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47.日下部さん家の四姉妹④


「さて……戦いも終わったことだし、そろそろここを離れたほうがいいかな?」


 存分に美月ちゃんの成長ぶりを味わって……僕はコホンと咳払いをしてそう切り出した。

 公園にいた人たちは避難させているが、あれだけ派手に爆発やらしていたのだ。すぐにだって警察や消防が駆けつけることだろう。

 このままここにいれば、余計な詮索を受けることになってしまう。早めに逃げたほうがよさそうだ。


「はい、名残惜しいですがその通りですわね。ようやくお兄様と本来の姿で語らえる日が来たというのに……」


 グラマラスな大人の姿をした美月ちゃんは、そう言って肩を落とした。

 ただそれだけの動作で巨大な果実がプルンッと揺れるのだから、目のやり場に困ってしまう。

 相手が小学生であることを言い聞かせ、僕は胸の奥から湧いてくる謎の衝動を懸命に抑えつけた。


「あら? 私は1万年以上も生きている悪魔ですから、手を出したって法には触れないと思いますわ? 小学生の姿ならばまだしも……悪魔の力を解放している状況ならば、余裕でセーフではないでしょうか?」


「煽るようなことを言わないでもらえるか!? その後で、どんな顔して君のお姉ちゃん達と顔を合わせればいいんだよ!」


 華音姉さん達に「美月ちゃんが大人になったから抱いちゃいました!」とか言ったら、さすがにガチ説教されると思う。風夏にいたっては、文房具で刺してくる気がする。


「そうですわね……とりあえず、子供の姿に戻りますわ。お兄様との子作りはまたの機会にいたしましょう」


「……リアクションに困るセリフを言わないでくれるかな」


「そうそう、一応言っておきますけど、小学生の状態でもいつでも押し倒してくれてもかまいませんわよ? お兄様のためならば、12歳でママになる覚悟はできていますもの」


「リアクションに困るセリフを言わないでくれるかなっ!!」


 俺は悲鳴のようにわあわあと騒ぐが……そこでふと、背後に強烈な気配を感じた。


「ッ……!?」


 弾かれたように振り返ると……背後の空間にいつの間にか、影が凝り固まったような黒点が生じていたのである。


「これはっ……!」


「まさか……生きていたのですか!?」


 美月ちゃんは変身を解除するのを中断して、叫んだ。

 俺もまた黒点の正体に気がつき、表情を歪めながら地面を蹴った。


「復活なんてさせるかよ! このまま死んどけ!」


 宙に浮かぶ黒点が徐々に密度を上げていく。

 確認するまでもない……その正体は、先ほど倒したはずの悪魔王である。

 考えてもみれば、倒したラスボスが第2形態になって復活するのはお約束だ。けれど……お約束通りに復活など許さない。このまま形を成す前に倒してやる。


「『正義の聖剣』――世界の敵を討ち滅ぼせ!」


 悪魔に対して特攻効果を持たせた聖剣を再び取り出し、背後の黒点に向かって叩きつける。

 しかし……振り下ろした刃は固い金属に弾かれたような感触に受け止められた。


「なっ……!?」


『よくも、よくも人間ふぜいがこの我を……! 許さんぞ、下等生物めが!』


 凝り固まった黒点の中から現れたのは、たてがみを纏った獅子の顔面である。

 異常なのはそのサイズ。獅子の頭部は大型車ほどの大きさがあり、まるで黄金で生成されているかのようにまばゆく輝いていた。

 続いて、頭部の下に胴体が出現していく。首から下は獅子ではなく人間の身体。金属製の鎧を身に纏っており、腕は3対6本。それぞれに剣や槍、斧などの武器を把持している。


 やがて黒点が消失し、完全な姿となった悪魔王が現れた。

 獣面人身にして、黄金の肉体を持った全長20メートルほどの怪物の具象である。


『器の試運転はここまでだ! 貴様は我を激怒させた……この世の終わりを始めてくれよう!』


「まさか……肉体を『創造』し直したのか!?」


 おそらく、聖剣によって貫かれて悪魔王は一度死んだ。

 しかし、魂までもを完全に葬り去ることはできず、あのイケメンストーカーの超能力によって身体をより優れた形に造り直したのだ。

 金色に輝く身体はもはや悪魔でもなければ人間でもない。悪魔という敵を討ち滅ぼすために生み出した聖剣では、目の前の怪物を滅ぼすことはできなかった。


「お兄様!」


「ッ……!」


 巨大な獅子頭の巨人が剣を叩きつけてきた。

 すんでのところで回避するが……別の手に持った戦斧の攻撃を喰らってしまう。


「くうっ……!」


 咄嗟に聖剣で受け止めることに成功したが、大型トラックに衝突したような衝撃に溜まらず吹き飛ばされてしまった。少し離れた場所に映えていた公園の木に背中から衝突する。

 慌てて美月ちゃんが駆け寄ってきて、背中で大木をへし折ってしまった僕を助け起こす。


「ああ……お兄様、お兄様! しっかりしてくださいませ!」


「問題ない。大丈夫だよ……それよりも……!」


『グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!』


 獅子頭の巨人が頭上を仰ぎ、巨大な咆哮を放った。

 途端、まるで天空にヒビが入ったような亀裂が走る。夕焼けに染まった空がペリペリと剥がれ落ちていき、その向こうには真っ暗な闇が広がっている。


『来たれ眷族、地獄の軍勢よ! お前達に器を用意してやろう。表世界の下等な人間共を殺し尽くせ!』


 空に開いた穴の向こうから、青白い球体が無数に飛び出てくる。状況から察するに、悪魔王が地獄から呼び出した悪魔の魂である。

 悪魔王は『創造』の超能力を発動させ、呼び出した魂に肉体を与えていく。数秒後には、空一面が無数の異形によって覆いつくされてしまう。


「これはシャレにならないだろ……本当に世界を終わらせるつもりかよ!」


 頭上に並んだ悪魔の軍勢は少なくとも千以上。とてもではないが、俺1人でどうこうできる次元を超えている。

 異世界にいた時にも魔族の軍勢と戦ったりもしたが、あの時は王国などから派遣された仲間や軍隊も一緒だった。彼らが敵の軍勢と戦っているうちに、僕が本拠地に乗り込んで一騎打ちで魔王を仕留めたのだから。


「『勇気の神槍』は……まだ使えないか。クールタイムが終わってない。これは本格的に覚悟を決める必要があるみたいだ」


「お兄様……」


 不安げな表情になって、美月ちゃんが腕を引いてくる。

 僕は安心させるように微笑みかけ、美月ちゃんの頭を撫でてやった。


「髪の感触は大人になっても変わらないんだね。心配しなくてもいいよ……最悪の場合でも、美月ちゃんだけは助けてみせるから」


「そんな! 嫌です、お兄様と一緒でなくっちゃ嫌ですわ!」


 美月ちゃんは必死な様子で言い募ってくるが……さすがにこの状況で自分の身を護る余裕はない。大切な家族の命を守るだけで精いっぱいだ。


「僕はお兄ちゃんだからさ……やっぱり、妹の命は守らなくっちゃ」


 泣きついてくる美月ちゃんに、僕は覚悟を決めて頷いてみせる。


 異世界で魔王を倒すため、女神から授かった加護は全部で7つ。


『正義の聖剣』


『慈愛の弓矢』


『希望の天笏』


『勇気の神槍』


『智慧の王冠』


『節制の巨鎧』


『信仰の刑台』


 この中に……1つだけ、これまでに使ったことがない加護がある。


信仰の刑台(モード·アズライール)』――かつて聖者と呼ばれた男が処刑台に上り、自らが裁きを受けることで人類が生まれ背負った原罪を贖おうとした。これはそんな聖書におけるもっとも有名なエピソードに起源をもつ加護であり、己の命を犠牲にすることと引き換えにどんな願いでも叶えることができるのだ。

 この加護によって命を落としてしまうと、もはや『希望の天笏』の力をもってしても復活することはできない。

 その代わり、この加護を使えば加護を与えた女神の力をもってしても不可能なことすら、可能となる。


「死者を甦らせることも。滅んだ星を再生させることも。地球にやって来るサ〇ヤ人を倒すことも……もちろん、目の前の悪魔の軍勢を残らず消し去ることだってできるはずだ」


 今になって思うことだが、この力は僕を異世界に召喚した女神にとって切り札だったのだろう。もしも魔王に勝てないと判断した時に、僕を犠牲にして世界を救うための最後の奥の手。

 結果的にそれを使うまでもなく魔王を倒すことができたし、仮に使わざるを得ない状況であったとしても、異世界の平和のために僕がコレを使うことはなかっただろう。

 だけど……可愛い妹を助けるためならば、命くらいいくらだって犠牲にしてやる。


「「「「「オオオオオオオオオオオオッ!」」」」」


 こうしている間にも上空の穴からは無数の異形が溢れ出している。

 あの謎悪魔は今は味方の召喚に意識を割いているが……いずれこちらに刃を向けてくるだろう。


「僕は世界のために死ねないけど……家族のためなら死ねる男だ」


 女神の加護を発動。俺の背後に木製の大きな十字架が出現した。

 十字架から白い光の腕が伸びてきて僕の身体を捕らえ、処刑台へと引っ張り込もうとする。

 僕は一切の抵抗を放棄して、白く輝く腕に身体を預けた。


「お兄様! 嫌です、お兄様!」


 美月ちゃんが僕に抱き着こうとするが……近づくことはできない。

 聖者の処刑。神へ身を捧げる行為を妨げることは何人にも許されていないのだ。


「……そんなに悪くなかった。いや、むしろ良い人生だったと断言できるよ」


 物心つくよりも前に両親を亡くして、1年前に兄まで失って……ただ1人の肉親すらもいなくなってしまった僕だったけど、「この人達のためなら死んでもいい」と思える家族と出会えた。

 だったら、それは幸福と言ってもいいんじゃないか。

 愛する妹のために命を差し出すことができるのならば……自分の死を悲しんでくれる人がいるのならば、それが不幸であるわけがない。


「それじゃあね、美月ちゃん。華音姉さんと飛鳥姉、風夏によろしく。みんなのおかげで幸せだったって」


「お兄様ああああああああああああああっ!」


 美月ちゃんの悲痛な悲鳴が鼓膜を打つ。

 可愛い妹の声を耳に入れながら、僕はゆっくりと瞳を閉じる。

 両手両足が十字架に拘束される。目の前に光り輝く槍――聖人殺しの『ロンギヌスの槍』が出現して、矛先がこちらに向けられた。


『家族が幸せになれる世界でありますように。みんなの幸せを邪魔する者がいなくなりますように』


 僕はそんな願いを最後に込めて、槍の切っ先を受け入れようとする。


 だが……


「マッジカル·サンダアアアアアアアアアアアッ♪」


「…………へ?」


 突如として響き渡る轟音に、思わず目を開けた。

 聞き覚えのある声に頭上を見上げると……黄色い稲妻に撃ち抜かれて、冥界から召喚された悪魔が数体吹き飛ばされる。


「呼ばれて飛び出てバビュッと登場♪ みんなのアイドル――魔法少女エクレア・バード。ここに参・上ッ♪」


 現れた黄色いドレスを着た幼女……エクレア・バードこと日下部飛鳥は、ステッキから雷を出して空飛ぶ悪魔を撃ち落としたのだった。



ここまで読んでいただきありがとうございます。

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