5章 ハリー
この双子の姉妹はたちまち、学院内で人気の高い生徒になりました。姉のセーラは心優しくて頭も良く、妹のローラは明るく運動神経もいいことと、さらにそのことを自慢しないことが人気の理由でした。
ミンチン先生も何かと理由をつけてセーラとローラをひいきしたので、彼女たちがもっと違う子だったらとんだうぬぼれ屋になって、それこそみんなの嫌われ者になっていたかもしれません。
ガートルードは自分となかよしのサクラを自分の部屋に呼んで、二人でささやかなお茶会をしていました。
「ルーちゃん、話って何?」
サクラは持って来た湯のみでお茶を飲みながら、ソファに向かい合って座るガートルードに話を切り出します。「ガートルード」は長くて呼びにくいので、ラビニアやニコル以外のプラチナ生は「ルー」と呼んでいます。サクラはそれに「ちゃん」を付けて「ルーちゃん」と呼んでいました。
「あの双子のこと。ラビニアは明らかにライバル視しているわ。」
「確かにラビニアさんの前で話すのは、やめた方がええね。」
ラビニアは赤薔薇であるという立場上セーラとローラに対して気さくに接していましたが、本当は彼女たちのことをねたんでいました。赤薔薇である自分をさしおいて、セーラとローラが周りからチヤホヤされるのがたまらなく嫌だったのです。
「ジェシーさんから聞いたんやけど、セーラさんとローラさんは勉強したわけでもないのにフランス語を英語と同じように話したり読み書きしたりできるんやって。英語やフランス語を聞いただけで覚えられるなら、うちもそんなに苦労しなかったのに。」
サクラはため息をついて、湯のみを覗き込みました。サクラは日本人で、ミンチン学院では数少ないアジア系の生徒です。移民が増えてきたとはいえ、周りがほとんど欧米人の環境で苦労するのも無理なかったのです。
落ち込むサクラを気づかうように、ガートルードは話題を変えました。
「クラウスから聞いたけど、セーラは男の子からよくラブレターを受け取るらしいよ。」
それを聞いたサクラの顔がぱあっと明るくなりました。
「へぇ、そうなんや。うちもラブレターを受け取ってみたいわぁ。」
色恋にまつわる話、世にいう「恋バナ」には女の子を引きつける何かがあります。ガートルードとサクラはその話をしていました。
セーラに恋をする男の子はたくさんいましたし、ローラもそんな男の子たちとセーラの橋渡しをすることだってありました。セーラの元には毎日のようにラブレターやプレゼントが届きました。
ある放課後、ローラはハリーに声をかけられました。ハリーは肩あたりまである茶髪を後ろでまとめた男の子です。快活だったので、クラスでもムードメーカーでした。
「ローラはセーラとは双子の姉妹なんだろ?これをセーラに渡して欲しいんだ。」
「へえ、自分で渡せば?」
ローラはハリーから渡されたプレゼントを見ました。
「いいわ、これをセーラに渡せばいいのね?ライバルが多いわよ!」
ローラはプレゼントを受け取ると、セーラを探しに行きました。ハリーはその後ろ姿を見つめていました。
ハリーはこれまで女の子にプレゼントを贈りたいと思ったことは一度もありませんでした。美しく心優しいセーラに、ハリーは生まれて初めての恋をしていました。
セーラとなかよくなりたいと思いながら廊下を歩いていると、メイナード先生がアメリア先生を遠くから見ていました。アメリア先生は弟のカール先生と話をしているようです。メイナード先生はアメリア先生をじっと見つめ、何度かため息をついていました。ハリーにはなぜため息をついているのか理由がわかったので、そっとその場を立ち去りました。
一方、「ローズガーデン」と呼ばれている色とりどりのバラが植えられたミンチン学院の中庭では、セーラはアーメンガードに弟のオリバー・セントジョンを紹介されていました。
「姉さんから話を聞いているよ、セーラ。姉さんが何か変なことしてないか?」
「アーメンガードはわたしたちとなかよしよ。問題はないわ。」
それを聞いて、オリバーはホッとしました。アーメンガードはプラチナ生に対してストーカーまがいのことをするため、彼らからは嫌われていました。女の子が大好きなクラウスでも関わりたくないと思うほどだったのです。
妄想をミンチン・タイムスに書かれたニコルは、特にセーラとローラにはアーメンガードと友達になって欲しくありませんでした。しかし、彼女たちにとっては学院で初めてできた友達なので大目に見ることにしました。
セーラたちの座っている席に、ローラがやってきました。
「セーラ、あなたのボーイフレンド候補からプレゼントよ。」
「まぁ、何かしら?」
セーラはローラからプレゼントを受け取り、それを開封します。中には子馬の小さなぬいぐるみが入っていました。
「なんてかわいいのかしら、彼にお礼を言いたいわ。」
セーラが席を立とうとすると、アーメンガードが言いました。
「セーラは誰かと付き合うの?」
「そうね、あんまり考えたことがなかったわ。」
「姉さん、セーラが困るようなことを聞くなよ。」
「わたしは大丈夫よ、オリバー。気にかけてくれてありがとう。」
「メイナード先生はアメリア先生が好きなんだな。」
ローズガーデンまで来たハリーはひとりごとを言いました。席に座っているセーラがもらったプレゼントを持って立ち上がり、思わず視線が合いました。
ハリーは思わず顔を赤らめていると、セーラがハリーのところまで歩きました。
「あなたが選んでくれたのね。大切にするわ。」
「あ、ああ、おいらは君のために一生懸命考えて選んだんだ。そう言ってくれると嬉しいよ。ありがとう。」
セーラに喜んでもらえて、ハリーは嬉しくなりました。
ミンチン学院の生徒の多くは裕福な家庭の子供たちですが、奨学金を利用して入学する庶民や移民の子供たちもいます。ハリーもミンチン学院に奨学金で入学した生徒の一人でした。
奨学生は高い学費を払う必要はありませんでしたが、裕福な生徒たちに下に見られるなど待遇は良くありませんでした。セーラとローラは、そんな邪険に扱われがちな奨学生にも分け隔てなく接するので、彼らからも人気が高かったのです。ですので、ハリーがセーラに恋をするのも当然のことでした。
今まで恋を知らなかったセーラですが、ハリーは自分のことが好きだということを知りました。