204.はためんどうな人です
戦況は混戦を極めていました。
愚者とは別に、魔王の配下――その生き残りたちが暗躍している可能性すらある状況で、人間同士が争っている余裕など本来ないはずです。
それでも、目の前にいる人たちは正気を失い、こちらへ襲いかかってきます。
「ティルラ・イスティル―! 貴様は殺す! この手で必ず!!」
「危ないですねっ! 直撃したら、火傷じゃすみませんよ」
怒号とともに、炎の鎧を纏ったオルドスさんが突っ込む。その姿は、まさに猪突猛進。
戦術と呼べるものはほとんどなく、ただひたすらわたしを殺すことだけを目的に、炎を振り撒きながら突進してきました。
「やれやれ。これなら、この間の方がまだ勝機がありましたよ?」
迫り来る炎を軽く身を逸らして躱し、距離をとります。
「どんなに威力が高くなっても、当たらなければ意味がありません」
今のオルドスさんは、能力を限界まで引き延ばしていました。
おそらく、自分の命そのものを魔力へ変換しているのでしょう。
その分、炎の威力は以前とは比べものになりません。けれど――長くは持たない、魔力の流れからそれを感じ取りました。
(んぅ~……これは解放してあげられるか、少し微妙です)
問題は、彼の精神状態にあります。
オルドスさんの状態は思った以上に、芳しくないようです。
こちらが何を問いかけても、返ってくる言葉はとうとう「殺す」の一言だけになってしまいました。
攻撃を躱され続けていることへの苛立ちからか、その動きはますます激しく、そして雑になっているのが見てとれます。
(よほど、わたしに対する憎しみを増幅させられたんですね。元々あったものだとは思いますが……術者は、ここまで感情を強くできるんですか)
オルドスさんと戦っている間にも、周囲から魔法統率協会の職員たちが次々と襲いかかってきます。
魔弾を撃ち込み、手刀で意識を奪い、なるべく傷を負わせないように無力化しますが、それでも数が多い。
(うーん……これは、なかなか)
厄介なのは彼を取り巻く炎の鎧。それが殆どの攻撃を防いでしまいます。近寄ろうにも近づけません。
「ティルラ様! 我々もお助けいたします!」
わたしが攻めあぐねていると味方が援護にやってきました。
「燃えろ!! 全部燃えてしまえ!!」
オルドスさんが両腕を広げます。
次の瞬間、周囲にいくつもの火球が浮かび上がりました。
「だめです!! 今彼に近づいては!」
わたしの警告も間に合いません。
「「うわぁああああああ――!」」
オルドスさんが片手を振ると、火球が一斉に飛翔し、何人かの職員が巻き込まれます。
「――水よ!」
わたしは即座に水魔法を叩きつけ、燃え上がった炎を相殺しました。
燃えていた時間は、ほんの二秒ほど。
それでも、戦闘継続を不可能にするには十分すぎるダメージでした。
(あんまり時間をかけてはいけませんね。こちらの被害も増え、なにより彼自身の生存の可能性が下がります……ここは、少々荒っぽい手でいきますか)
覚悟を決め、わたしは次の攻撃を避けませんでした。
「――っ!」
炎が身体を包み込む。
熱が肌を焼き、視界が一瞬で赤く染まります。
「大賢者様!?」
「ティルラ様!!」
周囲から悲鳴が上がります。
(あとで色んな人に怒られそうです)
わたしは炎の中で、必死に耐えながら――そのまま力を抜きます。
まるで倒れたように見せかけました。
「……っ」
やがて炎が消え、焦げた衣服。煙を上げる身体。
もちろん、本当に致命傷を負ったわけではありません。魔法でしっかり防護はしていましたし、そういう風にみせています。
けれど、傍から見れば十分に痛々しい姿でした。
「大賢者様!!」
リィーネを含めた大賢者組の皆さんが、一斉に駆け寄ってきます。
その光景を見て、オルドスさんは大きく目を見開きました。
「……は、はは……」
そして――。
「ははははははっ!!」
高らかな笑い声を上げました。それはそれは、心の奥底からの喜びを。
「勝った……! 俺が……この俺が、ティルラ・イスティルを殺した!!」
その瞬間。
ほんの僅かに、彼の纏っていた炎が揺らぐのが見えました。
(――今!)
憎しみの対象を倒した。
その事実によって、一瞬だけ彼の精神を縛っていた力が緩んだのです。
炎の鎧が薄くなる。わたしは地面を蹴り、彼に近づきます。
「――捕まえました」
「な――!?」
驚愕するオルドスさんの懐へ、一気に潜り込みます。
「今、解放しますからね――!」
掌を胸元へ当て、全力の解呪魔法を叩き込みました。
「ぐ、ああああああっ!?」
オルドスさんの身体が大きく跳ねます。
魔力が激しくぶつかり合い、黒く濁った何かが身体の内側から引き剥がされていきます。
けれど――。
(やっぱり、完全には無理ですか……!)
洗脳は深く。彼を蝕んでいました。
完全に解除するには時間が足りません。
「なら――これで!」
わたしは至近距離から魔弾を放ちます。
「ぐっ……!」
身体が大きく吹き飛ぶ。
前回と同じ。
意識を刈り取って、これ以上戦わせない。
それしか方法がありませんでした。
「ふう……」
地面へ倒れたオルドスさんを見下ろします。
プスプスと煙を上げ、ほとんど生焼けのような状態になっていました。あの炎は自分自身も焦がしていたようです。
「……洗脳なんかされてしまって」
わたしは思わず頬を膨らませ、溜息を吐き出します。
この人には色々な意味で迷惑をかけられていましたが、魔法使いとしては一目置いていたのに、その最後はこれとは。
落胆、という言葉が一番合いますね。
「あなたには、たとえわたしが魔法を使えなくなっても殺されてやりませんよ」
返事はない。
「ほんと、はた迷惑な人ですね」
文句を一つだけ残して、わたしは踵を返しました。
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