episode8 討伐とか無理!!
討伐依頼に記されたポイントに着いてみると、そこは――静かな池だった。
「え、ここ? 魔物って森の中とかじゃないの……?」
肩透かしを食らったレイは、とりあえずさっき食べた薬草の苦味をどうにかしたくて、池の水で口をゆすごうとしゃがみこむ。
指先が水に触れた、そのとき――。
(……なにか来る……!?)
池の底から、どんよりした影がぬるぅっと浮かび上がってきた。
警戒していたレイだったが、水面に顔を出したソレを見て、思わず見とれてしまった。
丸っこくて大きな頭。つぶらな黒目。どこか愛嬌のあるその表情。まるで動物園にいるカバのようだった。
「か、かわいいぃぃ!? なにこの子! え、もしかして……これが討伐対象……?」
無理無理!とレイは後ずさる。
「殺せないよこんな子!! ちょっと撫でてみようかな……」
そっと手を伸ばしかけたその瞬間、カバが口からぷくっとシャボン玉のような青い泡を吐き出した。
「わ、芸もできるの!? お利口さん!! もういっそ飼おうかなぁ……」
泡が目の前にふわふわと浮かび、レイはそっと指で割ってみる。
――ぶちゅぬるっ。
「ひぃ!? なにこれ!? 気持ち悪っ!! 体中に水あめみたいなのが……よ、よだれ!?」
ゾッとしながら身を引いたそのとき、今度は黄色い泡がぷくりと浮かび上がった。
「またきた!? 今度はなに……?」
おそるおそる、また指で割ってみる。
――ビリビリビリビリッ!!
「ぎゃああああああ!?!? いったぁああああい!! AEDAED!!※」
※AED=自動体外式除細動器の略。医療知識が微妙に残っている社畜由来の叫び。
さっき食らった水あめのような液体も重なって、一層電気が強くなった。
体がビクンビクンと痙攣し、泡の危険性をようやく認識するレイ。
「だめだ……あれ、やばいやつ……!」
離れて様子を見ようとした矢先、カバはどんどん泡を吐き出し、複数の泡が野球ボールのようにレイへ高速で飛んできた。
「ひゃあああああああ!?!? 近づけない!! でも殺せない!! 討伐とか絶対無理ぃぃ!!」
やけくそになったレイは、藁にもすがる思いで“売却”スキルをカバに向けて放った。
しかし――
【バブルヒポポスを売却します。】
【売却に失敗しました。】
「へぇ、こいつ バブルヒポポスっていうんだ……まぁ売れないよね。……冒険者、向いてないかも……」
シュン…と肩を落としていると、ふと頭にひらめきが走った。
「まてよ……カバは無理でも、あの泡なら……?」
レイはすかさず、青く漂う泡に“売却”をかけた。
【泡を売却しました:+700G】
「売れたぁぁぁあああああ!!!」
衝撃の事実に大興奮。しかも高額だ。
「これは……泡長者の予感……!」
そこからレイの金稼ぎタイムが始まった。
泡を見つけては売却。MPが切れれば薬草で強制回復。再び泡を売却。
「まずい!もう一個!」「まずい!もう一個!!」と叫びながら、青汁のごとき薬草を口に押し込み続ける姿は、もはや修行僧。
そして1時間後――。
「さて、どのくらい稼げたかな……」
ステータスを確認し、レイは目を見開いた。
【所持金:64,570G】
「えっっ!? ゴールドやばっ!? また能力ガチャ引けるじゃん!!」
あまりにウマすぎる泡ビジネスに、討伐なんてどうでもよくなってくる。
レイは池の木陰から、そっとカバを見つめた。
(……討伐する意味、なくない? この子、金の泡製造マシンだよ……)
と、そのとき――。
シュンッッ!!!
音速の矢が放たれ、池の中心で泡を出していたカバの額を貫いた。
「カバァアアアアアア!!!!」
レイの叫びが森にこだまする。
泡がぱちんと弾ける中、颯爽と現れたのは――水色の髪をなびかせた一人の女性だった。
――――――【 レイ 】―――――
所持金:64,570G( +64,400G)
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