07.『冬なんだから』
「美味しいっ」
「そうだね、サクサクで美味しいね」
放課後、僕らは約束どおりとんかつ屋さんに訪れていた。
あくまでシンプルなものを注文し食べてみたのだが、これがマジで美味しい。
語彙力がないので「美味しい」としか言えないのが難点である。
「ね、やっぱり奢りはなしでもいい? お金……なくて」
「いいよ、そもそも僕が奢るって話をしてたんだし」
「ごめん……いつも迷惑をかけてばかりで」
「気にしなくていいって、ほら、冷めない内に食べないとね」
冷めても美味しいものではあるが、それは侮辱ではないだろうか。
それにお金だって払うんだ、どうせなら温かい状態のを食べるべきだろう。
にしても、本当に美味しそうに食べる子だ。
紗織はどこか遠慮しながら食べるタイプなので、見ていると笑みが零れる。
「見すぎだよ」
「いや、それは勘違いだよ。んー、とんかつ美味しいなあ」
そろそろ母とも仲直りしないといけない。そのためには彼女が来てくれるのが1番ではある。
――というか僕も過去にあんなことが起こったというのによく彼女を連れて行ったものだなあと、内心で呟いた。
「家、行ってもいいよ? べつに無理やり連れ込まれたとか言わないし」
「なんで家に行くって話になるの?」
「お母さんとの仲が微妙になっているんでしょ?」
「……謎のステルス能力といい、その無駄な鋭さといい、君が怖いよ」
「……それも私が原因だし、今日、行くよ。大丈夫、泊まるとか言わないから」
彼女は思いの外、真剣な表情でこちらを見ていた。
ただ、もぐもぐ咀嚼しながらではあるので、シュールなことこのうえない。
「ん、ごちそうさまでした」
「ごちそうさまでした」
さて、どうするべきだろうか。
いや、連れて行くのは簡単だ。一緒にいるんだし、このまま家へと一緒に迎えばいい。ただ、そこが問題なのだ。
別に過去のことはもうどうでもいい。問題なのは、彼女――紗織と約束をしておきながら他の子と一緒にいた挙げ句、家へと招くなんていいのかということ。
「瀬戸さん、今日のところは送るから帰りなよ」
「どうして? べつに言わないよ?」
「分かってる。でもさ、紗織がああ言ってくれたからいまこうしていられているわけだからさ。約束を放って来ちゃってるし、それは良くないかなって」
「約束?」
「うん、一緒にミロちゃんの散歩をするって約束したんだ」
あくまでミロちゃんのためではあるけど、1度交わしたのだから放置はできないし、するつもりもない。それが建前であったとしてでもだ。
とりあえず食べ終えたので会計を済まし外へと出た。
外は寒く、既に暗闇に包まれている。外灯がないところでは大袈裟でもなんでもなく真っ暗だ。
「……怖い」
「やっぱりあれ嘘じゃなかったんだね」
彼女が呟き僕は苦笑する。
無理するのは良くない、わざわざ無理して恐怖を感じる必要はないのだ。
「うん……私、嘘しかついてないのはあれだけど」
そんなのは人間なら普通のこと。
で、どうしようか。ここで手を握ってあげることは簡単だが、自分に興味すら抱いていない子のそれを握るべきなのかどうか。
「瀬戸さん、大丈夫?」
「ひとりじゃないから、まだ大丈夫」
「そっか。それなら早くあそこに行こう」
良かった、本当ならあんなことホイホイするべきじゃないから。
それからすぐにあの別れ道に着いて、彼女に挨拶をする。
「付き合ってくれてありがとう。ひとりだったら美味しいものを食べても虚しいだけだったと思うから、君のおかげだ。良ければまた、いつか付き合ってほしい」
あそこだって彼女がいなければ知ることのできなかった場所だ。
地元だというのに全く知らないため、どうしたって他人の力が必要になる。
「ううん、こっちこそありがと。ばいばい」
「うん、じゃあね」
僕は学校の方角へと歩いて公園に行く。
「……君はお馬鹿さんだね、なにやってるの?」
ミロちゃんすら連れずブランコに腰掛け俯いている少女。
これがもし僕じゃなかったらどうするつもりだったんだ。
「……寒い」
「当たり前でしょ、冬なんだから」
「違うの、心が寒いの」
「……なにかあったの?」
隣に自分も腰掛け、空を見上げた。
暗闇でも分かる、とてつもなく中途半端なのは分かる。
下手をすれば雨が降るかもしれないという状況で、この子はひとりこんな寂しいところにいたわけだ。
「……ねえ、櫻とうまくいった?」
「うーん、まあ悪い終わりじゃなかったよ。ただ、あの子は僕に微塵も興味がないからね、とんかつを食べられるからってことで来てくれただけだよ」
「……ねえ啓くん、今日は家に帰りたくない」
僕は内心で溜め息をつく。
めちゃくちゃ魅力的な言い方だ、並大抵な男の子なら今のできっと落ちていた。
だが、それはこの子と交わした約束の内に入っていない。
なにより、瀬戸さんを連れて行くのとこの子を連れて行くのとではワケが違う。
「ごめん、無理だ」
それはなんとも昔のことを思い出させてくれるから。
……色々と矛盾しているけどね。
「ほら、君の家まで送るから帰ろう。早くしないと雨――はぁ……」
ポタッと水滴が落ちてきたと思った瞬間、いきなりざあと強く降り始めた。
僕も彼女も無言で濡れるしかできなかった。……避けれたら神だ。
「啓くん!」
「……駄目だ、君を送る」
「お願いっ、家に帰りたくない!」
「頼むよ、今日は帰ってほしい」
僕は立ち上がって彼女の腕を掴む。
いやいやと頭を振る彼女を無理やり連れて冷たい雨に打たれながら歩いて。
「ほら」
入ろうとしない彼女の苛ついてインターホンを鳴らした。
「あら……もしかして啓くん?」
「はい、すみませんでした、彼女が濡れる前に連れてこられなくて」
「いえ、ありがとう。紗織、早く入りなさい。あ、啓くんも入ってくれる?」
「いえ、僕はここで帰るんで。それじゃあね、紗織。ちゃんと温かくしなくちゃ駄目だよ、風邪を引いちゃうから」
彼女の母も僕は苦手だ。
生徒から噂が広がり、あの人の耳にも情報が入った。
勿論、僕を責めた。
彼女が僕を思って庇えば、「脅しているんじゃないの?」とワケの分からないことも言ってきて、なにより頰を叩かれたこともあった。
そんな人がいるところに行けるわけがない。それに誤解だと分かった瞬間に気持ちが悪いくらい態度が一変したから。
信じる必要はない、向こうも信じてなんかいない。
先程だって物凄く複雑そうな表情を浮かべていた。あれは娘に近づいてほしくないと願う親の顔、よく家に入れなんて言えたものだな。
「ただいま……」
リビングに用はないので洗面所に直行する。
制服を全て脱ぎ捨て、浴室に入り湯船に突撃。
「はぁ……温かいなぁ」
僕がいかなかったら勝手に帰っただろうか。
それとも濡れるのを覚悟してあそこにいたのかな。
それだとしたら申し訳ないことをしたと思う。
「啓、おかえり」
「……うん、ただいま」
久しぶりの「おかえり」と「ただいま」だった。
「どうして遅かったの?」
「ちょっとご飯を食べにね、あと紗織を送ってきた」
「紗織……ちゃん」
「はは、大丈夫だよ、過去みたいなことにはもうならない」
きっと西山先生が味方をしてくれる。
中学の時にいた、あのクソ男教師とは違うんだ。
「……ご飯、作ったけどいらない……かな」
「明日の朝に食べさせてもらうよ、僕はお母さんが作るご飯が好きだからね」
申し訳ないけど、とんかつ屋さんのかつより、お母さんが揚げてくれたかつの方がよっぽど美味しかった。
母がどう感じているのは分からない。けれど、僕にとって大切なの母で、支えてくれたのも母だったから。
「ごめん、仲直りしたいんだ」
「なんで啓が謝るの……私、がっ、悪かったのに……」
「いや、そんなことないよ。ごめん」
浴室から出ると一生懸命流れるものを拭っている母がいた。
僕はどうしようもなくなったので、母の頭を撫でておくことにする。
「……子どもじゃない」
「泣いちゃ駄目だよ、僕だって中学の時は泣かなかったし」
「そう、だよね、うん」
ま、あくまで他人の前で泣かなかっただけで、部屋では泣いたけどね。
タオルで拭いて服を着て、歯を磨いてリビングに戻る。
「お母さん、ちょっと膝貸してくれない?」
「啓は子どもだね」
「うん、子どもなんだ」
僕も先程まで心が寒かったんだ。
母はクッションを床に敷きその上に正座をした。
僕は母のそれに頭を預けて目を閉じる。
「ねえ母さん、紗織がさっき家に来たい、自分の家に帰りたくないって言ってきたんだけどさ、過去のことを思い出して断ったんだよね。動く気配がないし雨が降っているしで家まで送ってきたけど、こっちに連れてくるべきだったのかな?」
瀬戸さんを連れて来ていたらなにも問題なかったのだろうか。
「紗織ちゃんはどんな感じだったの?」
「心が寒いって言ってて、頼んできた時の表情は凄く悲しそうだったよ」
昔の僕を見ているようだった。
味方がいないことに絶望しているような感じ。
「啓には悪いけど、それなら連れてきてあげるべきだったね」
「そうかな……」
「ねえ啓、ご飯を食べに行ったのは瀬戸さんとだったんじゃないの?」
「……そうだよ、お母さんの言うとおりだ」
怖いな、どうしてこうも鋭いんだろう。
僕も彼女達のそれを察してあげられれば良かったんだけど。
でも人間はとても難しくて、分かられた気になられると苛つく人もいる。
なにより僕が踏み込もうとしていないのに、上辺だけでそんなことを言われればムカつくだろう。だって僕が先生にぶつけたことなんだから、それは。
「過去のことを簡単に忘れることはできないよね。だけどさ、啓がどうしたいか、それで考えてみればいいんじゃないかな」
「僕がどうしたいか、か」
僕が突っぱねていた理由は、全て過去のようにならないためにと動いた結果である。その過去のことを意識せず、純粋にいま、したいかどうかということか。
「ふたりといるのは別に嫌なことじゃないよ。でも、踏み込む必要ってあるのかなって、いつも悩んでいるんだよね」
内面を知ろうとする必要はあるのかってね。
だってどっちも面倒くさそうなんだ。僕は生きるだけで精一杯なんだ。
あくまでただの友達未満知り合い以上、それでいいのではないだろうか。
「必要がないと思うならやらなければいいよ。でも、悩んでいるのなら、簡単に諦めず向き合い続けてみたらどうかな」
「……西山先生とお母さんは似てるよ」
「西山先生の方が綺麗だよ」
「ううん、そういうことじゃないんだ。本当に必要な時にいてくれて、大事な言葉をくれる。つまりさ、助かっているってことだよ」
僕は体を起こして立ち上がった。
「ありがと、お母さんがいてくれて良かった」
「大袈裟だよ……もう」
「いや、そんなことはないよ。でも、もう寝なきゃ、おやすみ」
「うん、おやすみ」
部屋に行ってベッドに寝転ぶ。
「さてと、ちょっと頑張ってみるかなあ」
最悪の場合は西山先生に泣きつけばいい。
土下座でもなんでもして、無理やり味方にしてみようじゃないか。
メインヒロイン――決まらないな。
まあ、まだ3万文字だしね。
句読点変なところに入るのは申し訳ない。
~で、~けど、~が、
他にもあるけど逐一入れたくなるんだよな。




