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裏切り 2

叫ぶやいなや俺を目掛けて後方から短剣が複数飛び、それを弾き落として地上に降りればカエラもそれに続く。

後方、それは元々トリオンとヤコブの居た場所だ。まさか二人が間者だったというのだろうかと疑心を持つが取り囲むように敵兵が複数現れ思考する隙を与えてはくれない。


「くそっ!」


姿を現さない間者の正体を掴むよりも敵兵を薙ぎ倒すほうが先か。

剣を抜いてカエラと背中合わせに立ち、小さく死ぬなよと声をかけると「お前もな」と普段通りの返事が来た。

ジリジリと躙り寄る敵の多くが戦闘に不慣れなのか剣を持つ手が震えている。手練を多くというよりも数で押すつもりなのだろうし、確かにこの人数相手に的確に一人ずつ斬り伏せていくのは無理そうだ。馬鹿でもない限り一対一などしてくれようもない。


「うわあああああッ!」


叫び声を上げ数人が一気に斬り掛かってくる。それを躱しつつ引き気味に剣を振り上げて一人の腕を斬り、近場に居た敵兵を蹴り飛ばす。

腕を負傷したはずの兵がすぐに落とした剣を拾っているあたり手応えはあったが傷は深くなかったのだろうか……いや、傷が塞がったのか。

そう思い直し次々と寄ってくる兵を斬るが、どれも致命傷には至らず敵が立ち上がる。

いくら化物と呼ばれていようと魔石で強化していようと人間であることには変わりなく、確実に体力は奪われていく。それは敵とて同じことだが、如何せん人数の差は大きい。


休む間などなく複数の敵との適度な間合いを計りながら剣を振り、肩で息をしつつざっと残る人数を確認したときには気がつけば滝壺に水の落ちる音がすぐ近くに聞こえる場所まで来ていた。

目が暗がりになれたとは言っても見づらいことには変わりなく足場には細心の注意が必要ではあるが、そこに気を取られすぎては相手がいくら剣を扱うことに慣れていなかったとしても自分の命を危ぶめることになる。

少なくとも敵が魔石を身に着けていることで俺やカエラの目には敵の場所が把握しやすく、動きがわからないといったことが無いのは救いだろう。緑の魔石さえなければもっと助かるんだが……と胸中で愚痴を零しても何にもならないが、そう思わざるを得ないほどには体力が削られている。

未だ裏切り者が姿を見せることはなく、それでも隙を見付けては短剣が飛んでくることから潜んでいることだけは確かだ。確実に背中を向けている時に飛んでくるのだから、おそらくこの場にいる敵の中で最も手練と言えるのはレコネアを裏切った二人だろう。

できればその二人に相対するまでは体力を温存したところではあるものの、そうはいかないようだ。


剣をぶつけ合い刃が溢れ、鉄の割れる音が鳴って剣が折れた瞬間は流石に焦りはしたが近くに居た敵を殴り飛ばして剣を奪い、今だと勢いよく突っ込んできた敵を斬りつける。

視界の端に何とか怪我を負うことなく戦い続けているカエラの姿を確認して多少安堵して再び剣を構える。

もう少し減らせるか、せめて武器の扱いに慣れた者だけでも減らせればカエラの援軍に向かえるのだが……そう思い、肝心なことに今更気付いた自分に驚きすらした。

盤面が見えていないにもほどがある。裏切り者の存在に意識が行っていたせいで思考をそちらに割き過ぎていたのだろう。

武器の扱いに慣れた者はそこまで多くない。兵士か騎士かは知らないが、それらは雑兵の後ろに隠れるように剣を構えていることから彼らを人ではなく道具か何かと考えているのだろう。

それならば彼らを支配しているであろう者たちを優先して潰してしまえば簡単に統率は乱れる。


「カエラァッ!」

「あぁ!?」

「後ろに隠れてる兵から潰せ!」

「ンなこと言って、もッ!」

「何のために付けてんだ!」

「おまッ……わぁったよ!!」


叫んで伝えながら目の前にいる雑兵を乱雑の弾き飛ばしては斬り掛かってきた者の腕を掴んで別の者がいる場所に投げ飛ばす。

たとえ剣が刺さろうと引き抜いてしまえば魔石が瞬時に治すのだから怪我をしないようになど考える必要など無いのだ。死ななければ。身体が動くのであればそれでいい。

負傷するたびに魔石の中から輝きが抜け落ち、それに応じて負傷箇所が閉じていく。

弱々しく振り上げられた剣先が顔に巻いていた母上に貰ったクラバットと共に右頬から額までを裂き一瞬だけ右側の視界を奪われた。


「邪魔くせぇッ!死にたくなきゃ雑魚は下がってろッッ!!」


フェイブルに聞かせたことのないような乱暴な雑言を吐いて、血走った眼を向ければ雑兵たちが尻込みその場に佇む。それを気に留めることもなく指揮権を持っているであろう兵の前に突っ込み、そいつの首を狙う。

簡単に届かないことはわかっていた。

到達する前に俺を取り囲んだ兵の剣を強く握って薙ぎ払い、片手で持った剣で逆側から斬り込んでくる兵を雑に斬る。

剣術も騎士道もない俺の姿は正しく化物に見えるだろう。

怯む敵兵を次々に殺しながら視界に入る最後の敵兵の前に立って命乞いをしたそいつを斬り伏せカエラの援護に向かおうというときだった。

漸くその二人が姿を現したのは。


「化物ってのは事実だったか」

「おいおい、後ろから狙うんじゃなかったのか?」

「化物と戦う機会なんてこれを逃したら無いだろう?それにこんな細っちぃガキより俺らの方が強えだろうよ」


そう笑うのはセロ村で地図を広げていたロレンザ辺境伯家に連なる家の子息だった。隣に立つ騎士と顔立ちが似ていることから同じ家門もしくは兄弟といったところだろう。


「ロレンザの人間が裏切っていたとは思ってなかったな……」


長く息を吐いて呼吸を整えてそう言うと俺とカエラの間に立った二人は嘲るように顎を上げる。


「馬鹿な王に従う本家の奴らが気に入らなくてなァ」


ゲラゲラと大柄な身体を揺らして笑う二人の向こうで戦闘を繰り広げるカエラの限界が近く見え、焦る気持ちを抑えながら剣を構えた。

他の場所でも戦闘が起きていることは間違いないだろうが援軍の遅さに少なからず苛立ちを感じはする。しかし、こちらで不測の事態が起きたということは他の場所でも起きていてもおかしくはない。

援軍に来れないような何かが起きているのだろう。

そう考えながら柄を握る手に力を込めたとき、立ち塞がる騎士が雑兵に向かって大きく声を張り上げた。


「おい!テメェら、せっかくレコネアに戻ってこれたんだ。家族のもとに帰りたいんじゃねぇのか?こいつら二人を殺さねぇと帰れねぇぞ?」


雑兵の一部が歯を食いしばり涙を浮かべて立ち上がり再び俺に剣を向ける。


「……は?」

「おいおい、気付いてなかったのか?こいつらはレコネアで行方不明になってた孤児共だぞ?」

「そりゃ気付いてるわけねぇだろ。王家も騎士団も孤児のことなんか気にしたこともねぇんだから」

「なぁ、クロウゼス・シャーレッツオ。今お前が殺した雑魚の多くはレコネアの民だ。民を護るべき騎士が民を殺しまくってるとは騎士の風上にも置けないんじゃないか?」


俺の動揺を誘うかのごとく嘲笑う二人の物言いに俺の脳は冷静になっていく。騎士の風上にも置けないのは今更じゃないか?と。


「……ハハッ」

「あ?何笑ってんだ?気でも触れたか?」

「いや、まだ俺をまともな騎士だと思っている奴が残っていたとは思っていなかっただけだ」


王都で何が起きていたのか、せめて社交界での噂のひとつでも耳にしていれば俺が他人を盾にとったくらいで動揺を見せるような人間ではないと判断できただろうにと嘲る。それに今更その噂を払拭しようなどとも思っていない。

雑兵に少しだけ視線を向け、言い聞かせるように言葉を紡ぐ。


「任務完遂のためであればどのような汚名も被る覚悟はある。ただ可能ならば被害は最小限に抑えたいというのが本音だ。しかし、お前たちが剣を取るというのなら俺は躊躇いなくお前たちを斬るだろう。国王陛下のご意思に背き、国賊となって家族共々葬り去られる覚悟がある者だけが剣を取るといい」


そう語りかけると雑兵たちの手から剣がするりと落ちる。


「……僕たちは、故郷に、家族のもとに帰してもらえますか?」

「必ず」


一言だけ返せば彼らは崩折れて涙を流す。

兵士として訓練されたわけでもない彼らの戦意を削ぐことは容易く、その姿を見た屈強な男は嫌悪感を顕に舌打ちをした。


「まあ、お前を殺しちまえばいいだけの話だな」


そう言って一人は片手で持った大剣の剣先を俺に向け、もう一人が抜剣する。その時、彼らの手首に巻かれたバングルが視界に入った。

魔石としての効力のない赤いガーネットをわざわざ任務中に身につけている意味は考えずともわかることだ。


「ノミンシナ・ハオスワタの犬か」

「あぁ!?」


明らかにノミンシナの名前に反応を見せ熱り立つと力任せに大剣を振り、もう一人は冷静に距離を取り俺の動向を探る。

冷静とは言ってもその目の鋭さは確実に俺に対する敵意が増したことを示していた。

直情的な男と冷静な男で組んでいることは至極真っ当で適しているとは思うものの今ばかりはどちらも直情的であってくれたほうが有り難かったとも思う。

振り回された大剣を軽くいなして、どう二人を相手にするかを思考する。

この屈強な男がカルデンのように体格だけに恵まれた人物であるなら片付くのも早いだろうが、そうではないことは大剣を扱う様や動きから理解できる。

レコネア最強と称されるロレンザの一員なだけはあるなと感心すると同時に彼らの現状が残念でならない。彼らほどの実力があれば勇猛果敢な騎士だと称賛を浴びることも夢ではなかっただろう。


闇の深い森に鋭い剣戟を響かせながら交互に迫る彼らの攻撃を何とか防ぎ、隙という隙を見付けられないまま攻防は続いた。

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