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異端聖女の魔王領ガラス革命  作者: 月渚


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1/3

1. アイラ不在、城の日常

 

 城の執事であるローレンスは滴り落ちる汗を拭いもせずに立っていた。

 橙色の炎が唸る炉は工房を熱し、空気そのものがゆらゆら歪んで見えた。

 熱耐性のあるローレンスでもこの場所に長くは居られない。


(アイラ様〜早く帰って来てください)


 そろそろ意識が飛びそうだった。


 動けずにいるのは、目の前の主があまりにも繊細な作業をしているからだ。

 ガラス製の龍を作っているようだ。

 未完成でも息を呑むほどの美しさだ。


 パキッ!


「あっ……」


 ベルフィートは、この世の終わりのような顔で小刻みに震えていた。



「はぁっ……」

 ローレンスは自分の存在を忘れているであろう主に聞こえるようにため息をついた。


「魔王様! そろそろお仕事をしてください。バルトム商会の者が来ております」


「アイラに任せてある」

 ベルフィートは、今しがた自分のミスで割れてしまったガラス片を撫でながら頬を膨らませた。


(子供ですか……)

 ローレンスの口から本音が小さく溢れる。


「そのアイラ様が不在だから申し上げているのです。さあ、着替えの用意はしてありますので早くしてください」


「そなた、アイラが居ないと強くでるな?」


 ぐっ……

 図星だ。

 アイラ様の思考はいつも理解不能だ。

 それでいて最適解を一瞬で導き出す。

 全てを見透かされている気がして恐ろしい。

 更に、魔王であるベルフィートをただのコマとして扱う。

 何より怖いのは悪意が無いということだ。


 ローレンスは、聖女が恐ろしいと言われる理由を日々思い知っていた。



「アイラを呼び戻せば良いでは無いか」


 応接室に向かう廊下でまだブツブツ文句を言っている世界最強を無視する。


「コンコン……」


 穏やかそうな白髪の老人。その後ろには、にこやかに笑いながらも隙のない若い男が立っている。アイラ様が好みそうな者たちだ。


「セオドア殿、お待たせして申し訳ない」


 本来主が言うべきセリフだが仕方ない。


「とんでもないことでございます。魔王陛下におかれましては、お忙しい中時間を割いて頂き恐悦至極でございます」


 深々と頭を下げる。

 この人間たちもまたアイラ様のコマだ。


「ご依頼のあった絵の具と、ステンドグラス用の絵画でございます」


「おおー! 頼んでいてくれたのだな」


 先程の不貞腐れた顔はどこへやら。


「アイラ様のお話では、何やら“かがくはんのう”? で思い通りの色が出ないとのことでしたので染料職人に研究させてございます」


「うむ、さっそく試してみねばなるまい」


 立ち上がろうとするベルフィートの上着の裾を掴んで座らせる。


「こほん……絵画の方ですが、魔王城の天守近くに嵌めるものと伺いましたので、一級の絵師に描かせました」


 そこには光に包まれた黒髪の少女と、闇に包まれた瑠璃色の髪の魔族が手を取りあっている姿が描かれていた。


(いや……こんなロマンチックなお二人ではないぞ)

 絶対に!


 ローレンスは作り付けの笑顔で

「美しい絵画でございますね」

 とだけ言った。


「うむ、これならばアイラも文句は言うまい」


 以前に商会が持ってきた原画を見せた時アイラ様は

「この配色ですと、季節ごとの太陽高度を考えるとこの部分のコバルトが死んでしまいます」


 とかなんとか言っていた。

 その場で理解出来たものはいないだろうが、恐らく何かしら不都合があるのだろうと、描き直させたのだ。


「苦労かけるな、セオドアよ」


「いえ、アイラ様とお取引させて頂いたお陰で、我が商会は帝国一の利益をあげております。さらに現在進めておられる事業につきましても是非とも協力させて頂きたく」


 アイラ様の話は一割理解できれば十分。

 一度でもアイラ様のもたらす利益を知ってしまえば誰も逆らおうとは思わない。


 一年前のあの日――

  魔王領に捨てられるように現れた聖女は、 気づけば魔王様すら動かしていた。



「アイラ様がお戻りになりました!」


 転移の間からの声に城中の空気が入れ替わった。

 ローレンスも身なりを整え背筋を伸ばす。



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