20章 ローズノワール
「思ったより警備がザルだな。おかげで助かったぜ。」
パーカーのフードを目深にかぶった若い男がミンチン学院に入ってきました。この男こそがミンチン学院に脅迫状を送った「ローズノワール」です。
セーラとローラ、クリスフォードさん、カーマイケル弁護士、ラムダスは応接室でミンチン先生と話をしていました。
「まさか、あの子たちにお金持ちの親戚がいらしたのですか?」
驚くミンチン先生に、カーマイケル弁護士が言います。
「驚かないでくださいよ、ミンチン先生。この方はクルー大尉のご友人で、3ヶ月もセーラさんとローラさんを探していたのです。ダイヤモンド鉱山は経営に失敗したかと思われましたが、後に回復し莫大な利益を生んでいます。父クルー大尉が亡き今、莫大な財産は彼女たちのものです。」
「おい、マリア・ミンチンはどこだ!」
突然、応接室の外で大声が響いたので外に出ると、ローズノワールがハリーにナイフを突きつけています。たまたま近くを通っていたハリーは、ローズノワールに運悪く人質にされてしまったのです。
「一歩も動くんじゃねぇぞ…こいつの命が惜しければな!」
ローズノワールはナイフを持った右手を前に出して言います。ローズノワールに左腕で固定されたハリーは動くことができませんでしたが、セーラに気付くと大声で叫びました。
「セーラ、逃げろ!」
「騒ぐんじゃねぇ!」
人質に騒がれるとまずいと感じたローズノワールは、ハリーにナイフを向けました。その騒ぎを聞きつけたニコルがかけつけてきました。
「待て!どうしてこんなことをするんだ!」
ミンチン先生の制止を無視して近づこうとするニコルに、ローズノワールがナイフを向けます。
「動いたらその端正なお顔に傷がつくぜ、白薔薇様。」
「待ってくれ、なぜ俺が白薔薇だということを知ってるんだ?」
ニコルの問いに、ローズノワールはナイフを持っている右手の甲でかぶっているフードを外して言いました。
「俺はな、金を払えなくてこの学院を追い出されたフランク・パーカーだ!」
フランクの言葉に、セーラが言いました。
「何があったのか知らないけれど、逆恨みをするのはよくないわ。」
セーラは近くでもめごとがあると、すぐそこに飛び込んで仲裁しようとするような人でした。
「ほう、いい度胸じゃねえか。でも、女だからって容赦しねえぞ!」
フランクがそう言って、セーラに切りかかろうとナイフを持った右手を振り上げたときでした。音もなく後ろに回り込んでいたラムダスが投げた手裏剣がナイフに命中し、ナイフは床に音を立てながら落ちました。
「え?どうなってるんだ?」
ハリーは刃物同士がぶつかる音を聞いたと思えば、自由に動けるようになっていました。フランクは床に落ちたナイフを探していたのです。ハリーには何が起こったのかわかりませんでしたが、身の危険を感じたのかすぐに走っていきました。セーラもニコルに連れられて、フランクから離れました。
フランクがナイフを見つけて取ろうとした時、ラムダスがフランクをおさえつけ、クリスフォードさんがフランクの前に出ました。
「チェックメイトだ。」
クリスフォードさんがこう言うと、フランクは叫びました。
「ふざけるな!何がチェックメイトだ!」
「もうすぐ警察が到着する。学院の関係者がこっそり通報していたからな。もうすぐ君はこの愚かな行いのせいで逮捕されるだろう。」
クリスフォードさんが言い終わると、数人の警察官がやってきました。
「フランク・パーカー、脅迫罪と未遂罪の現行犯で逮捕する!」
警察官の1人がフランクに手錠をかけて連れて行こうとした時、セーラが言いました。
「きっと更正してください!あなたを愛する人がずっと待っていてくれます。」
その言葉に、フランクはふと自分の恋人だったアーメンガードを思い出しました。そして、消えそうな声で言いました。
「もっと早くあんたに出会っていたら、俺の人生は変わっていただろうな。」
そう言い終わったのを確認した警察官は、フランクを連れて学院から出てパトカーに乗りました。アメリア先生とカール先生、マルク先生は現場にいた全員が無事でよかったと言っていましたが、防犯対策について考える必要があるとも話していました。
「セーラ、君もけがをしていなくてよかった…!」
緊張が解けたハリーは安心して、泣き出してしまいました。
「これで一件落着ですね。ですが、今回のようなことが二度と起きないように学院側でも対策を練ってください。お金が払えなくなった生徒を下働きにするのはどうかと思いますよ。それと、犯罪に巻き込まれるような面倒ごともごめんですよ。」
カーマイケル弁護士は、ミンチン先生に向き直って言いました。クリスフォードさんもこう言いました。
「再発防止策を検討してくれるなら、10万ポンドをこの学院に寄付し、彼女たちを復学させようと思っています。」
「わかりました。検討いたします。」
ミンチン先生がうなずくと、クリスフォードさんとカーマイケル弁護士は安心しました。そして、となりのお屋敷に戻ろうとした時でした。
「待ってください!」
ハリーは気が付いたら、セーラを追いかけていました。セーラに自分の想いを伝えたかったのです。
「セーラ、おいらはずっと君のことが好きだったんだ!だからさ…。」
顔を赤らめたハリーがそう言いかけると、セーラは優しくハリーの手を握りました。
「ええ、知っていたわ。」
そして、セーラはハリーをじっと見つめながら、ほほを赤く染めてこう言いました。
「愛してるわ、ハリー。」
こう言い残して去って行ったセーラの後ろ姿を見て、ハリーの心臓は高鳴っていました。セーラに手を握られたこと、「愛してる」とささやかれたことが嬉しかったのです。
この日、セーラとローラはとなりのお屋敷に泊まることになりました。屋根裏部屋にあったバニーユとフレーズのぬいぐるみもラムダスが回収してくれました。




