46.日下部さん家の四姉妹③
「……貴様は殺したはずだ。どうして生きている?」
美月ちゃんを抱きしめた僕を下から見上げて、ザンメンが静かな口調で訊ねてくる。
先ほどまで余裕の表情を浮かべていたイケメンフェイスであったが……今はどこか苛立っているような、怒ったような表情になっている。
「はあ? その質問に答えてやる義務とかなくないか? 僕が無条件で疑問に答えてあげるのは美人のお姉ちゃんと可愛い妹だけなんだけど?」
苛立っているのはこちらも同じ。
可愛い妹のお腹に短剣を刺されたのだ。ハッキリ言って、ブチ切れる寸前である。
僕の右手には金色の長い槍があった。
槍の穂先には七色の円環が取り巻いており、ゆっくりと回転している。
女神の加護の1つ――『勇気の神槍』
大軍に立ち向かう勇気の槍。敵の数が多ければ多いほどに穂先の円環が回転速度が増し、僕自身のスピードも上昇する。
敵が少なくとも100人以上はいなければ使えないーーこれまた勝手の悪い能力である。
襲われている美月ちゃんを救出して、瞬く間に悪魔の軍勢を駆逐したのもこの槍の力だった。
「よくもウチの妹をやってくれたな! この痛みはノシを付けて返させてもらう!」
僕はすぐさま武器を切り替える。
槍の代わりに現れたのは純白の弓矢。そこから放たれた矢がまっすぐにザンメンに向かって放たれた。
「チッ……」
ザンメンが舌打ちをして、足元の影を操った。
漆黒の影が純白の矢を撃ち落とそうとするが……その影をすり抜けて、ザンメンの腹部に弓矢が突き刺さる。
「グウッ、何だと……!?」
女神の加護――『慈愛の弓矢』。
護るべき者が受けたダメージを肩代わりして、それを相手に撃ち放つ能力である。
「お兄様! 良かった、生きていて!」
「わわっ!?」
慈愛の加護によって傷を回復させた美月ちゃんが抱き着いてきた。
たわわ過ぎる魔乳で僕の顔を包み込み、ムギュウウウウウウウッと両腕を回してしがみついてくる。
その感触は……まさに極上。極楽浄土。天国のような感触である。
悪魔の胸に包み込まれて天国に行けるとか皮肉な話だが……このまま死んだとしても後悔しないんじゃね? むしろこの素晴らしき温もりに包まれて逝きたいよ……とか思うくらいには素晴らしい感触である。
「お兄様……胸を刺されて死んでしまったかと思いました! どうやって生き延びたのですか?」
「その辺は後で説明するよ。それよりも、助けに入るのが遅くなってしまったごめんね?」
ギリギリのタイミングまで助けに入るのが遅くなったわけだが……別に何もせずに戦いを眺めていたわけではない。
美月ちゃんとザンメンの激しい戦いを目の当たりにして、一般人が巻き込まれないように人払いをしていたのだ。
逃げ遅れていた子供とかを敷地の外に誘導して、公園につながる道路にアイテムボックスに入っていた岩とかを置いて警察や救急車が来れないようにふさいで。
仕事を済ませて戻ってきたところで美月ちゃんがピンチになっているのを見て、飛び込んできたのである。
「いいのです。お兄さま……お兄様が生きているだけで、美月はそれで満足なのです」
「うぎゅうっ……」
巨大な肉塊によって顔面が圧迫される。
あ、コレはヤバい。全然、息ができなくて死ぬかもしれない。
だけど……それでもいいんじゃね、と思ってしまうくらい幸せなのがヤバい感じである。
もう何もかもどうでもいい。少し離れた場所にいる悪魔らしき男のことも、僕達に向かって放たれようとしている攻撃もどうでもよくなってきて……
「いや、ダメだよね!? そういう状況じゃないって!」
「キャッ!」
僕は危険を察知して、すぐさま虚空を蹴って空中移動する。
先ほどまで僕と美月ちゃんがいた空間に、数本の刃が出現した。
「躱したか……人間ふぜいが、生意気にも!」
「2度同じ攻撃を喰らうような間抜けじゃない。アッチの世界にも同じような能力者はいたからな!」
【空中歩法】のスキルを使いながら、虚空に出現してくる武器を回避する。
このザンメンであったが、どうやら、【創造】の超能力を使って武器を出現させているようだ。相手の身体と重なるような位置に武器を生み出すことで攻撃しているのだろう。
「空間の歪みとか、殺気とかの気配を読めば、攻撃してくる位置は予想できるんだよね。実戦経験の違いってやつ」
「ならば……これはどうだ!?」
ザンメンの影が蠢き、数百数千の弓矢となって飛んできた。
『点』の攻撃で仕留めることができないから、『面』の攻撃に切り替えたようだ。
「女神の加護――『正義の聖剣』!」
僕は豊満な身体を押しつけて抱き着いてくる美月ちゃんを左腕に抱え、右手に聖剣を召喚させた。
世界の敵を確実に滅殺することができる最強の武器。世界救済の聖剣を振るうと、僕達に向かってきていた影が粒子状になって消える。
「なっ……!?」
「このまま押し切る! 覚悟しろ!」
美月ちゃんを抱えたまま空中を蹴って距離を詰める。
ザンメンは焦りに表情を歪め、銀の武器を創造して攻撃してくるが、俺は事前に攻撃を先読みして回避する。
「出て来い、我が眷族よ! 我を守れ!」
「「「「「オオオオオオオオオオオオッ!」」」」
自力で俺を止めることができないと思ったのか、無数の悪魔を呼び出して襲わせてくる。
大量の悪魔が殺到してくるが……俺は動きを止めることなく、聖剣で容赦なく斬り裂いていく。
「悪いけど……悪魔じゃ僕は止められないよ!」
今回の聖剣は滅殺対象を『悪魔』に設定している。
悪魔そのものも、悪魔の力も、この聖剣で斬ることができないものはない。刃で軽く触れるだけで破壊することができるのだ。
「クッ……このおおおおおおおおおおおっ!」
ザンメンが接近してきた僕に向けて、生み出した銀の槍で突き刺そうとしてくる。
その攻撃は非常に鋭く機敏なものだったが……ハッキリ言って、単調でヤワな攻撃だった。
これは推測だが、この悪魔は力こそ強大であるが、自分と対等以上の敵と戦った経験がほとんどないのだろう。格下の相手を嬲ることはできても、同等以上の敵への対処法は分かっていない。
僕が美月ちゃんを片腕で抱えながら戦うことができていることからも、その経験差が如実にわかる。
「つまりは雑魚。このまま殺すよ」
「ぐ、ガアアアアアアアアアアアアアッ!」
俺は槍の刺突を叩き落として、そのまま聖剣をザンメンの胸に突き刺した。
悪魔の身体がチリとなって消滅していく。その強大な力からは考えられないほど、あっさりとした最後である。
「討伐完了。今日も世界を救っちゃったってね」
「お兄様……何という素晴らしい御力! さすがは美月のお兄様ですわ!」
「むきゅー」
感極まった様子で美月ちゃんが顔にパフパフってきた。
幸せ過ぎるたわわな感触に包まれながら、僕はうめき声を上げながら、顔面の皮膚に全神経を集中させたのである。




