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闇に紛れる者

王都を離れ、サンチェスと合流し既に一時間は夜目の利く黒馬を走らせている。足場の悪い山道にも拘わらず軽快に進む黒馬二頭の優秀さには頭の下がる思いだ。

月の無い暗闇が支配する夜に俺たちのいる山道から左下方にあるはずの補整された街道を視認することは出来ないが、いくつかの灯りが揺れるのを見付け、隣を走るサンチェスに合図を出す。

顔を隠すため目深くフードを被り、視界に捉えたカンテラの数は四つ。揺れ方から見てそれなりの速度が出ているようだ。

前方の護衛二人がひとつずつ、車体左側部にひとつ、左後方の護衛がひとつだ。左側にカンテラが寄っているのは川が近いからだろう。

ショモナー領までの補整された道はここしかないし、何より馬術が得意ではないクルライは必ず馬車で移動する。ショモナー領まで最短距離である俺たちが走る山道は狭く馬車は通れないが故に補整された道を通るしか無かったのだ。それが仇になるとも知らずに。

そして、俺たちがクルライを排除するために選んだ場所は唯一俺たちが進む山道から彼らの進む街道を隔てる崖の傾斜が緩やかになる場所だった。

馬の腹にトントンと足を入れて所定の場所に先回りすれば、そこには見知った男がいた。


「お久しぶりです。坊ちゃん」


特徴がないことを特徴とするその男は傭兵団に所属する一人で、ショモナーに潜らせていた間者だ。


「ご苦労だったな」

「いえいえ、随分と楽な仕事でしたよ」


にこにこと人の良さそうな顔で簡単に報告を始め「まぁ、そんなとこですね」と締めて再び姿を隠した。

どうやら伯爵夫妻の始末も滞りなく終わったらしい。有能だと噂だったショモナーの執事は既に引き抜き、今はシャーレッツオ領にあるグィンネルという鉱山街で宝石の鑑定職に就かせている。

主に背くことを恥とするかと思ったが話したところ、そんな雰囲気もなく彼は「先代並びに今代のショモナーにお仕えしていることこそが恥ずべきもので御座います」と肩を落とし、喜んでショモナーを離れていたことから今代ショモナー伯爵夫妻も従者からの信頼はないのだと判断し処分することに決めたのだ。

潜らせていた間者によればショモナー伯爵城は既にもぬけの殻で、盗賊に成りすましていた傭兵団がそのまま侍従に成りすまして伯爵城に入り、カートイット伯爵がいずれ差し押さえにくる時に円滑に作業を進められるように準備をしているところだといっていた。

当然、伯爵夫妻が逃亡する際に持って行った宝飾品や調度、ドレスなどの類も全て回収した上でだ。

そしてもうひとつ、ついでにと言って置いていった情報はあの馬車の中には舞踏会に参加していなかったアイリーンも同乗しているというものだった。


「妹の方はどうする?」

「邪魔なことには変わりないだろ。生かしておいてカルデンに擦り寄ろうものなら迷惑を被るのはお前じゃないのか?」

「それもそうだ」


闇に溶け込んだまま高台から徐々に近付くカンテラの灯を眺め、サンチェスに声を掛ける。


「さぁ、行こうか」


返事はないが金属の擦れる音がして、鞘から剣を抜いたことがわかり、俺も抜剣した。


「クロウゼス、俺が前から行く」

「了解」


一言了承の声を返し、黒馬で高台から一気に街道へと駆け下りる。俺の目標は馬車の後方、カンテラを持たない護衛だ。

相手方が黒馬の蹄の音に気付いて警戒を顕著にしても俺の心臓は弾むことさえない。

ただ、真っ直ぐに簡易的な甲冑と兜の隙間から見える男の首だけを狙う。

嘶きは俺の黒馬のものではないし、視界を掠めた短剣は一直線に馭者に向かい、ドサッと重い何かが転がった音がした。

すぐさま耳に届いた剣戟も俺のものでもない。


「賊だ!こっちはひ」


前方の声は言い終えないうちに途切れ、馭者を失った馬車が止まると同時にカンテラの灯が俺に向いた。その瞬間、馬上にいる一人目の護衛の喉元に剣を突き刺し引き抜く。

鮮血が吹き出し、その向こうにいる一人の護衛と目が合った。


「お前は──ッ!」


金の虹彩は魔石を見抜く瞳を持つシャーレッツオ家特有のもの。見られればバレるのも当然だが最初から生かして帰す気などない。

手綱を強く引き、向きを変えて騎手の居なくなった馬の腹にダンッと足を入れて眼前から障害物を無くし、形が良いと言われている唇を引き上げるように歪めた。

カンテラを持つ護衛の背後を取り、剣を持った右手を靱やかに振り上げ、その首を狙う。

暗殺は時間をかけてはならない。その一振、一突きで確実に仕留めなければならない。

それが父上からの教えだ。忠実に教えを守って護衛の首を落とし、前方にいた護衛を片付けたサンチェスと視線を合わせた。


「これの始末は任せろ。お前は中のを」

「頼んだ」


首の無い護衛を一人ずつ引き摺り闇に解けていくサンチェスを見送り、俺は停まった馬車の扉に剣を突き刺し、引き抜き、もう一度突き刺した。

中から半狂乱の叫声が聞こえ、二人は扉から遠い位置に身を潜ませていると把握し、扉に手をかけ勢いよく開けた。


「クルライ・ショモナー。アイリーン・ショモナー貴方たちを始末しに来た」


妹を庇いながらも震えたクルライの濃い青の瞳が見開かれる。


「クロウゼス……ま、待てよ!なんで、俺たちはお前には何もしてないだろ!それにハオスワタはショモナーを庇護して──」


自身を守るように握った剣は震え、切先はかろうじて俺に向けられている。それは訓練でしか剣を握ったことがないと物語っており、小刻みに震える剣を叩き落とした。


「騎士の端くれであるなら剣くらいは正しく構えたらどうだ?」


そう言って馬車に乗り込みクルライの襟首を掴んで外に引き摺り出した瞬間、クルライが暴れ、俺の手を離れた。


「うわあああぁぁぁ!誰か!誰か居ないのか!」

「お兄様ッ!」


兄に縋ろうと身を乗り出したアイリーンの髪を乱雑に掴み、その首に剣を当てる。

騎士であるにも関わらず他者に助けを求める姿は無様としか言い様がなく、不快感を顕にして舌打ちをする俺の視線の先で四つん這いのまま縺れる手足を動かし逃げようとするクルライの襟首を死体を片付け終わったサンチェスが掴んだ。


「護衛ならもう居ないぜ?とっくにあの世に逝ったからな」

「サンチェ……ス?」

「ショモナーが密輸という重罪を犯していたことが発覚した。それだけのことだ」

「俺は知らない!そんなのお祖父様たちがしてたことだろ!」


簡単に墓穴を掘るのはノミンシナだけではなかったらしい。

ズルズルと砂利の上を引き摺り、川縁で改めて泣き喚くアイリーンの首元に剣先を突き付けた。


「本当に貴方たち兄妹は邪魔で仕方なかったよ。その首を切り落とす日を心待ちにしていた」

「な、なんで……俺たちがお前に何したっていうんだよ!」

「俺に?あぁ、俺には何もしてないな。そもそも対象が俺であればお前如き歯牙にもかけていなかっただろうな」

「じゃ、じゃあシーナと親密なことへの嫉妬か?そんなの仕方ないだろ!シーナは」

「その名前を出すな。吐き気がする」

「は?」


唖然と俺を見上げる眼が揺れた。

本当に俺が何を思ってノミンシナの婚約者になったのか、何を思ってここにいるのかが分からないようだ。


「お前達の失敗はノミンシナに加担してフェイブルを苦しめたことだ。俺にとってそれ以外は、どうでもいい」

「は?あんな特徴もない平凡な女のせいで?ふざけ」


クルライが発した言葉に頭に血が上るよりも先に手が動き、アイリーンの叫声が響く。

わざと太腿を掠るように剣を地面目掛けて突き刺したことでドレスに血が滲み、クルライがやめてくれと懇願する。


「いやあああああああぁぁぁぁッ!痛い痛い痛い痛い痛いお兄様助けてッ」

「や、やめ……もう、邪魔しない。カートイット嬢の前にも姿を現さないと誓う。だか、だから……」

「なぁ、大事にしていた者を奪われ、目の前で傷付けられるのはどんな気分だ?」


泣きじゃくり逃れようとするアイリーンの頭を無理矢理持ち上げ、その顔をクルライに向けさせる。


「ついでにいくつか質問をしようか。お前の婚約者だったウラネス家はシャーレッツオの遠縁にあたる。それだけでも罰するに充分だと思わないか?」

「……か、金の問題ならユリーカが出すと言ったんだ!その代わりに何度もデートだってしてやったし、あいつのつまらない話にだって付き合ってやった!俺は悪くない!」

「ウラネスに俺の駒が紛れ込んでいると知っても同じことが言えるか?」

「え……」


口を噤んだクルライの視線が俺から離れ言い訳を探すように動く。


「まぁ、いい。次に移ろうか。孤児院で一人の修道女を始末したことは覚えてるな?彼女が告発した拉致や人身売買の主犯がアイリーン・ショモナーであるとされた。これに異論はあるか?」

「は?アイリーンにそんなこと出来るわけ無いだろ!要領の悪い妹がそんな……アイリーン?」


押さえつけられたまま泣きじゃくっていたアイリーンの声がピタリと止み、小刻みに首を振る。


「あ、あれは……私じゃ……違うの。でも、でもお慕いする方が……協力すれば私のお慕いする方が還俗なさる方法をカルデン様が探してくださると言ったから!」

「カルデンか……」


ポツリと零したのはサンチェスだ。拉致や人身売買にカルデンが絡んでいるとなると、こちらとしても公にするわけにはいかない。

サンチェスの瞳が「カルデンのことはこちらで探る」と語り、首肯する。


「では、ショモナー城にある宝石の山について聞こうか。あれは何処から入手し、何処に流している?」

「俺が知ってるのは王室から運ばれてきていることだけだ!送り先なんて知らない!教会とか、そんなところじゃないのか!?なぁ、俺は何も知らないし聞いてないんだ!だから、殺さないでくれ!」

「それは聞けない願いだな」


地面についていたクルライの手にサンチェスの剣が刺さり、引き抜かれる。


「何も知らないとは最期まで使えないな」


頭を鷲掴む俺の手に力が入り、アイリーンの身体が硬直した。


「恨むならクロウゼスを選んだ紅蓮の魔女を恨むといいぞ」

「そのうちお前たちのもとに逝くだろうから恨み言はその時までとっておくといい」


強引にアイリーンの背筋を伸ばし、背中側から心臓を貫く。悲鳴は上がらなかった。

剣を引き抜けば吹き出した鮮血がクルライを赤く染める。


再び絶叫を上げて暴れ、無我夢中でサンチェスの手を振り払ったクルライの背後にあるのは流れが早いノエイン川だ。

サンチェスが剣を振り下ろし鮮血が飛び散るのとクルライが川に落ちるのは、ほぼ同時だった。

川縁に転がるクルライの左腕を手に取り、そこに着いていたブレスレットと指輪を抜き取って同じく宝飾品を剥ぎ取ったアイリーンと共に川に捨てた。

この川の先には大きな湖がある。その湖は落ちたら最後、二度と這い上がることは出来ないと有名な場所でもある。

彼らの遺体が見付かることはないだろう。


「さっ、終わったんなら早いところ帰ろうぜ」


暗闇の中でサンチェスが言い、もう一度間者の男とその仲間の男たちが現れる。


「馬車と血痕の始末はこちらでしておきますよ」


男の言葉に頷き、俺たちは再び大人しく待機していた黒馬の背に乗った。


「お前たちは始末が終わったらショモナーに向かいカートイット伯爵が訪れるまで待機だ。貯まっている宝石に関してはカートイット伯爵に分けて貰った後、差し押さえるに相応しくないものは領にある俺の所有する別邸に送るよう頼んでくれ。別邸の場所はフェイブルが知っている」

「はいよ」



来た道を戻り王都に入る関門で一人の騎士に呼び止められ、顔をよく見ればカエラの兄であることが分かった。


「マイルズ、何でここに」

「今日から王都の警備部隊に配属になったんだ。今後も何かと融通を効かせられるだろうからカートイット家にも言っておくといいぞ」


ふっと笑って感謝と別れを告げ、直後にサンチェスとも別れた。

俺はポケットに忍ばせたショモナー兄妹から剥ぎ取った物に触れ、カートイットにそれを届けることを決めた。

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