第31話 撃退
「これ、美味しいね」
「でしょー! ここのオムライス、卵がトロトロだよ!」
お昼休み、学食ではなく大学近くのカフェに来ていた。木目調の内装と観葉植物が落ち着いた空間を演出している。
目の前では、朝日ちゃんが笑顔でオムライスをすくっている。私はというと、パスタのフォークを持ったまま、ほっとしたように目を細めていた。
やっぱり、彼女と一緒にいると、気が楽になる。
「にしても、星羅ちゃんってマジで顔整いすぎでしょ。なんかもう、こっちが緊張するんだけど」
「そんなこと……」
「あるよ! 入学式の日、光の中から現れたもん。女神かと思った。もう完全に“降臨”だった」
「……ふふ、なにそれ」
「でも、マジで気をつけなよ。変な男呼ぶから」
(……まさにこの前、呼んでしまった)
笑いながら、そんなことを思ってしまった自分がちょっと悔しい。朝日ちゃんに心配かけたくなくて、何も言わなかったけど。
でも。
それでも。
「……ありがとう、朝日ちゃん」
「ん? どうした?」
「なんでもない。ただ、今日一緒にご飯食べてくれて、嬉しいなって」
「まあ、私も楽しいからいいけど……って、ん?」
朝日ちゃんの表情が、一瞬で変わった。笑顔がぴたりと止まり、目だけが鋭くなる。
その目線の先には――見覚えのある男性。
「よぉ、また会ったね」
(……この前と同じ人)
男は、あえて周囲の客に聞こえるくらいの声で話しかけてきた。人目を気にするふりをしながら、楽しんでいるように見える。
「やっぱ一人じゃなかったんだ。でも、せっかく偶然だし、話くらい――」
「は?」
低く、鋭い声がカフェの空気を裂いた。
「ふざけんじゃねえよ、てめぇ」
私は、固まった。
その言葉が、朝日ちゃんの口から出たことが、どうしても信じられなかった。
「おまえ、女に声かける前に、自分の鏡見た? 何回ノーって言われたら分かるわけ? 馬鹿なの?」
男は呆気にとられたように立ち尽くした。
「……なんだよ、お前」
「なんだよじゃねーよ。こっちは“お前が何だよ”って聞いてんだよ、今すぐ消えろ。警備呼ぶぞ?」
その一言に、男の顔色がみるみる変わった。最初は強がっていたのに、周囲の視線に気づいたのか、舌打ちをして、無言で立ち去っていく。
「……」
私の手の中では、フォークが震えていた。
それを見た朝日ちゃんは、溜息まじりに水をひと口飲むと、何事もなかったかのように笑った。
「……ああ、ごめんね、ちょっと口悪かった?」
「……すごくびっくりした」
「だよね〜! ごめんごめん、ああいうの見るとつい素が出ちゃうんだよね〜。でも、ああいうのに遠慮とかいらないから。変な目で見てたし。」
あの視線の動き、空気の違和感、相手の距離の取り方――たしかに、私は全部「慣れているから」と片づけていた。
でも、それは違ったのかもしれない。
「ありがとう、朝日ちゃん」
「なにが?」
「……守ってくれて」
「ふふっ、なに言ってんの?私はただ、友達が嫌な目に遭ってんのにイラついただけよ。ああいう奴、一発殴ってもいいくらいだからね」
「……優しいね」
「えー、優しくはないよ、口悪いし。けど、星羅ちゃんは……たぶん、普通の子より“狙われやすい”って思う。だからマジで気をつけなよ?」
「……うん」
彼女の言葉が、胸にじんわりと沁みていった。
そして、私はふと思う。
――あの時も、そうだった。
(……どうして)
こんなにも誰かに、気にかけられていることに、私はどうしてずっと気づけなかったんだろう。
帰り道、ふとスマホを見ると、未読のままのメッセージが届いていた。
「帰り、迎えに行きます。」
送信時刻は、昼食前。私がその店に入った直後だった。
私は、胸の奥がひどくぎゅっと締めつけられるような感覚に襲われた。
怖いとか、嫌だとかじゃない。
ただ――その気配が、あまりに近すぎて。
(……私、いま、誰に見つめられているんだろう)
その夜。
ベッドの中で毛布にくるまりながら、私はまた、思い出していた。
「星羅」
あの一言が、どうしようもなく、頭から離れない。
(……なんでだろう、なんでこんなに……)
胸が苦しくなるのは、きっと風邪なんかじゃない。
それだけは、私にも分かった。




