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閑話乃二〜かんわのーと〜

 ○-○──鹿肉のステーキと山葡萄のワイン──○-○


 今、目の前にある台盤に不思議なものが並んでいる。

 一つは肉料理。厚さは1〜2cmほどで、現代ならば誰が見ても「これはステーキだ」と分かる代物である。上にはいつの間に作ったらしいバターが乗っており、食欲をそそる。はてさて、これは何の肉なのやら。

 もう一つは飲み物。湯呑みのような茶碗に注がれているが、香りからして酒であろう。赤いのは気のせいだと思いたい。


「……これは?」


「鹿肉のステーキと、山葡萄を使ったワインでございます。焼き加減はミディアム、ワインは赤をご用意してございます」


「見りゃ分かるわ。何処で手に入れたのこれ」


 鹿肉についてはそれほど難易度の高いものでもない。(なます)として食べる機会は幾らでもあった(寄生虫が怖いので食べなかったが)し、特別禁止されている訳でもない。尤も、ステーキに出来るような大きさの肉を、ただでさえ獲りにくい夏の時期に如何にして手に入れたのか。


「鹿肉は、せっかく時期なので私が狩ってきました」


「狩って来た!?」


「山葡萄も自生していたので、馴染みの寺にやって貰いました」


「やって貰った!?」


 馴染みの寺とは、恐らくこの家の寺だろう。俗に言う氏寺で、名前は確か「応宝(おうほう)寺」だったか。宝亀年間から天応年間に掛けて建立されたのでこの寺号らしいが、もし本当なら創建180年ほどである。今は亡き父の菩提を弔っているのもこの寺だ。馴染みと言うほど通った記憶は無いが……


「しばしば外に出かけるときに、よく寄るのですよ。去年の秋頃に樽を置かせてもらったのですが、良い出来です」


「……日本のアルコール史が変わらないことを祈ろう……」


 ステーキの出来も最高で、赤ワインが実に合う料理だった。まさか平安時代に洋酒を飲むとは思いもしなかったが。

 このメイド、そのうち焼酎か何か作る気じゃなかろうか……?


 ○-○──頭弁はつらいよ──○-○


「今までの比じゃなく忙しい。死にそう」


 関白殿(ジジィ)に押し付けられた左中弁と蔵人頭、こんなに忙しいのか。史料だけでは分からない大発見と言える(現実逃避)。


「それぞれの官職は、何をするのですか?」


「左中弁──弁官局としては八省と納言の取次、諸国からの庶務処分、宣旨や官符等の太政官内における文書作成一切。蔵人頭は蔵人達の実質的な統率。両方を兼ねると頭弁(とうのべん)とかって呼ばれる」


「ああ、古文で聞いたような気がします」


 弁官と蔵人頭、これは何れも実務処理能力が重視される官職である。この上を目指そうと思うと次は参議が待ち構えており、そこから少納言や大納言などの納言へ昇る。つまり、公卿の入り口であると言えよう。

 それはさておき、この時期の蔵人頭は確か藤原済時(なりとき)や藤原元輔(もとすけ)だったはずである。勧修寺(かじゅうじ)流や日野(ひの)流などの藤原北家が務めるのが慣例だったような気がするが、この時代の慣例主義を破るのは些かまずいのではないだろうか……?


「些かどころかがっつり良くないんだけどね。事実上の後ろ盾が関白様だから誰も何も言わないってところだろうけど、本来なら大分問題だよねぇ」


「旦那様、まんまと実頼様に嵌められたのでは?」


「そんな気がするわ……」


 いずれやらねばならぬ政治とは言え、いきなりスパルタ的に投げ込まれてもどうしようもない。こちとら一介の歴史学者でしかないんやぞ。


「それは今までの行いが返ってきただけでは? 大学でもそんな感じでしたし」


「正論DVやめて」


 平安貴族がみんな暇でのんびりしてると思ってた奴、それは大きな間違いだぞ。本当は死ぬほど忙しいんだ。なにせ扱うのは政治だからな。そこんとこよろしくな。

皆様お馴染み、作者の一条でございまする。どうもどうも。


ようやっと2つ目の章が終わりましたよ、ええ。次からは新章に入りますんで、そちらも何卒。

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