『押しキャラが彼女?』
(①同僚の疑念と後をつける)
「最近の拓夫、やっぱりおかしいよな……」
会社帰りの居酒屋。
同僚の一人、佐々木がぽつりと漏らした。
「痩せたのはまだいいさ。健康的ならむしろ羨ましいくらいだ。けど、あの彼女……どっかで見た気がするんだよな」
「見た? どこで?」
「アニメだよ。拓夫がハマってたやつ……“二葉”ってキャラに、瓜二つなんだ」
一瞬、場が静まり返った。
オタク仲間の拓夫が、現実で“推しそっくりの彼女”を連れて歩いている――常識的に考えてあり得ない。
だが、彼のやつれた顔と異様な執着心を見ていると、笑い飛ばせないものがあった。
「……今度、後をつけてみないか?」
佐々木のその一言で、事態は動き出した。
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(②正体発覚と主人公の破滅)
ある夜。
佐々木は同僚二人と共に、拓夫と二葉を尾行した。
二人はいつものように腕を組み、夜道を歩いていく。
楽しげに囁き合う声。
しかし、その足取りはどこかぎこちなく、拓夫の体はふらついていた。
二葉はそんな彼を支えるように見えたが、佐々木の目には――逆に二葉が体を引きずっているように映った。
やがて、拓夫のアパートに着く。
三人は物陰に潜み、窓越しに中を覗き込んだ。
そこにいたのは――
ベッドに横たわる拓夫。
やつれ果て、骨と皮ばかりになった顔に、それでも笑みを浮かべている。
その胸に覆いかぶさる二葉の背中からは、幾本もの根が生え、拓夫の体に深く食い込んでいた。
「……っ!」
誰かが悲鳴を上げそうになるのを、佐々木が必死に押しとどめた。
二葉は振り向いた。
窓の外を、まっすぐ見据えていた。
その目は赤黒く濁り、けれど笑顔だけはアニメのまま。
「おとうさんは、わたしだけのもの……」
その瞬間、拓夫の胸が大きく上下し、声にならない吐息が漏れた。
彼の体は完全に絡み取られ、根に吸われていく。
三人は逃げ出した。
二度と拓夫に関わろうとはしなかった。
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(③種の拡散)
数日後。
拓夫は会社を辞めた。
荷物も処分され、部屋も空き家となった。
だが――アニメショップの片隅には、再びあのガシャポンが並んでいた。
銀色に光る筐体。
微笑む二葉のイラスト。
ラベルにはただ一文字、こう記されていた。
――【種】。
そして下には、小さな注意書きが追加されていた。
> 甘やかしてくれる人、大歓迎。