6章 リックとロッティ
学院でも指折りのお金持ちで明るく優しいセーラとローラに、プラチナ寮の男の子たちも関心がありました。中でもニコルは、何かと幼なじみのセーラとローラのことを気にしていました。
「セーラとローラはチャーミングだと思うよ。だから、ニコルもそんな彼女たちを放っておけないんじゃないかな。」
クラウスが言いました。クラウスは金髪の美少年で女の子にモテモテですが、かなりのナルシストなので他のプラチナ生からは軽い男だと思われています。
「あのニコルが冷静じゃなくなるほど人を好きになることなんてあるのかな?」
ピーターはゲームをしながら、クラウスに質問を投げかけます。
「セーラとローラは、マスグレイブ夫人にインドのお話をしなさいと応接室に呼ばれていたぜ。そういえば、この前もピトキン夫人にフランス語でお話しなさいとミンチン先生に言われていたよな。」
ケントはおどけた口調で言いました。それを聞いたピーターはため息をつきました。
「学校で習ったわけじゃないのにね。お母さんがフランス人だったからでしょ。」
「だよな!サクラもただ聞いてるだけで覚えられるなら苦労しない、って言ってたもんな!」
「ラビニアのことなんだけどさ、セーラとローラのことが嫌いなんじゃないかな。」
ピーターが話題を変えました。ピーターはラビニアが事あるごとにセーラとローラに敵意を向けているのを知っていたのです。
「セーラとローラは魅力的だと思うんだけどね。」
「それは君の感想だと思うよ。」
うっとりするクラウスにピーターはあきれました。
ラビニアは、世界的に有名なアメリカの大手芸能プロデューサーのダニエル・ハーバートと女優キャロル・ハーバートの娘で、シンガーソングライターのカルロス・ハーバートの妹です。ラビニアもティーン向けのファッション雑誌「ブリリアント」のモデルで、「エンタメは世界を救う」と言うほど仕事には真面目に取り組んでいる少女でした。168㎝もある身長とツインテールに結われたオレンジの髪も美しく、ルビーのような赤い瞳も人を惹きつける魅力があります。
モデルとして妥協を許さず、ミンチン・イーグルスの応援にも力を入れているラビニアですが、赤薔薇の権力を利用して他の生徒にいばる意地悪なところもありました。自分と同等の権力を持つ白薔薇のニコルに注意されても、聞く耳を持ちません。
幼なじみのジェシーは、「赤薔薇の騎士」と呼ばれるほど美しく優雅な立ちふるまいをしていましたが、どことなく人を見下していました。ラビニアに心酔しており、他の生徒にはアメとムチを使い分ける態度をとっていました。制服と仕事で着る撮影用の衣装以外のラビニアの服装を決めているのはジェシーでした。ラビニアとジェシーが共依存であることを見抜いているピーターは、彼女たちを「猿回しと猿」と評していました。
セーラとローラがいばらないというのは、本当でした。彼女たちは優しく、なんでも人に分けあたえたのです。この学院では、高等部の1年生になる13歳にもなると、すっかりおとなのつもりになります。小さい子たちを泣かせたり、ひどい時にはけがをさせることもありましたが、セーラとローラはそんなことをしません。
むしろ優しく、転んでひざをすりむいた子がいたら飛んで行って起こし、保健室で手当てを受けさせて、その後にポケットからキャンディを渡してあげました。相手が初等部の生徒だったとしても、年齢を理由に軽んじたり邪険に扱ったりすることはありませんでした。
ある放課後、ローズガーデンの席に座った眼鏡をかけた初等部の男の子が絵を描いていました。
初等部の4年生で11歳のリック・レグーは、絵を描くのが好きで、この日もローズガーデンにて絵を描いていたのですが、高等部の生徒にスケッチブックを取り上げられたので、取り返そうとしました。しかし、この男の子の方がリックより体が大きく力も強いので、突き倒されてテーブルに腕を打ってしまいました。
「大丈夫、お兄ちゃん?」
「ああロッティ、大丈夫だよ。」
「なんだよ、歯向かうなよ。8歳のくせに!」
泣き出したロッティをセーラがかばうようにして、男の子に厳しく言いました。
「あなただって8歳の時は、8歳だったはずよ!でも次の年には9歳、その次の年には10歳になるわ。そして、12年経てば20歳になるのよ。」
「ばかにするな!計算ぐらいできる!」
8+12=20。確かにそうですが、20歳という年齢を出されたら、どんなにおとなぶっていたとしてもまったく想像ができずたじろぐしかありません。その男の子はスケッチブックをそばのテーブルに置くと、走って行きました。ローラはリックにスケッチブックを返してあげました。
だから、初等部の生徒たちはセーラとローラを慕っていました。
「セーラとローラに会うためについてきたのか。」
「そう言う白薔薇様も、その2人のことを何かと気にかけてるじゃないですか。」
ニコルとハリーが愛するセーラとローラは、部屋で初等部の生徒たちを集めたお茶会を開くことがありました。花柄のティーセットにうすめた甘いお茶をふるまったのです。この時には、バニーユとフレーズもみんなをおもてなししました。ハリーもニコルの手伝いという口実で、このお茶会に参加していました。
このこともあって、リックとロッティの兄妹は、本当にセーラとローラのことを姉のように慕っていました。
セーラとローラがはじめてこの兄妹の面倒を見たのは、ある日曜日のことでした。カール先生にリックが引っ張られて出て行った部屋から、ロッティの泣き叫ぶ声が聞こえました。
「ローラはリックから話を聞いてきてね、わたしはロッティをなだめてくるわ。」
「わかったわ!」
ローラはカール先生とリックについていき、セーラは部屋に入っていきました。そこには泣いて暴れるロッティをなだめるアメリア先生もいました。
「困ったわ。お姉様に見つかってしまったら、どうすればいいのかしら?」
ミンチン先生に見つかれば怒られてしまいます。セーラはアメリア先生に声をかけました。
「あの、アメリア先生。」
「ああ、セーラさん。」
アメリア先生は驚きました。
「わたしなら、ロッティをなだめることもできると思います。リックもロッティから離れたくなさそうですし。」
「あなたなら、ロッティをなだめることもできそうね。」
アメリア先生はいそいそと部屋を出ていきました。こうして部屋にはセーラとロッティが残されました。セーラは静かにロッティの前に座って、ロッティを見つめます。
「あたしにはパパもママもいない!パパもママもいないの!」
ロッティは泣き叫びますが、部屋には自分の泣き叫ぶ声しか聞こえません。これはロッティにとってはじめてのことでした。いつもなら、泣き叫んだらたくさんの人が集まってしかったり、なだめたりするのです。
セーラは何をするわけでもなく、ただ静かにロッティの前に座っていました。ロッティはまた泣こうとしますが思ったように力が入らず、弱々(よわよわ)しく泣きます。
「ぐすん、パパとママがいないよぉ。」
「わたしとローラにもママがいないのよ。」
優しくそう言われたので、ロッティは驚いてセーラの顔を見つめました。何をやってもうまくいかなかったのに、このやり方は大成功でした。大人を信用することができなくなっていたリックとロッティでしたが、なぜかセーラとローラのことは好きでした。
「どこに行っちゃったの?」
ロッティは気になったので、横になったまま聞きました。
「天国に行ったのよ。わたしたちからは見えないけど、ときどき会いに来てくれるの。あなたたちのパパとママは今、この部屋にいるんじゃないかしら。」
セーラが答えます。お母さんは天国に行ったということを聞いていましたが、セーラは一般的に知られている天国とは違ったものを考えていました。それもまた、ローラと話していました。
ロッティはぺたんと座り、あたりをきょろきょろと見まわします。ピンクがかった金髪に、まんまるなピンクの瞳が涙にぬれて、朝露でぬれたピンクのバラのようです。この30分ほどの間、ずっと見られていたとしたらきっと呆れられていたかもしれません。
セーラの話す素敵な天国の話に、ロッティはうっとりと聞き入っていました。パパとママは天国に行ったんだよ、とリックはロッティに話していましたし、自分で描いた天使の絵も見せていました。その天使は、背中に白い翼が生えていて、頭の上にわっかがありました。しかし、セーラが話す天国はどこかに本当にありそうで、住人も普通の人間でした。
「どこまでも、どこまでも、ユリのお花畑が続いていて、人々はいい香りのする空気を吸っているの。子どもたちは元気に走ったり、花輪を作ったりして遊んでいるの。通りはキラキラで、どんなに歩いても疲れないの。壁は低くて、そこからあたしたちを見下ろすことができるのよ。」
セーラが何を話しても、ロッティは興味を持ったでしょう。しかし、この天国のお話が他のどのお話よりも素敵なものでした。
セーラがロッティをなだめている間、ローラはリックから話を聞くことにしました。交通事故で両親を亡くし、遺産目当てで子どもたちを引き取った叔父さんに邪険に扱われ、厄介払い同然にこの学院に入れられたのでした。
リックはそのトラウマで大人を信じられなくなってしまい、先生を困らせていました。リックは気弱な男の子でしたが、「ロッティは自分が守らないといけない」と強い責任感を持っていました。
ローラがリックと話していると、セーラがすっかり落ち着いたロッティとやってきました。
「リック、ロッティはもう落ち着いたわ。そうだわ、部屋で少し話さない?」
リックとロッティはうなずき、セーラとローラと一緒にプラチナ寮に向かいました。それをアメリア先生とカール先生が、お父さんのマルク先生と見ていました。マルク先生はミンチン学院の前の学院長で、ミンチン先生のお父さんでもあります。
「あれ、ロッティはもう泣きやんだのかい?」
「セーラさんとローラさんがなだめてくれたのよ。」
部屋に入った後、ローラはおどけた様子で言いました。
「双子のママっておかしいわよね。なら、あなたたちのお姉ちゃんになってあげようか?」
リックとロッティは嬉しそうにうなずきました。セーラとローラはこの事件をきっかけに、リックとロッティのお姉さん代わりになったのです。




