episode1 一億達成
新作です!これからぼちぼち投稿していきます
夜8時。
早いとも遅いとも言えない微妙な時間に、一人の女性が帰宅した。
革靴を適当に脱ぎ散らかし、バッグを玄関に投げ捨てると、ろくに電気もつけずに真っ先に向かったのは――パソコンだった。
片手に「魔法のカード」と呼ばれるクレジットカードを握りしめ、すぐにゲームを起動する。
「今日は推しのガチャ! さっそく30万突っ込むぞ〜! 目指せ完凸!」
慣れた手つきで送金し、もう片方の手で「10秒で飲めるゼリー」を胃に流し込んだ――その瞬間だった。
パソコンが突如、まばゆく光り出す。そして画面から現れたのは、白く立派な毛並みと長い髭をたくわえた――老人。
「おぉ、其方が金雀涙 零じゃな?」
「ぎゃあああああ!!? 推しがじじいになってるぅぅううう!!?」
「じじい言うなぁ!!」
あまりの衝撃に、さっき飲み込んだゼリーが逆流しかけた。
現れた男は、どう見てもファンタジー世界の大賢者。だが、それよりも大事なことがある――
「あぁ!! 早く推しのガチャ引かないと!!」
驚くよりも先に椅子に座り直し、無言でガチャを引き始める零。
「あの…ワシのことは…?」
「うるさい! 今は推しが最優先!」
「あぁ…はい……」
――20分後――
「ふぅ〜っ! 29万でギリギリ完凸できた〜!」
椅子から立ち上がり、軽く伸びをした零の視界に――小さなテーブルでしゅんと縮こまっている「じじい」の姿が入った。
「うわああああ!? 誰ぇ!? 不審者!?」
「誰が不審者じゃ!! 神じゃ、神!!」
「神ぃぃい!?!?」
完全にさっきの記憶を忘れていた零は、近くにあった椅子をつかみ、投げようとする。
「待て待て待て!! それをワシに投げる気か!?」
「神名乗るとか詐欺師でしょ!? どうせ怪しい壺とか売るつもりなんでしょ!?」
「売らんわ!! ワシは其方を転生させに来たのじゃ!!」
「……え? 転生? もしかして、異世界転生ってやつ?」
零は持ち上げた椅子を静かに下ろし、腰を下ろした。
投げてこないと安心した神は、軽く咳払いをして立ち上がる。
「まったく……無礼な小娘じゃな」
「突然人ん家に侵入してくるほうが無礼だと思うんですけど」
「神と知って敬う気はないのか!」
「私の神はこの推しだけですぅ!」
「ぐぬぬ……まぁ、よい」
再び咳払いをして、神は静かに語り始めた。
「其方の課金額は、ついに1億を超えたのじゃ」
「へぇ、1億……いちお――ええええぇぇぇぇえええ!?」
驚きで椅子から転げ落ちそうになる。
「私、いつの間にそんな課金してたの!? まだ「重課金」のつもりだったのに!」
「食費と水道光熱費と家賃ケチって課金に全振りしてる時点で「廃課金」じゃろうが!!」
「うわぁ……人間って、追い詰められると感覚が麻痺するんだね……」
手元の”魔法のカード”を見つめ、遠い目をする零。
「で、その1億円分の課金が何よ。まさか、それが理由で借金地獄エンドとかじゃないでしょうね?」
「馬鹿を申すな。其方ほどの者には、神の世界の「特別な資格」が与えられたのじゃ」
神が指を鳴らすと、空中に金色に輝くステータス画面が現れた。
――【金雀涙 零】――
職業:課金者
能力:『売却』『ガチャ』『鑑定』
所持金:5,000G
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「おぉ〜! ラノベみたい!!」
「やっとそれらしい驚き方をしたか…」
ステータス画面を見つめて目を輝かせる零は、気になる点を質問し始めた。
「『売却』って何?」
「『売却』は、異世界の物をその場で換金できるスキルじゃ」
(なるほど……人とか売れるかな?)
「じゃあ『ガチャ』は?」
「『ガチャ』は、名前の通りスキルや武器を購入できる。もっとも、ガチャ形式じゃがな」
(へぇ……ワクワクするじゃない…)
「そして『鑑定』は……説明せずとも分かるじゃろ?」
「うん。人や物の情報を読めるんでしょ?」
「そうじゃ。異世界転生において『鑑定』は必要不可欠じゃからな」
「やば……この世界、私のために用意されてない!?」
テンション爆上がりの零は、光るステータス画面を見つめて恍惚の表情を浮かべていた――
だがその時。
「それじゃ、そろそろ転送するぞ!」
「え!? もう!? ちょっ、ゼリーの残りが……あっ! 推しの育成も――!」
神の杖が宙を描いた瞬間、零の体は光に包まれてふわりと浮かび上がった。
気がつけば、町のど真ん中で転がっていた。
持ち物は、ない。スマホも、財布も、なにもかも。
「……あの神、今度会ったらぶっ〇してやる……」
こうして、金雀涙 零の異世界冒険は――最悪のスタートを切った。