第30話 絡まれる
「篠原さん、今日も一人?」
「あ、はい……」
「前から、よく見かけててさ。あの……俺、○○学部の――」
とっさに、距離を取るように立ち上がる。
男は笑いながら話しかけてきたけれど、その目は笑っていなかった。もう一人、彼の友人らしい男性が、にやにやと肩越しに覗き込んでいた。
視線がじっと私をなぞるように動いているのが分かる。
「ていうかさ、星羅さんって、ハーフ? それともモデルとかやってた系?」
「いえ。普通の学生です」
「マジで? でもさ、ほんと綺麗だよね。……彼氏とか、いないでしょ?」
その言葉に、私は自然と少しだけ顔をそむけた。
彼氏はいない。でも――この人にそれを伝える義理もない。
(こういうの、久しぶり……)
一度、笑顔を向けただけで「脈アリ」だと勘違いされ、騒ぎになったこともあった。
でも、いつもアル――隼人さんが助けてくれた。
「すみません、用事があるので……」
「え、待って。連絡先、教えてくれない?」
「それは無理です」
断ったのに、男は苦笑いを浮かべながら、なおも一歩踏み出そうとした。そのときだった。
「星羅さん」
冷たい声が、すぐ背後から響いた。
振り返ると、そこには隼人さんが立っていた。
「一緒に帰りましょう。」
ふと、隼人さんは男たちに視線を向ける。
「……誰?」
冷たい声。一気に周りの温度が下がる。
「知らない方です」
「へえ……」
男たちは逃げ去っていく。
「…星羅さん、これ、何度目ですか?」
「………分からない。でもよくあるし、、、」
隼人さんは私の目を見た。
「星羅」
「……え」
いつもと違う呼び方に、私は目を見開いた。
「こういうのは“よくある”から慣れていいものではない。相手がその気になってからでは遅いから」
その声音は冷たくて、――どこか痛いほどに真剣だった。
その夜、眠りにつく前、ぼんやりと目を閉じた私は、今日、隼人さんが隣に現れてくれた瞬間を何度も思い返していた。
あの静かな声。
鋭い瞳。
そして、私の名を呼ぶあの響き。
(――なんだろう、なんか……不思議)
自分でもうまく言葉にできない、くすぐったいような、でもどこか苦しいような感情だけが、胸に静かに残っていた。
しかし私は、隣を歩く彼の鋭い瞳に、気づいていなかった。




