幕切れ
何度攻撃を防ぎ、何度攻撃を繰り出したかもわからない。
汗を滴らせながらジリジリと押され始めて漸く自分のすぐ後方が崖であることに気付いた。
きっと実力では俺の方が上だろうが大きな差はなく、数的不利が響いている。せめてカエラの戦闘さえ終わってくれたらと願うが離れてしまった現状カエラの様子を知ることさえできない。
どうにか形勢を逆転すべく多少強引に相手の足元を狙いつつ崖から離れれば俺を逃すまいと眼前に大剣が迫る。
身を翻し剣を躱して近くの木に身を隠す。
自分の負傷した回数からして残る緑の魔石は三つ。そのどれもが人目につきにくい場所にあるため彼らに残る個数までは知られていないだろう。
できることなら個数を減らさずピグロッグ入りしたいところだがそうも言ってられない状況だし、姿の見えないカエラも同じような状況にあるのではと思う。
木々や草陰に隠れながら残る短剣と腰袋の中に入った武器の数を確認し、一際太い幹の陰に隠れたときに勢いよく駆ける足音と咆哮に近い声が響く。
「オルアアアアアアアアアアアアァァァァァァッッ!!」
息を呑み這い蹲るように頭を下げると大剣が太い幹をものともせず切り倒し頭のすぐ上を通っていく。
「チッ、ちょこまか逃げてんじゃねぇぞ!」
――お前のほうがよっぽど化物だろ……。
ドクドクと心臓が脈打ち急ぎその場を離れると騒々しく葉の擦れる音がすると同時に地面が揺れ激しい地響きが脳を揺らす。
流石に今の瞬間ばかりは死を覚悟した。
胸を撫で下ろすのもそこそこに剣を持ち直し、相手の位置を確認してから投擲武器を使用して撹乱する。
太い木を薙ぎ倒すような馬鹿力に真っ向勝負を挑むのは流石に馬鹿げていると思うし、何より勝ち目がない。素早く動き撹乱するのも体力が削られる作戦ではあるが勝機はこの作戦にしかないだろう。
木々や草陰を移動しながら短剣や麻痺毒の入った煙玉を投げると徐々に相手の足が鈍っていき、その状況を理解できていない彼らの表情には焦りや困惑が見て取れる。
そもそも彼らはこの麻痺毒入りの煙玉の存在を知らない。何せシャーレッツオの分家にあたる男爵家の三男坊が遊びで開発したものだ。
麻痺毒の材料は黒の魔石と何らかの薬剤であり、見た目は小石のように細工し煙玉とはいっても立つ煙は多少の砂埃程度のもの。
俺が最初にこの煙玉を見たときだって子供騙し程度のものだと思っていた。あくまでも実験段階のものを持ってきただけで、それほど効果は期待していなかった。
しかし、明らかに二人の男の足が鈍っているのだ。十四歳の少年が開発したにしては、あまりに強力で凶悪なものだと口元が引き攣る。
どう考えても麻痺毒の分量がおかしい。
――小型獣の狩猟用って話だったろ。
説明では体重が重いものには効果が出るのに時間がかかると言っていた。
そのはずなのに煙玉を投げてすぐに効果が出ているというのはどういうことだろうか。いつの間にか即効性のものを開発していたのか、それともこれで効果が出ていない方だとでも言うのだろうか。
いや、一先ず効果が出たことに感謝すべきかと思い直して剣を強く握り斬り込む。
鈍くなったとはいっても彼らが強敵であることには変わりない。ロレンザの騎士がその程度で膝を折ることはありえないし、剣を落とすこともない。
甲高い音を立てながら剣を合わせ、弾き、それを繰り返しているうちに漸く一人がふらつき始めた。
瞬時に距離を取りながら腰に下がった短剣を取り、数本をもう一人に投げ込んでからふらついた騎士に対して一気に距離を詰める。
力なく上げられた剣を弾き飛ばし、一思いに首に剣を向けた。
吹き上がる血潮を頭からかぶりながら、流石はロレンザの騎士だと感嘆すらした。
自らが死ぬことを瞬時に悟った男は弾き飛ばされた剣に構うことなく近接距離に来た俺の腹部に短剣を突き刺したのだ。
激痛が走る中、残る一人が近づかないうちに短剣を強引に引き抜き迫り上がる鮮血を吐く。
口の中には鉄の味が広がり不快ではあるが、それを気にしていられる状況ではなく乱雑に口元を拭いながら距離を取る。
血液が減ったことによる目眩が生じたが何とか持ち堪えて双眸を血走らせた男と視線を合わせた。
「小細工をしないと勝てねぇとは化物もそれほどじゃねーな」
「俺からしてみれば、あんたらの方が化物だ」
「ハッ!認めてもらえて何よりだクソガキ」
一人になったことでより一層気を引き締め痺れを感じさせない動きで動き出した男に合わせ、剣を受ける。
滝を背に剣の合わさる音が響き、男の後方、暗い森の中にちらりと魔石の輝きが見え隠れする。
――カエラの魔石と……ヤコブとセドリックか。
カエラのもとに援軍があったことを察し、徐々に近付く魔石の輝きを視界の端で追った。
後方で草を掻き分ける音に気付いた男の表情が苦いものに変わり、死期を悟ったのか今まで以上の力を込めて剣を叩き込んでくる。
俺だけでも始末しようという強い思いが伝わる斬撃というよりも打撃に近いそれを受け続けた剣が悲鳴を上げ、ヒビが入るのが見えた瞬間、剣が割れた。
咄嗟に帯剣の横っ面を腕で弾き、肉を削がれながらも瞬時に距離をとって複数の短剣を投げつける。
相手も満身創痍だったのか再び距離を詰めてくることはなく短剣を躱しながら腰袋から何かを取り出し、手に持った何かを俺に向けて投げ込んだ。
残る武器は短剣ひとつ。それを投げるのとカエラたちが暗がりの中から姿を見せるのは同時だった。
後方から三人が男に向かい、男の心臓が貫かれるところを見た俺は投げられた球体を視界に捉え風に乗って届いた火薬の臭いでそれが何なのかを察した。
逃げなければ……そう思っても後方には大きな滝があり、足場も悪い。
それでもと何とか球体を避けた瞬間地面に叩きつけられた球体が爆発し爆風とともに上がった火が俺の左半身を焼く。
「クロウッッ!」
カエラの声が遠くに聞こえ、薄っすらと開いた視界に嫌味なほど輝く満天の星空とあの夜と同じ三日月があった。
激痛と熱さが残り、皮膚の焼け焦げた臭いが鼻に付くということは魔石が治せる範疇を超えたということ。
耐えて、耐えて、耐えた結末がこれなのか。
もう終わりなのか……。
遠退く意識の中で喉を震わせ声にはならない言葉をフェイブルの色を持った三日月に向けた。
――フェイ……ごめ、ん……。
力なく宙に放り出された俺が最後に見たのは、俺を追い崖から飛び込むカエラの姿だった。
これで一章【レコネア編】が終わりになります。
二章【ピグロッグ編】の開始をお待ち下さい。




