『16歳前日 ⑧』
そこにいる全員が、トリジンの言葉を聞き漏らさない為に、静かにトリジンを見守っている。
「コケ!魔王様からの伝言だ。明日が呪いの期日だ。最後の晩餐をしっかり楽しむがよい」
――――静寂がその空間を支配する。トリジンが次に紡ぐ言葉を全員が待っている。
そして静寂が5秒、10秒と過ぎていく。
・・・・・・・・・・・・。
「え?それだけ?」
静寂が30秒を過ぎた辺りで、少年が沈黙に耐え切れずに口を割った。
「コケ!」
自信満々にトリジンが頷いた。
「そんなん当たり前のように知っとるわあああ!!!!」
瞬間的に真っ赤になったアカシが、間髪入れずに小刀を振りかざす。
アカシの戦闘レベルは決して高くは無いが、彼が作った小刀は素人が扱っても高い殺傷能力を有する程の業物である。
今度はカレーもトリジンにあきれ果てたのか、アカシを止める気は無いようだ。
怒りに任せたアカシの刃の切っ先がトリジンの脳天めがけて振り下ろされた。
「コケええええええっ!」
トリジンは渾身の力を使って、眼前に迫る小刀を左右から両手で挟み込み、自身の顔面の前で止めてみせた。
パチパチパチパチ―――――おもわず少年が拍手を送る。
「さすが魔人。よく止めたね」
「コケ。これくらいなら余裕だ」
トリジンは両手で小刀を挟んだまま、少年に余裕のキメ顔を見せた。鶏冠が青いので折角のキメ顔もしまらないのはこの際黙っておこう。
次の瞬間、両手で挟んだ小刀に新たな力が加わり、慌ててトリジンも力を込めて小刀を抑え込んだ。
眼前に見えるアカシの顔は、真っ赤になり、さらに怒りの表情になっている。
なんとか切りつけようと顔を真っ赤にして力を入れるアカシ、なんとか逃れようとその小刀を押し返そうとするトリジン。
「コケ!!なんて力だ!!」
「こちとら、鍛冶仕事で鍛えてるんだよ!!」と、さらにアカシは力を込める。
すこしづつ、押し込まれ始めたトリジンであったが、さっきまで青かったトリジンの鶏冠が少しずつ赤くなりオーラをまとい始めた。
赤いトリジンになって通常の3倍の力で押し返そうとしているのだ。
「・・・・・そこまでだよ」
瞬間的に二人の間に立ったカレーが、右手でトリジンの頭を掴み、左手でアカシの小刀を掴み、いとも簡単に二人を引きはがした。
カレーに掴まれたトリジンの頭は軋み、「コケケケケ・・・・」と弱々しく鳴いて苦痛に顔をゆがめている。
そして、反対の手でカレーに掴まれたアカシの小刀は、ぐにゃりと折れ曲がってその機能を失ってしまっていた。
カレーが手の力を緩めると、再び青い鶏冠に戻ったトリジンが、へなへなとその場に腰を落として座り込んだ。
アカシは、曲げられた自分の刀を恨めしそうに見ながら、しぶしぶと後ろに下がる。
「・・・・これでいいんだよね?」
カレーは少年を見上げると、少年は二コリと微笑み大きく一度頷いた。
「なんで止めたんや」
カレーを使って自分を止めたのが少年の指示だと分かり、アカシは憤りを感じながら少年に質問した。
「さっきのトリジンのメモ、真っ黒だっただろ?」
そう言うと、少年は足元に落ちていたトリジンのメモを拾い上げた。
改めて見てもすっかり炭化してしまって、その文字を読むことが出来ない。
「でもさ、トリジンの胸ポケット見てみてよ。そんなに焦げてないよね?」
小人達が一斉にトリジンの上着のポケットに目をやる。
確かにグリンの魔法により、所々焦げているが、メモが入っていたポケットの場所が燃えた形跡は無い。
「そうか、そういう事ダガネ・・・・!魔王め・・・・」
黒い帽子の小人―――ダークが何かに感づいた様子で、思わず天を仰いだ。
「どういうことや?自分だけ納得せんと、儂らにも説明せんかい」
アカシが、ダークに詰め寄る。
「トリジンのそのメモ書きは、熱によって炭化しやすい素材で予め作られておったという事ダガネ」
「グリンが火の魔法を使う事を前もって予想してたんだろうね」と少年が補足を入れる。
メモが入っていたポケットは焦げていないのに、紙は真っ黒になっていた。ということは、これは誰かが意図的に黒くなりやすい素材でメモを作ったということだ。
そして、それが出来るのはトリジンにメモを託した辺境の魔王ただ一人である。
「物忘れが激しい魔人に、熱ですぐに消えるメッセージを託す時点で、メッセージの中身にそれほど意味は無いって事だろうね」
少年は肩の上のクロに視線を向け同意を得ようとするが、クロは黙って肯定も否定もしない。
少年は構わず言葉を続けた。
「魔王の一番の狙いは、俺だろ。おじさん達が俺にずっと隠してきた呪いの存在を、俺に気付かせるためだけにこの魔人を使ったんだろうね」
小人達は一斉に息をのんだ。
先に事情を理解していたダークだけは、なんとも言い難い表情で虚空を見上げている。
「儂らに呪いの期日を伝えるというのは建前で、実はお前に呪いの事を知らしめるのが目的やったという事やな」
アカシは、腕組みをして唸った。
他の小人達も一様に渋い表情をしている。
小人達は少年に対して、この16年間徹底的に呪いの事を隠してきた。
明日も事実は告げずに儀式を少年に行わせ、自分たちは人知れず死ぬつもりでいたのだ。
その目論見はつい数十分前まで成功していたのだが、辺境の魔王の謀略によってこの16年の努力が霧散してしまった。
「とんだ嫌がらせやで」
アカシは虚空を見上げて唸った。今日という日に呪いの事をバラすあたりがいやらしい。
「そうか?俺は感謝しているよ。いろいろ知るきっかけになって逆に有難いよ」
少年は笑ってクロの頭を撫でている。
「儂らを恨んでへんのか?」アカシが訝し気に少年の様子を見ている。間髪入れずに「まさか」と少年がおどけてみせた。
「きっとおじさん達は俺の事を思って秘密にしてくれてたんでしょ?だったら恨むとかなく無い?」
少年がみせた表情に小人達は『どきり』とした。
少年の顔にかつて自分たちが慕ったフローラの面影がだぶったからだ。
「我々の育て方は間違いじゃなかったダガネ」ここまで真っ直ぐ育ってくれた少年の姿に、こみ上げるものがあったが、今は泣く時じゃないとぐっとこらえる。
少年は腰をかがめてトリジンの顔の高さに視線を落とした。
「んで、もう他に何も知らないんでしょ?」
少年の言葉にトリジンは何度も顔を縦に振っている。
「コケ!俺様は、メモが無いと何も覚えられないのだ!」
と、得意げに胸を張ったトリジンを見て、クロが「鳩胸」と呟き、先ほどの事を思い出し口元を綻ばせた。
「ま、役目も終えた事だし、鶏肉になりたくなければとっとと帰りな」
少年の思わぬ一言にトリジンは目を丸くして動きが止まってた。
カレーとグリンの圧倒的な戦力の前に、助かるとは夢にも思っていなかったからだ。
「・・・・コケ?いいのか?俺はまたお前を襲うぞ」
「かまわないよ」
「コケ!俺はお前に助けられたことなんか忘れてまた襲うんだぞ!」
「だからいいって」
「コッコッコッコケーーーー!!!」いつの間にかトリジンが号泣している。
少年の優しさに当てられて号泣しているトリジンを見て、小人達もすっかり毒気を抜かれてしまい、トリジンの事は少年の判断に任せる事にしたのであった。
それに今は、トリジンをどうするかを考える余裕も無い。
マツオカを除く6人の小人達の頭の中では、どのように呪いについて少年に話をするで一杯になっていた。
マツオカは一人、少年とトリジンのやり取りに胸を熱くし、号泣している。
少年は、親指を立てて「感動した!」と、肩を叩いてくるマツオカを無視して、グリンに魔法を使うよう促した。
「じゃあ、グリン空間転位魔法で、魔王のところへ帰してあげてくれないか?」
「クシュン!わかったよ」
グリンは一つ大きなくしゃみをすると、空間転位の呪文を唱え始めた。
トリジンの周囲の空間に歪みが生じ始め、トリジンの体を包み込み始める。
「コケ!このご恩は絶対忘れないよ!」
トリジンが涙ながらに叫ぶ。
「絶対忘れるクセに」
少年は、笑顔ではにかんだ。
空間の歪がトリジンの体を完全に包み込んだ。
後は空間転位魔法を発動して目的地へ転送するだけだ。
『強制空間転位魔法、バシルーあ、、、クシュン!』
「コケー!!!さようならああああ・・・・・。」
バシュウウウウウウウウ!!
空間の歪が消失すると同時に、トリジンの存在はその場から完全に消失した。
「グリン、今呪文失敗したよね?」
「最後にクシャミしちゃった。てへ」グリンは、舌を出してはにかんだ。白髭生やしたおじさんがはにかんでも、そこに可愛さは微塵もない。
グリンは、魔法のマスタークラスだが、鼻炎でたまに魔法の詠唱を失敗するという弱点を持っていた。
「呪文の発動の最後でクシャミしたから、一応転送はしたみたいだけど、トリジンどこ行ったか分かる?」
少年は、さして期待せずに質問した。失敗した魔法がどのような効果を発動したかは、術者にもわからない事が多いからだ。
「んー、わかんない。異次元かな?てへへ」再びグリンは、舌を出してはにかんだ。当然だが、そこに可愛さは微塵もない。
「異次元って・・・・・」想像の斜め上の返答に、思わず少年は絶句し、腕を組んで考え込んだ。
「トリジンが異世界に転生して、勇者になった件とか・・・・まさか無いよね?」
その少年の独り言のような呟きに、肩の上のクロは「あるかも」と妙に納得した表情で頷くのであった。
トリジンよフォーエバー。
黒い帽子の小人 → ダーク
赤い帽子の小人 → アカシ
白い帽子の小人 → ハクエイ
ピンクの帽子の小人 → マツオカ
青い帽子の小人 → アオキ
黄色い帽子の小人 → カレー
緑の帽子の小人 → グリン