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第二十一話〜豌豆瘡〜

 ─ マスク、良し。手袋、良し。石鹸も間に合いました。


 石鹸なんてよく作ったね。我ながら無茶を言ったと思うのだけれど。


 ─ メイドですから。


 メイドっぉぃ。さて、今回これだけのものを用意してもらったのは他でもない。これからの時期は天然痘が流行る。


 ─ 旦那様、ノストラダムスになられたのですか?


 誰が予言者じゃい。今年の夏、つまり天延二年八月〜九月(974年8月〜10月)にかけて天然痘が流行っていたことが記録されている。今回の講義は、これに加えて古代日本における天然痘史の概観を行う。


 ─ だからあの装備ですか。効くんですか?


 飛沫感染と接触感染らしいから効くんじゃない? 分からんけど。大体僕らの時代には根絶されてるわけだし。

 それはさておき、日本における天然痘の始まりは6世紀後半になる。この時は仏教崇拝の祟りと扱われたらしい。時の帝は敏達帝で、崩御の原因として天然痘の可能性が指摘されている。もちろん確かめようはないけどもね。

 次の大流行は奈良時代、天平七年(735年)から天平十年(738年)にかけて全人口の25〜35%が死亡したとされる。死者の中には政治中枢を握っていた藤原四兄弟、すなわち武智麻呂(むちまろ)房前(ふささき)宇合(うまかい)麻呂(まろ)の4人も含まれていて、これによって政務は停止。聖武帝の連続遷都と大仏建立の近因になった。多数の農民が罹患したことで農業にも支障が出て、飢饉も同時に引き起こしたとか。墾田永年私財法はこれによるダメージの回復を目指したものだと指摘する研究者もいる。


 ─ ……なかなか、こう……エグいですね。


 天然痘だからねぇ。致死率も高いし、この時代ならしゃーなし。

 この時代での呼び方は「豌豆瘡(わんずかさ)」或いは「疱瘡」で、記録されている症状から見ても天然痘だということに異見はないね。


 ─ この時代ではどうなんですか?


 この辺りから天然痘はエンデミック化、つまり大規模感染は起きにくくなる。実際今回の流行も数ヶ月で終わるしね。

 尤もこれが何の影響もないわけではなく、殿上人でも何人か命を落とすことになる。それが道長の出世につながったと考える研究者もいる。


 ─ では、未来は?


 鎌倉以降は門外漢だけども、まあ概観なら。

 江戸時代後期に牛痘法が輸入されるまで、天然痘は「みんながかかり得る病」の地位を恣にした。帝も何人か罹患しているし、近世の東山帝も天然痘が原因で崩御した。それゆえか「疱瘡神」なる神が生み出され、悪神として祀られることになる。赤べこが赤いのは、疱瘡神除けの赤だからだね。

 最終的に日本で根絶されたのは1955年、世界的な根絶は1980年。人類が唯一、そして初めて根絶した有害な感染症だね。ただし、2015年の段階でウイルスの人工合成についてその可能性があることをWHOが認めている。そのため、ワクチンの備蓄は複数の国で行われているね。


 ─ 最後の方、私達にはあまり関わりもないのでは?


 現代に生きていたならテロの可能性とかあったんだけどねぇ。この時代にあっては罹らないように用心して、万が一罹ったら諦めるしかないでしょ。飛沫防止と接触機会僅少化、これを徹底しよう。


 ─ 珍しく綺麗に纏まりましたね。


 じゃかあしい。

美「実際、これで感染予防とか出来るんですかね?」


義「医者じゃないから何とも言えない。やらないよかマシじゃない?」


美「念のため消毒用のアルコールでも用意しますか。清酒はあるので蒸留すれば作れないこともないですが」


義「諸白使うのは勿体なさすぎるので却下」

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