episode6 レイの戦闘準備
依頼書に記された森の入口に立ち、レイは足を止めた。
「さて……と。」
目の前には、木々が生い茂る森。
奥からは鳥の鳴き声のようなものが聞こえてくる。
「……うん。めっちゃ異世界っぽい!」
初めての魔物討伐。
ゲームなら序盤の雑魚狩りイベントといったところだろう。
「よーし! さっそく行くぞぉ!!」
意気揚々と一歩踏み出した。
――が。
「……あ。」
レイはぴたりと足を止めた。
(……待てよ? MPって今どのくらいだっけ。)
以前、調子に乗って『売却』を連発した結果、MPを使い切って気絶した。
あんな目には二度と遭いたくない。
「……一応、確認しとこ。」
レイはステータス画面を開いた。
――【金雀涙 零】――
職業:課金者
能力:『売却』『ガチャ』『鑑定』『微風』
所持金:1,535G
MP:10/30
――――――――――――――――――――
「……10かぁ。」
最大MPは30。
今の状態では、あまり『売却』を連発できない。
(……魔物討伐に行くのに、これって結構まずくない?)
レイは腕を組んで考えた。
「……そうだ! 能力ガチャ!」
今より強いスキルが手に入れば、戦闘が楽になるかもしれない。
さっそく『ガチャ』を開く。
ピコン!
【能力ガチャ:5,000G】
「……5000G。」
レイは所持金を確認した。
【所持金:1,535G】
「……うーん。」
絶対に手が届かない金額ではない。
しかし、今すぐ引くことはできなかった。
「あと3,465Gかぁ……。」
レイはがっくりと肩を落とした。
「ちぇっ……もうちょっとお金あればなぁ……。」
ふと、『売却』の文字が目に入る。
(……その辺の物、売りまくればいけるんじゃ……?)
だが、すぐに首を振った。
「……いやいや! また気絶するわ!!」
MP10しかない状態で、手当たり次第に売却するのは危険すぎる。
しかも、雑草一本につき1G。
到底足りない。
「……ん?」
そこでレイは、もう一つのスキルを思い出した。
「そうだ!! 『鑑定』があるじゃん!!」
売る前に価値を調べれば、無駄なMPを使わずに済む。
しかも、『鑑定』はMPを消費しない。
(いいね! 好都合!!)
「よーし! 高い物探すぞぉ!! 『鑑定』!」
レイは森の入口周辺を見渡した。
すると、視界に次々と情報が浮かび上がってくる。
――――〈雑草〉――――
・特に価値はない。
・鑑定額:1G
―――――――――――
――――〈小石〉――――
・ただの石。
・鑑定額:2G
―――――――――――
――――〈枯れ枝〉――――
・乾燥した木の枝。
・鑑定額:1G
―――――――――――
「……安っ。」
見事なまでに安物ばかりだった。
「いやいや、森なんだからもっとあるでしょ!?」
レイはしゃがみ込み、草むらをじっと見つめた。
そのとき――。
「……ん?」
雑草に混じって、一つだけ違う表示が目に入った。
――――〈薬草〉――――
・魔力を回復する薬草。
・摂取するとMPを5回復する。
・鑑定額:20G
―――――――――――
「……おぉ!?」
レイは目を輝かせた。
「薬草!? しかも20G!!」
周囲の雑草よりも、ずっと高値で売れる。
「やったぁ!! 当たりじゃん!!」
早速むしり取って売却しようとした。
――が。
「……待てよ?」
レイは鑑定結果をもう一度見た。
【摂取するとMPを5回復する】
「……MP回復?」
レイの視線が止まった。
「……え、これ食べればMP回復するの!?」
今のMPは10。
薬草を食べれば15まで回復できる。
(……売れば20G。でも食べればMP5回復……。)
レイは薬草をじっと見つめた。
「……うぅ。20G……。」
金銭欲が邪魔をする。
だが、魔物討伐に向かう以上、MPは重要だ。
「……仕方ない!」
レイは覚悟を決め、薬草を口に放り込んだ。
――もぐっ。
「…………。」
数秒後。
「……ぶほっ!?」
レイは思わず口元を押さえた。
「なにこれ!? まっずぅぅぅ!!」
口の中いっぱいに、強烈な苦味が広がった。
青汁にドクダミと泥を混ぜたような味。
いや、それ以上かもしれない。
「うぇぇ……なにこれ……罰ゲーム……?」
涙目になりながら、どうにか飲み込んだ。
すると――。
【MPが5回復しました】
【MP:15/30】
「……おぉ!」
ステータスの数字が増えている。
「回復した!! 本当に回復した!!」
効果は本物だった。
……味は最悪だが。
「……よし。あと15MP……。」
レイは周囲の草むらを見渡した。
幸い、同じ薬草がいくつか生えている。
(……あと三枚食べれば全回復……。)
「……。」
薬草を一本摘み取る。
「……うぅ。」
口へ運ぶ手が震えた。
だが――。
「……まずい! もう一個!!」
――もぐっ。
「んぐぅぅぅ!!」
【MP:20/30】
「ま、まずい!! もう一個!!」
――もぐっ。
「ぶほぉぉ!!」
【MP:25/30】
「ま、まずい!! もう一個ぉぉ!!」
――もぐっ。
「うぇぇぇぇぇ!!」
【MP:30/30】
――数分後。
「…………。」
レイは地面に膝をついていた。
顔色は真っ青。
目にはうっすらと涙が浮かんでいる。
「……MPは……全回復……。」
しかし、その表情に喜びはなかった。
「……精神力は……ゼロ……。」
魔力は満タン。
だが、心は完全に折れていた。
「……もう二度と食べたくない……。」
レイはよろよろと立ち上がった。
(……でも、MP回復できるって分かっただけ収穫かな……。)
しかも薬草は、そこら辺に自生している。
これはかなり便利だ。
「……ふふっ。これでMP切れも怖くない……。」
……ただし、味という最大の敵がいる。
レイはふらつきながら森へと歩き出した。
――しばらくして。
「……ん?」
ようやく薬草の苦味が落ち着いた頃、レイはあることに気がついた。
「……あれ?」
自分の腰元を確認する。
ポーチ付きのベルト。
冒険者らしいジャケット。
動きやすいロングスカート。
「……。」
もう一度確認する。
「……武器、なくない?」
そう。
レイは魔物討伐に来たというのに、武器を一つも持っていなかった。
「……え?」
しばらく沈黙。
そして――。
「うわぁぁぁぁ!! 忘れてたぁぁぁ!!」
森の中にレイの叫びが響いた。
「いやいやいや!! 魔物討伐だよ!? なんで武器持ってないの私!?」
今まで何を準備していたのか。
薬草を食べている場合ではなかった。
「……あっ!! 武器ガチャ!!」
レイは慌てて『ガチャ』を開いた。
ピコン!
【武器ガチャ:1,000G】
「……1,000G!」
所持金は1,535G。
十分足りる。
「よかったぁ……! こっちは引ける!!」
レイは胸をなで下ろした。
(……さっき能力ガチャ引けなかった分、こっちで当たり引いてやる!!)
そう意気込み、画面に指を伸ばした。
「頼む!! 強い武器来い!! 『ガチャ』!!」
ピコン!
目の前に銀色の光を放つ宝箱が現れた。
「……おぉぉ!?」
レイの目が輝いた。
「銀色!? え、これ……もしかして高レア!?」
以前、能力ガチャを引いたときは青色だった。
その結果は、指先からそよ風が出るだけの『微風』。
(……今回は違う!! 絶対当たりでしょ!!)
レイは期待に胸を膨らませながら宝箱へ手を伸ばした。
「いっけぇぇ!!」
――パカッ!
中に入っていたのは――。
「……ん?」
一本のナイフだった。
小ぶりで、どこか頼りない。
刃には細かな傷があり、見るからに安っぽい。
「……え?」
レイは恐る恐る手に取った。
「……いや、でも……見た目が弱そうなだけかも……。」
もしかしたら、隠された能力があるのかもしれない。
「……『鑑定』!」
――――〈ショートナイフ〉――――
・攻撃力:+3
・レア度:最低
・特別な効果:なし
―――――――――――――――
「…………。」
レイは無言でナイフを見つめた。
そして鑑定結果をもう一度確認する。
【レア度:最低】
「…………は?」
銀色の宝箱。
期待を煽る演出。
それなのに――。
「最低レア!?!?」
レイの叫びが森に響いた。
「うそでしょ!? 銀色だったじゃん!! めっちゃ光ってたじゃん!!」
ナイフを持つ手が震える。
「1,000Gだよ!? 1,000G払って攻撃力プラス3!?」
レイは空を仰いだ。
「……いや、もう……。」
現代で何度も経験してきた、あの感覚。
大金を使ったあとの虚無感。
期待を裏切られたときの絶望。
「……クソガチャ……。」
そして――。
「クソガチャアアアアアアアア!!!!」
森の奥まで、レイの悲痛な叫びが響き渡った。
こうしてレイは、MP全回復と引き換えに精神力を失い、さらに貴重な1,000Gを使って最低レアの武器を手に入れたのだった。
……果たして、こんな状態で魔物討伐などできるのだろうか。
――――――【 レイ 】――――――
所持金:535G(−1,000G)
MP:30/30
装備:ショートナイフ(攻撃力+3)
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