06.『そういう笑顔』
「すみませんでした!!」
謝るならきちんとふたりきりで――ということで、翌日の放課後に僕は土下座をして謝罪をしていた。いつものようなおふざけのものでなく、超絶真剣真面目の土下座である。
「頭を上げろ」
「そ、そういうわけには……昨日の自分は調子に乗ってしまってですね……」
「いいからやめろ、やめないと頭を踏むぞ」
いくら美人な人からのであったとしても、踏まれるような趣味は僕にはない。
だから大人しく頭を上げると、昨日みたいに頰をギュッと掴まれた。
「逃げることもできたのにお前は逃げなかった、その調子で瀬戸や緒方にも接してみろ。大丈夫だ、それで悪口を言うようなやつがいたら私が叩き潰すからな」
「ちょ、教師なんですからそんなことを言っては駄目ですよ」
「いいんだ、悪口を言う方が悪いんだからな」
この人は凄いな、生徒からあれだけ勝手に言われたのに。
「だからな、貴様も許さない」
「ひぃ!?」
「冗談だ、緒方が待っているから行ってやれ」
「え? ……先生、やめてくださいよ」
先生は呆れたような笑みを浮かべ廊下を指差した。
そこには確かに紗織がいて、中途半端な表情を浮かべていることに気づく。
「私じゃない、いいから行け」
先生はそこで教室から出ていき、逆に紗織が教室内に入ってきた。
……学校では会わないのではなかったのか? ……どうでもいけどさ。
「箱田くんってさ、西山先生と仲がいいよね」
「瀬戸さんから聞いたの? ま、友達0だから気にかけてくれてるんだよ」
そのせいで男女から睨まれることもしばしば、先生もそんな空気に気づかず着てしまうので、本当は好きなのではないか? と疑問に思ってしまうくらいだ。
「ね、帰ってからすぐでもいい?」
「うん、それでいいよ」
「じゃあ帰ろ?」
「了解」
わざわざ2度手間になる方が面倒くさいので、この申し出はありがたかった。
「こらミロっ、はしゃぎすぎ!」
で、学校から近いため彼女の家にはすぐ着いたのだが、ミロちゃんがハイテンションすぎて全然散歩が始められないという状況に陥ってしまう。
ま、彼女の家にこそ入ったことないけど、こういう形で一緒に散歩はよくしていたので仕方ないのかもしれない。久しぶりに会えて喜んでくれていると考えれば、一概に悪いこととは思えなかった。
「ご、ごめんね、多分だけど嬉しいんだと思う」
「ワンッ」
「よしよし、でもちょっと落ち着こうね」
「ワン」
彼女はなにも指示をしていないのにおすわりをした。
それに飼い主の方が目を丸くし、驚いているのは容易に分かる。
「行こうか」
「ワンッ」
固まっている彼女からリードを受け取って歩きはじめた。
だからといってがっついたりしない、何度もこちらを振り向いてどうするかを伺ってくれているような感じ、だろうか。
数メートル進んで動いていない飼い主に気づいたミロちゃんは足を止める。
「紗織ー! 早く行こうよっ」
「あ、う、うん!」
――色々回って最後に昨日の公園へとやって来た。
ブランコに腰掛けてぼうっとする。
寒いけどどこか至福な時間と言えるような場所だ。
「ミロさ、すごい懐いてるね」
「優しいんだよ彼女がね」
「……ごめんなさい」
「謝ってくれても過去は変わらないよ。一昨日、先生にも言われたんだ、そのときは素直に認められなかったけど、僕も少ししてそう思った。だから謝罪はやめてほしい、それは自己満足でしかないから」
謝罪=許してもらえる、そのような思考になるのも危険だろう。
……まあそれを先程やってきた身が偉そうに言えることではないけれども。
「今日は瀬戸さんといなかったけど、どうしてたの?」
「特にないよ。あるとすれば、櫻が他の子と盛り上がっていたからかな」
そういえば確かに他の子と楽しそうにしていたような。
ただなんだろう、あの違和感は、本当に心から楽しんでいるようには見えないそんな感じ。薄い壁があるような、笑っているのにそうではないような曖昧なもの。
「紗織」
「あっ――」
「うん?」
「う、ううんっ。なにかな?」
「瀬戸さんってどんな女の子?」
中学のときも紗織の近くにいたからある程度は分かっているけど、あくまで友達の友達だった。で、中学の頃からそうだったから、仲のいいであろう彼女に聞いてみたんだけど、
「どうって、箱田くんが感じたとおりだと思うけど」
返ってきたのはそんな言葉で。
「あの子、偽ってる感じしない?」
「そう、かな? 私はそう思わないけど」
紗織には偽りない本当の自分を見せているということだろうか。
というか彼女が大事になった原因なのに、よく紗織は関係を続けられているなあと内心で呟く。ま、それで言えば僕が1番おかしいけど。
「気になるなら友達に戻ってみれば?」
「勇気がいるなあ、僕にできると思う?」
「できるよ、だって荷物を持ってあげたんでしょ? そうやって誰かのために動ける優しい子だもん、箱田くんは。……あんなことがあった後でも変わらなかった、それは素晴らしいことだと思うよ!」
「紗織……」
先生に言われてなかったら気づいてすらなかったことだ。だからそんな風に買いかぶられると困ってしまう。
「だからさ! 明日にでも話しかけてみなよ! 教室が無理なら放課後にファミレスとかにでも行ったらいいんじゃない?」
「……紗織が来てくれれば」
「うーん、ミロのお散歩がしたいからムリかな、ごめん!」
「そうだよね、うん……頑張ってみるかな」
また同じようなことになったとき、紗織に迷惑をかけたくない。
それにそろそろ頑張らないといけないことは自分でも分かっている。
「それじゃあ今日はもう帰るね、ありがと」
「気をつけて」
僕も帰ろう。
翌日の昼休み。
「瀬戸さん、ちょっといいかな」
他の子と盛り上がっていた彼女のところに行って誘ってみた。
確かに紗織の言うように行きづらい雰囲気はあったものの、そんなことを気にしていたら放課後に誘うなんて不可能なので、勇気を出した結果となる。
「いいよ、場所を移動しようか」
「ありがとう」
彼女は薄い笑みを浮かべて廊下へと出ていく。それを追って廊下に出たら彼女が言った。
「もう話しかけてこないかと思ってた」
「うん、そのつもりだったんだけどね」
彼女の方を見ずに「ちょっと気になることがあってさ」と重ねた。彼女は「気になること?」と聞き返してくる。
「瀬戸さんってさ、偽ってないかなって」
「偽ってる? 私が?」
「うん、なんか笑顔なんだけど笑っていないというか」
だからそこはかとなく寒い感じがするというか、モヤッとする気持ちになるのは確かで。
「友達をいらないって言っていたのは本当なんじゃないかなってね」
あくまで自分の憶測でしかないがそう思ったのだ。
そこで僕が初めて彼女の方を見ると、案の定、あの薄い笑みを浮かべている。
「ほら、そういう笑みがだよ。君はさ、僕にだけではなく、他の子を相手にするときも同じような感じなんだ。信じられないなら録画してあげてもいいよ?」
「勝手に録画したら犯罪だよ。それこそ、過去みたいなことになっちゃうよ?」
「そうだね、今度は本当の犯人になるのかもしれないね」
「ふぅ。それで? それが言いたいから呼んだわけじゃないよね? もしかして、過去に私がした行為を責めたいってこと?」
「いや、ただ気になっただけだから。君を責めても、中学2年生から卒業までの時間は返ってこないからね」
そう考えると、よく自分が不登校にならなかったなと感心した。
無駄なプライドがあって助かった。惨めに引きこもることになるくらいなら、やられると分かっていても学校へ行った方がマシだ、そうと決めて行動し守り抜いた自分を褒めてやりたい。
それに、恐らく瀬戸さんとか陽キャ組には大して気になることでもなかったのだろう。悪口を言ったり、物を隠したりなんてことはしてこなかったからね。
それこそ、「ここまで大事になるとは思わなかった」というやつである。
「私が嘘をつくと思ったから今回も来たんでしょ?」
「いや、紗織から友達に戻ってみればって言われてね」
「え、私と友達に戻りたいの?」
「ま、どうせクラスに所属しているならね」
「言っておくけど、私はあなたに興味ないよ?」
「最初はそんなものじゃない? 案外、一緒に過ごしていれば変わるかも」
やれやれ、こんなんじゃ僕がナンパをしているみたいだ。
渋る彼女に食いついてどうするんだよ、諦めときゃいいのに。
わざわざ紗織の名前を出してまで拘る理由はなんだよ。
「ふぅん、ま、箱田くんがいいならいいんじゃない? でもなあ、中学の頃みたいに卑屈な雰囲気になられたら面倒くさいなあ」
「あなたのせいですけどね、それ」
「あははっ、そうとも言うけど!」
「あ!」
「え?」
「いまの笑顔は本物だったね。酷いなあ、人を笑うときは本物だなんて」
しかも可愛いなんて、残酷ではないだろうか。
ご飯を食べているときの笑顔を覚えていたから違和感を感じていたんだと思う。
「ちょ、見ないでよ」
「あれ、照れたの?」
「箱田くん、とんかつ食べたい」
「えぇ……君ってばマイペースだね……」
残念ながら今年中に食べられることはないんだよ。
そう何度もでるような余裕があるわけではない。
たかだかとんかつすら無理なの? なんて言われたらもうどうしようもないが、僕は僕なりにしっかり考えてワガママ言わず生活をしているわけだ。
「なら放課後にとんかつ屋さんに行こうか、奢ってあげるよ」
「……箱田くんこそ偽っているよね、本当は私のことなんて興味ないんでしょ? 私のことを恨んでいるんでしょ? ……友達としてすらいたくないんでしょ。私が本当のことを話したときに君はそう決めた、違うかな?」
「……友達としてすら興味を失ったのは本当だよ。中学の頃に恨んでいたのも本当のことだ。なんでこいつは、こいつらはなにも言われなくて、なにもしていない僕が言わなければならないんだって、いつも部屋の中で暴れてた。誰も味方がいないって想像以上にキツいんだよ」
下手をすれば転校ルートだってあったかもしれない。でもそうならずに済んだのは、母がシングルマザーだったからだ。引っ越すなんて余裕はないのと、あと、変なプライドがあったおかげで僕は潰れずにいられた。
「でも先生に言われたんだ、過去のことを気にしていても仕方がないって。僕もそうやっていまは思っている、となれば君とだって友達になれるよ。勿論、君が良ければだけどね」
良くも悪くも大人になれたということだ。
彼女達のあれはある意味――無理やりポジティブに捉えれば、良かったのかも。
「……バカだね、損する生き方してるね」
「そうかな? 強くなれたし、フラットな気持ちで君に近づけたけど」
「あ、そういえば私もまともに話したのは初めてかも」
「うん、面白いよね、近いところにいたのに」
「……バカ」
「えぇ……」
「とんかつ屋さんに行ったら私が奢ってあげる」
「馬鹿なのは君だね、そんなことされたら惚れちゃうよ」
信用できない=ドキドキしないというわけではない。
彼女は可愛いし、発言には気をつけてほしいものだ。
それで僕をまた騙そうとしているとしたら、悲しいけどもね。
メインヒロイン悩む。