踏み切らなかったのにはちょっとしたわけがある。とは言っても単純な話、歴史の改変になりやしないかと怖かっただけなのだ。去年の地震でその辺りを割り切った──振り切れたとも言うか──ので、今こうして史実からそれた行動に出たわけである。
「まあ、これで変わるとは限らないけどね……」
史料が全て残るとは限らない。この部類記さえも、もしかしたら予想だにしない要因で失われるかもしれない。現代で眺めているのは、そうした可能性から生き残った精鋭達である。
願わくば、私のこの足掻きも精鋭たらんことを。
美「旦那様は日記に何か名前付けないのですか?」
義「君は自分の日記に『野寺家メイド日記』とかって名付ける?」
美「死んでも御免被りたいですね」
義「そういうことよ。御堂関白記とか和泉式部日記とか、ああいうのは後世の人間がそう呼ぶだけさ」




